赤き竜の産声

 騎士団にはそれぞれ特徴がある。


 第1騎士団は騎士の実力と数のバランスが良い騎士団だ。規律は重んじるが時に柔軟に対応する、団長のワーゲルは高齢で引退がささやかれているが、彼の息子の副団長、キヴァがその地位を引き継いでも、この団は変わらず全部隊で最強と呼ばれる続ける事だろう。


 第2騎士団は騎士の数が多い。代わりに新米も多く、他所からは保育所などと揶揄されるが、団長はそれを誇りと考えている。ここで育った騎士は第1騎士団に引き抜かれる事が多く、結局は彼らを揶揄する者たちもその存在の意義を理解しているのだ。


 第3騎士団は騎士の数が少ない。またその少ない騎士の中に多くの女性騎士が含まれているため、他所からは合コン会場などと揶揄される。さらに騎士の質も良くはない。女性騎士は実力で騎士になった者が殆どだが、男性騎士は親のコネで騎士になった者が多い。つまり名ばかりの騎士が多いのだ。ただし、騎士団への寄付金が他と段違いなので騎士たちの待遇はかなり良い。

 

 ヌゼが配属されたのはそんな第3騎士団だった。


 ネフィス家は代々騎士を輩出している家系だ。また過去には多くの戦果を挙げた事により、騎士団に対しかなりの発言力を有している。


 ヌゼの父親にとって、ヌゼを騎士にさせたのは単なる腰掛だ。

 数年の経験を積めばすぐに騎士を引退させ、その経験を理由に今度は騎士に指示を与える側に回せば良い。大事な跡取りを有事の際に命の危機がある騎士なんぞにしておきたい貴族はいないのである。

 だからこそ息子を第3騎士団に配属するように根回もした。最も前線に立つ確率の低い第3騎士団に。


 「あ~、吾輩がこの第3騎士だんの団長、テスト=オッカムルである。由緒正しきオッカムル公爵の7男である吾輩を崇め称えるように~」


 到底騎士とは思えないだらしない体の男が第3騎士団に新しく入団した騎士たちの前でそんな事をのたまった。


 ヌゼに思う所はあったが、彼は黙ってそれを聞いていた。

 父親に問題は起こすなときつく言われている。


 (この豚の下で騎士ごっこをするのも数年の我慢だ)


 そう自分に言い聞かせた。



 ある日、第2騎士団と第3騎士団の集団戦闘による模擬戦が行われる事になった。

 陛下の気まぐれらしい。


 やる気のないオッカムルによる適当な采配でヌゼは配属1年目にして男性騎士5人、女性騎士5人、計10人からなる小隊の隊長を任されることになった。


 「良いかお前ら~、この吾輩が指揮する第3騎士団に敗北は許されん。園児どもに本物の騎士の力を見せてやれ。以上」


 鎧も身に着けず、だらしなくでっぷりと突き出た腹をぼりぼりと掻きむしりながら、オッカムルは陣の一番後方に戦場には似つかわしくない豪華な椅子を運ばせて、それにどっかりと座り込んだ。


 「第1小隊から第10小隊、突撃~」


 作戦も何もない。ただそれだけだった。


 ヌゼが任されたのは第10小隊。

 つまり初めの突撃部隊の中にヌゼの小隊も含まれていたことになる。


 「聞いたな。全員突撃だ」


 「「「はい」」」


 名前も知らない小隊員たちに適当な号令をオウム返しで伝え、ヌゼは前進を始める。


 やがてヌゼの小隊と最初に接敵した第2騎士団の小隊のその中に、ヌゼの知った顔が混じっていた。

 学園の同級生で、学年での剣術の成績がヌゼに次いで万年2位だった男だ。


 「ようヌゼ。お前にはがっかりだよ。まさか騎士と呼ぶのも烏滸がましい第3騎士団に身を置くとはな。騎士になってから俺は更に厳しい訓練をこなして来たぞ。今の俺とお前にむか――ぶへら!!」


 男の口上の途中、鞘に納められたままのヌゼの剣が、男の顔面を襲った。


 「話しが長い」


 「……この男、強いぞ。第3騎士団だからとて油断するな。全員でかかれ!」


 「良いのか?」


 「な、なに?」


 「こちらも小隊だぞ?俺だけに気を取られて良いのかと聞いている」


 「な――?!」


 言葉の意味を読んだ敵の小隊長が周囲を見渡す、そこにはただ佇むヌゼの小隊の騎士たちの姿が目に映った。


 「馬鹿が。簡単に敵の言葉に惑わされ視線を外す奴があるか」


 「ごふぅ!!」


 鞘の先端で喉を突かれた敵の小隊長はいとも容易くその場に崩れ落ちた。


 「……こんな茶番はさっさと終わらせたいとはいえ、流石にこんな雑魚どもにやられては恥だな。もう少しマシな相手はいないのか?」


 「ひ、卑怯な手を使っておいて何を偉そうに!」


 「では戦場ではその様にのたまいながら死んでいくんだな」


 「くそ!おい、皆、今度こそ全員でかかるぞ!相手はたった1人!8人で同時に掛かれば――うわぁ!」


 今回敵を襲ったのは鞘に納められたヌゼの剣では無かった。

 彼の後方で控えていた彼の小隊の騎士が火球を使ったのだ。


 「先ほど言ったぞ?こちらも小隊だと。脳みそが小さ過ぎてもう忘れたのか?」


 「ヌ、ヌゼ殿。指示を」


 「各員そのまま魔法で援護射撃だ。前衛は私1人で良い」


 「「「はい」」」


 (私が言うのもなんだが、よくもまぁ、騎士1年目のコネ入団の騎士の指示などに大人しく従う気になるものだな)


 そこからは一方的な蹂躙だった。

 ヌゼの圧倒的な剣術の前に、第2騎士団の小隊はあっと言う間に瓦解し、物の数分で全員が戦闘不能扱いとなり戦線を離脱した。


 「さて、突撃命令を受けている以上は前進を続けるぞ」


 「「「はい」」」


 ヌゼの小隊はその後も快進撃を続ける。

 次々に敵の小隊を片付けながら、ゆっくりとしかし確実に敵の本丸に近づいていく。


 そうして、もうすぐ敵の本丸という所で、それを守護する1人の男が立ち憚った。


 「よう新米。派手に暴れてるみたいじゃないか」


 「ほう、中々の有名人が出て来たな」


 その男を見た瞬間、ヌゼの後ろで彼の率いる小隊の騎士たちがぽつりぽつりと呟いた。


 「キ、キヴァ=ハーケン」


 「ワーゲル様の息子の」


 「む、無理だ、幾らヌゼ殿でも相手が悪すぎる」


 その言葉を聞いたキヴァは若干機嫌を悪くする。


 「けっ、親父殿は関係ないだろうが」


 「まるで反抗期の子供だな」


 「あん?何だと?」


 「貴族において、どんな場でも親の名が関係無い場面など無いだろうに。最強と比べられるのが荷が重いというのならば騎士以外の道に進めばよかったのでは?」


 「……気に食わねぇ野郎だな」


 「同感だな。俺もお前は気に食わない」


 (貴族にとって子は親の道具だ。ワーゲル卿がどういうつもりでこの男の我が儘を許しているかは知らないが、ただ楽しく剣を振っているコイツを見ていると無性に腹が立つ。それはかつて私が心から騎士に憧れていたからであろうか)


 「騎士なら口じゃ無くて剣で勝負を決めようぜ!」


 「それではただの賊と変わらんと思うが?」


 「ビビってんのかよ」


 「はぁ……ワーゲル第1騎士団長殿も長男がこれでは気苦労も多かろうな」


 「……その喧嘩、買ってやるよ!」


 「良いだろう、に、貴様にもご退場願おう」


 「行くぞ!!」


 キヴァが猛烈な勢いでヌゼに駆け寄ると、怒涛の連続攻撃を繰り出す。

 特別仕様の大剣を、まるでそれが木剣なのでは無いかと錯覚するほどの速さでくり返し斬撃を放っている。しかも、それはタダの力技では無く、切り返しには一切の無駄は無く、攻撃と攻撃の僅かな時間にも隙など一切ないように、ヌゼには思えた。

 ヌゼは何とかキヴァの攻撃を捌きつつ反撃の機会を窺っていた。


 「どうしたどうした!守ってばかりでは敵は倒せねぇぞ!俺を退場させるんだろうが!!」


 「うるさいゴリラだ」


 「その減らず口、いつまで持つか楽しみだな!!」


 何度目かの攻撃を凌いだヌゼは後方に飛びのいた。

 次の瞬間、彼は声を張った。


 「放てぇ!!」


 「!?<身体強化>!」


 ヌゼの合図と同時に、いつの間にかキヴァを囲う様に立っていたヌゼの小隊の騎士たちが、一斉に火球をキヴァに向かって放った。


 キヴァは咄嗟に身体強化の魔法を使い、それから大剣を地面に突き刺し、正面から飛んでくる2つの火球は剣の腹で受け止めた。残りは身を縮め、顔の前で両腕をクロスさせた体勢で体中に魔力を巡らせる事でダメージを軽減してみせた。これでは殆どダメージは認められないだろう。


 「おいおい、ガッカリさせるなよ。この状態で部下に手を借りる奴がいるか。この腰抜けが!」


 吠えるキヴァにヌゼは応えない。それどころか防御の為に剣から手を離した隙をついて攻撃を仕掛ける。


 「ちぃ!それだけの剣の腕を持っていながら何処までも姑息な奴め!!」


 その時だった。


 『そこまで!!第3騎士団の本陣が陥落、演習は第2騎士団の勝利!!』


 拡声器の魔道具から演習の終了が告げられ、ヌゼの剣はピタリと止まる。


 「皆聞いたな、本陣に戻るぞ」


 「「「は、はい!」」」


 「……くそ!あの野郎、最後まで身体強化すら使いやがらなかった!」


 去っていくヌゼの背中を睨みながら、キヴァは悔し気に拳を地面に打ち付けるのだった―――




 演習は第2騎士団の勝利で終わったが、この演習でヌゼの名は一気に広まる事になる。

 キヴァさえも押した剣術を称える声もあれば、勝つためには騎士道に反する姑息な手を平気で用いる卑怯な男という声もあり、それは名声とは違ったが、多くの騎士がヌゼという男の名を頭に刻んだのは間違いないだろう。

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