第272話 没案

 ダッシュ

 からの


 ジャンプ

 からの


 スライディング、ザー!

 からの


 土下座

 からの


 「申し訳ございませんでした!!」


 ……決まった。


 我ながらなんて見事な土下座だろうか。

 オリビエ先生が母を紹介すると言って工房の扉を開けた瞬間からの流れるような一連の動作である。


 これはオリビエ先生のお母さんも許さざるを得ないだろう。


 「あの……アーバン様、一体何をなされているのでしょうか?」


 おや?オリビエはDO☆GE☆ZAをご存じで無い。

 そういえばこの国で土下座なんて見たこと無いな。

 あれ?ひょっとして土下座なんて文化が存在しないのか?


 「おお!これは見事な土下座ね!感服するわ!」


 と、知らぬ声が頭上から聞こえてきた。

 なんだ、あるじゃん土下座。

 そして今の声の主がオリビエ先生のお母さんの声だろう。

 娘さんにはいつも大変お世話になっております。


 「なんで土下座されているのかはちっともわからないけど」


 ん?


 俺はその言葉にひょいと顔を上げてオリビエ先生のお母さんの顔を見上げる。

 ……なんとなく、オリビエ先生のお母さんと言うことで、ニーナの様な美魔女を想像してしまっていた自分がいたわけだが、世の中そんなに美魔女が溢れているわけでは無いようだ。

 いや、確かに美人なのかも知れない、痩せたら。


 そう、めっちゃ恰幅のいい気の良いおばちゃんみたいな人が立っていたのである。

 顔はオリビエ先生に似てなくも無いか?

 なんか食堂のおばちゃんとか、そういうのが似合いそうな雰囲気を感じる。


 オリビエ先生の家は決して裕福ではないと聞いているが、食べるには困ってい無いようだ。

 或いはオリビエ先生の仕送りで食べるに困らなくなったからつい食べ過ぎてしまって太ってしまったとか?


 そんな事は兎も角、おれは疑問を口にしてみる。


 「あの、娘さんの、オリビエさんの労働環境についてクレームを入れる為にお越しになられたのでは?」


 「ん?なに?もしかしてここってブラックなの?娘からは最高の職場としか聞いてませんけど?」


 「あ~……」


 違ったようだ。

 これは墓穴を掘ってしまったか?


 「いえいえ、ウチはホワイトですよ?風通しの良い職場ですぅ」


 「うわ!ブラック企業の常套句じゃない!凄くアウトっぽいわね」


 「ちょ!お母さん!さっきから失礼過ぎ!!相手は侯爵家の嫡男様なのよ!!」


 「え~?オリビエだって散々子爵家当主とか、男爵家当主を魔法でボコボコにしてきたんでしょ?」


 「……あれは相手が失礼だったからよ。あとさっきから黒とか白とか、なんの話し?」


 あれ?お母さんには普通に通じるのにオリビエ先生には伝わらないのか、なんでだ?


 「こっちの話しよ。さてと、アーバンさん?でしたっけ?」


 「お母さん、アーバン様よ、さ・ま!」


 「だって、どう見ても15かそこらの子供でしょ?」


 「貴族だっていってるでしょ?!」


 「私の人生、貴族とはほとんど無縁だったし、敬語なんて久しぶり過ぎて上手く使えないのよね。20年以上使ってないもの」


 本当に随分と気さくなおばちゃんらしい。


 「えっと、ここには俺しかいませんし、喋りやすい話し方で構いませんよ?」


 「本当?キミ、話が分かるわね!気に入った」


 「………あ、頭が痛い」


 「それで、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


 「あ~、キミも砕けた話し方で話していいわよ?私敬語を使うのも使われるのも苦手なのよね」


 「そう?じゃあそうするよ。それで、本題は?」


 「キミに確かめたい事とお願いがあって来たんだけど、確かめたい事の方はもう殆ど確信を持てたのよねぇ……ただ念のために一つだけ質問しておこうかな。そうだなぁ………それじゃあアメリカの首都を答えられる?」


 おっと?

 この質問、もしやこのお母さん……


 「ワシントンD.C」


 「え?!ニューヨークじゃないの?!」


 ……もしやこのお母さん……おバカ?


 「ワシントンだよ」


 「いやいや、ニューヨークでしょ?」


 「いやいやいや、ワシントン」


 「いやいやいやいや、確認出来ないからって自分のミスを認められないのは良くないわよ?ニューヨークです」


 「……もうニューヨークって事でいいや。それで、こんな質問をするって事は、貴方も記憶を」


 「ええ、前世の私の名前は片岡 茉莉かたおか まつりよ。今の名前はネイア。貴方は?」


 「ああ、ネイアは前世の記憶がそこまでしっかり残ってるのか。俺は名前も思い出せないんだ。そもそも俺の中にあるその記憶が本当に前世の物なのかもあまり自信はないかな。改めて、今の名前はアーバン=ネフィスだよ。よろしく」


 「え?薄らぼんやりと記憶がある感じなの?」


 「まぁ、そんな感じかな」


 「じゃあやっぱりニューヨークに間違いなさそうね!」


 「……そうだね。それで、お願いって?」


 「娘に聞いたの。お願い!!トイレとシャワーとコンロとエアコンを売って!全部は無理でもトイレだけでも!!1日でも早く!!」


 「お、お母さん!アーバン様にどうしても会って話したい事ってそれ?!あまりに失礼よ!あと、トイレはもうちょっと待ってくれたら特許の申請が通るから市販されるようになれば私から渡すって言ったでしょ?!」


 「待ってられないわよ!この世界に生を受けて4X年!私自身トイレ事情にも慣れたと思っていたわ。いいえ、自分にそう言い聞かせて来たのよ!それが、目の前に!前世のトイレを上回る代物があるのよ!日本人としての私が叫ぶのよ!!何としても早急にあのトイレを手に入れろって!」


 4X歳なのか、全然30代半ばぐらいに見えるから、美魔女と言えなくは……いや、美って感じじゃ無いから魔女?それはそれで違うな。

 というかX歳ってなんだ?


 「にほんじんって何?!前世って?!」


 「今はそんな事説明している場合じゃないわ!」


 「説明してよ!」


 ふむ、親子仲が良好な様で何より。

 しかし、オリビエ先生に魔法陣の基礎を教えたのはオリビエ先生のお母さん、つまりネイアだと聞いていたが、自分で作ろうとは思わなかったのだろうか?

 ちょっと聞いてみるか。


 「あの、オリビエさんには魔法や魔法陣の先生は母親、つまりネイアだと聞いていたんだけど、自分で作ったりは?」


 「無理!!」


 おお、きっぱりである。


 「娘に軽く基本的な仕組みは聞いたけどちんぷんかんぷんよ!なに?いつの間に私の娘は天才になってたの。あ、元々天才だったわ!」


 「それには同意するけど、その天才に魔法陣の勉強を教えていたんだよね?」


 「私が教えた範囲なんてとっくに超越していたわね。それに、正直私は魔法の方が好きだったから魔法陣の方はそこまで熱心に勉強したわけでもないのよね。ねえ、そんなことよりキミ、スマホとか作れたりしない?スマホ。あったら便利だと思うなぁ、私」


 「スマホか。俺も作りたいとは思っているけど。カメラと通話、それとチャットと電卓とか、そんな基本的な機能ぐらいしか入れる気はないよ?他に作りたいものが沢山あるし」


 「おお!作れるのね!!実は私、前世で趣味でちょっとしたアプリとか作ってたのよ。パソコン的な魔道具も作ってくれれば私がアプリを作ってあげるわよ?」


 「おお、それは頼もしい……ん?さっき4X歳って言ってなかった?」


 「言ったけど?」


 「俺の記憶では40年前ってスマホなんてなかったと思うけど……」


 「ん?え?貴方って西暦何年に他界したの?」


 「いや、覚えて無いけど」


 「ん~?どういう事かしらね?」


 俺たちは同時に首を傾げた―――

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2024年12月24日 12:00

[IF+閑話]魔道具師志望ですがゴーレム以外興味はありません 大前野 誠也 @karisettei

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