王都強襲 -ヒルダ-
王都周辺に大量のモンスターが出現し、それらが一斉に王都に攻撃を仕掛けてきているという報告が、ネモフィスの通信機から流れる。
騎士たちも総動員でその対処に当たるとの事。
当然、私の恋人であるフル=ガーミットもその対処に当たる事になる。
どうか無事でいて欲しい。
万が一の時に備え、ネモフィスね王都上空に待機していた事が功を奏し、迅速に対処出来る事になる。
ニーナ様の読みの鋭さには驚かされる。
ネモフィスをどう動かすのかと、アーバン先輩の指示を仰ごうと、艦長席に艦長代理として座っている彼を見た。見てしまった。
表情はさほど普段と変わらない、少しだけ不機嫌そう、それぐらいの変化だ。
ただ―――
まるで視認できているのではないかと錯覚してしまう程のプレッシャーが私に襲い掛かって来る。
今のアーバン様なら、視線だけで、その怒気だけで人を殺せてしまうのではないかと思う程の……
こ、怖い怖い怖い!
”山羊頭の試練”なんて目じゃない!
今すぐここから逃げ出したい!
頭では分かっている。
この殺気にも似た怒気は私に向けられたものじゃない。
むしろこれが私に向けられたものなら、泡を吹きながら気絶している自信がある。
「………」
アーバン様は何か考え込んでいるのか、指示を下さらない。
声を掛けるのも怖いが、このまま静寂の中に居ると窒息してしまいそうだ。
「ア、アーバン様……如何なさいますか?」
私は思い切って声を掛けた。
「使用人たちには均等になるように虹色の薬を持つように艦内放送で伝えて、街で死者を見つけたら惜しまずに虹色の薬を振りかけるようにって。どうせ幾らでも作りだせるからね。3時間以内ならば蘇生するはずだから」
「は、はい!」
いつもと変わらぬ優しい口調だ。
ただ、声色には明らかに不機嫌さが混じっている。
『ネモフィス乗艦中の全ネフィス家の使用人の方に通達。各員は虹色の薬を、その数が均等になるように携帯して下さい。王都内で死者を発見した場合、速やかにその薬を振りかけるように。死後3時間以内ならば、復活するはずです。虹色の薬は生成が可能なので、在庫は気にせず使用して良いとの事です』
マイクに向かって喋るのは、以前練習で行った時は変に緊張したけど、今はむしろ気が紛れて良いかも知れない。
ああもう、なんでこんな時にミランダは居ないのよ!
私の艦内放送が終了したタイミングでアーバン様が追加で放送を行う。
「パワードスーツゴーレムも装着しているし、皆ただのモンスター如きに後れを取るような事は無いと思うけど、危ないと思ったら無理をしないようにね。他人の命より自分の命を大事にして欲しい。それじゃあこれからネモフィスを念話を傍受した現場まで移動させる。全速力で飛ばすから、各員は衝撃に備えてくれ。それと作戦中は顔を晒さないようにして欲しい」
顔を晒さないように、その意図は良く分からないけど、その発言をしている時の声のトーンが1段下がった気がした。ついでに艦橋の温度も下がった気がした。
「……」
こ、声が出ない。
いっそ私も使用人たちに混ざって出撃したい。
ミランダでもタナファでも良いから早く到着して~!
----------------------------------
状況が少し落ち着きだした頃、アーバン様がとんでもないことを言い出した。
「ヒルダ。ネモフィスの操縦を代わってくれる?」
「はい?!む、無理ですよ、いきなりこんなデカい魔道具の操作なんて!」
ミランダだって、真面に操作出来るようになるまで1週間ぐらい練習していた筈だ。それを行き成りポンと渡されて操作なんて出来るわけ無い。
「ネモフィスをこの位置に固定してくれるだけで良いから」
「……そ、それぐらいなら」
で、出来るかな?
でも正直、今はこれ以上アーバン様の命令――もといお願いを跳ねのける方が余程怖いと感じる。
仕方なしに私は引き受ける事しか出来なかった。
「じゃあお願いね」
そう言って艦橋から出て行くアーバン様。
……
「ふぅーーーーー!」
私は一気に息を吐きだした。
本来ならこんな巨大なゴーレム(?)を1人任されて、そのプレッシャーで圧し潰されかねない状況だが、今はむしろ安堵しか感じていない。
アーバン様が何用で出て行ったかは知らないが、どうかゆっくりして来て欲しい。
という私の願いはあっさりと破れ、アーバン様は直ぐにご帰艦なされた。
ああ、私の安寧が。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。今、最初に投下した部隊が1度こちら戻るという連絡がありました」
「そう、みんな無事?」
「はい、欠員はいません」
「欠員って……けが人は?」
「え?あ、申し訳ありません、そこまでは確認しておりません」
「……そう」
!?
ヤ、ヤバイ!
明らかに声が不機嫌になった!
「も、申し訳ありません!!」
私は全力で頭を下げまくった。
「いや、別にそこまで責めてる訳じゃないんだけどね」
じゃあその声に乗せる怒気を抑えて!
……
…………
き、気まずい。
暫く沈黙が続き、アーバン様的にも気まずかったのか、アーバン様は徐に次元収納から巨大な門型の魔道具を取りだして、何やら観察し始めた。
……な、何か尋ねるのが正解なのだろうか。
「あ、あの、アーバン様、それは?」
「これ?なんかモンスターがこれから出て来てたみたいだから回収して来た」
つまり、あれはこの王都にモンスターを放っていた魔道具ってこと?!
え、そんなヤバそうな代物を何で艦橋に持ち込んでいるの?!バカなの?!
「だ、大丈夫なのですか?そんなものを持ち込んでしまって」
「う~ん。多分大丈夫じゃない?門が閉まってたらモンスターも出てこれないでしょ」
「……そ、そうですか……」
怖い物がアーバン様単品から、アーバン様と門型魔道具の2つに増えてしまった……
ミランダならアーバン様相手にも注意出来るんだろうけど、私には到底無理!
「……」
……
…………
………………
再び艦橋が静寂に支配された。
だ、誰かー!
もう誰でも良いから早く来てー!!
----------------------------------
王都にモンスターが出現したという報告からどれぐらいの時間が経っただろう。体感ではもう20時間ぐらい経ってる気がする。
状況が好転しているお陰か、漸くアーバン様から発せられるプレッシャーが和らいでいる気がする。
私が慣れただけかも知れないけど……
ネモフィスの通信機に搭乗型ゴーレムに乗り、巨大モンスターの討伐の為に王都を離れていた遠征組から続々と連絡が届く中、その流れで【試練の遺跡】からこちらに向かっていたらしいミランダからも通信が入った。
『こちらミランダ!ちょっと!王都にモンスターが入り込んでるって本当?!「ミランダお嬢様、アーバン様には敬語で話される方が宜しいかと」え?ああ、そうねタナファ。それで、王都の状況を教えて貰えますか?』
通信機から聞こえてくるミランダ、ついでにタナファの声を聞いて、自身が安堵感に包まれるのを感じる。
「王都に入り込んだモンスターがまだ数匹残ってるみたいだけど、大体討伐は終了してるかな。ミランダは今どの辺り?」
『もうすぐ王都に入ります。このまま魔道車を飛行形態で……えっと、どこに向かえば良いですか?』
「いまネモフィスは王都の南西部に固定している。そのままこっちに来て。ハッチを空けるから魔道車のまま突っ込んでくれて大丈夫だから」
『了解です……ところで、何かありましたか?』
「え?何が?」
『気の所為かも知れないんですけど、ちょっと怒っているような気がして』
「……いや?別に怒ってないけど?」
……いや?怒ってますけど?
確かに最初程の怒りは無いし、声色もほとんど元に戻ってはいらっしゃるけど。
というか、ほとんど元に戻っている筈の声色だけで不機嫌だってわかるミランダも何気に凄いわね。
『そうですか?なら良いんですけど……あ、そうだ!ヒルダ!ヒルダに怪我とか無いでしょうね!?「お嬢様」あ、ヒルダは怪我とかしてないですか?』
ミランダ……
あんたって子は。直ぐに私の心配をしてくれるなんて、友達甲斐がある子だよ。
怪我は無いけど心が疲弊してるから出来れば直ぐにでも駆けつけてほしい。
「大丈夫、今もミランダの声を聞いて安心してるよ」
アーバン様が手仕草で私にミランダと話す様に促す。
「ミランダ、聞こえる?私は怪我は無いし大丈夫。でも、ちょっと気持ちが落ち着かないから、早くミランダの顔を見せて落ち着かせて欲しい、かな」
というか今のアーバン様と2人きりの空間が、ほんとーーーーうに辛いから、急いでミランダ!
私からミランダに話す事は以上だと、アーバン様を見やる。
するとアーバン様突然にぎこちなさ過ぎる笑みを浮かべた。
にぃ
「!?」
怖!!
目が全く笑ってない。
多分、少しでも和ませようとしてくれたんだけど余計に怖い!!
ミ、ミランダー!
『わ、分かった!直ぐに行くわ!!』
何かを察したのか、通信機越しにミランダが急いでくれているのが伝わった。
その後、ようやっと到着したミランダに私は半泣きで抱き着いたのだった。
---------------------------------
以上
コメントでご要望頂いたヒルダ視点でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます