クラス・メモリ (入学準備)

 

 去年まで5年A組を受け持っていた俺は、今年から1年A組を受け持つ事になっている。

 A組を担当させて貰えるというのは名誉なことだし、誇らしい事だが、それと同時にプレッシャーの掛かる事でもある。気を引き締めて新入生を迎えよう。

 はてさて、今年のA組にはどんな生徒が入学してくるかな。


 そんな俺の元に今年のクラス分け試験の結果が届けられた。

 その内容に目を疑う。

 トップの成績を収めたアーバン=グランシェルドという伯爵家の長男の成績が過去最高得点を大幅に更新しているのだ。

 当然真っ先に不正を疑ったが、まずは成績の内訳を確認する。


 筆記は満点、礼儀作法は平均よりやや上程度。


 そして、

 剣術の試験を受け持ったマルタ=アルタイトの総評によれば、桁外れの身体強化の魔法を使いこなし、剣術は第1騎士団団長キヴァ=ハーケンと同等か、或いはそれを上回ると書いてある。

 …意味が分からない。マルタが買収されているとしてももう少しマシな評価を書く筈だ。実際にこの眼で見てみるまでは何とも言えないというのが素直な感想だ。


 次に魔法の試験の結果だが、こちらも意味が分からなかった。

 アーバンが叩き出した数値は144、クラス分け試験の最高点どころか、最上級生の中でもトップクラスの数値だ。しかもアーバンは火球では無く水球でその威力だったという。


 ……これはもう確定だろう。

 不正だ。


 この日から凡そ1か月。私をはじめとする教師陣で徹底的にアーバン=グランシェルドの不正の証拠を探した。


 魔法の試験を担当した試験官に不正に加担したのかと詰め寄ると、


 「あのお方に不正など不要!我ら魔法を極めんとする者のお手本となるような見事な魔力コントロールでした!あのお方の実力を認めないというならば、この学園に未練は御座いません。どうぞクビになさって下さい!」


 と大声で断言されてしまった。


 また剣術の試験を担当した試験官に不当に過大な評価では無いかと尋ねたところ、


 「……そうかも知れません。私はアーバン殿の評価を正しく出来る程の騎士では無いのでしょう。どうかアーバン殿の実力は御身の眼で直接確かめて頂きたく存じます」


 そう言われては何も言い返せなかった。


 クリスタルの魔道具も当然詳しくチェックするがすり替えや改ざんの後は見られない。まぁ、この魔道具を改ざんできるほどの魔道具師がこの国に何人いるかわからないが。


 筆記試験の試験官にも確認したが、カンニングの形跡は確認出来ないといわれるだけだ。


 ここに来て最初の自信が揺らぐ。いや、むしろ反対の意見が確信に近づいて来た。

 アーバン=グランシェルドは不正などしていない、と。


 ならば、やはりどうしてもやっておかなければならない事があった。


 自分自身の眼で確かめる。


 本来ならばありえない事だが、入学の1ケ月前に、もう一度アーバン=グランシェルドに学園に足を運んでもらった。


 「アーバン=グランシェルド、君にはクラス分けの試験で不正を働いたのではないかという疑いが掛けられている」


 その一言で、メイドが目に見えて怒気を放った。

 これだけでアーバンがこのメイドに慕われていることが分かる。

 ……メイドに慕われる貴族など、かなり珍しい部類だ。

 当のアーバン本人は頬をポリポリと掻いて困った表情を浮かべている。


 「率直に聞くが、君はクラス分けの試験で不正を働いたか?」


 「いえ……」


 当然の答えだ。仮に不正を働いていようが働いていまいが、ノーと答えるしかないのだから。


 「では、もう一度我々の前で試験を受けて貰えないだろうか?ああ、礼儀作法の試験を受ける必要はない」


 「もちろん、構いませんが……」


 「ありがとう、それではグラウンドに移ろうか」

 

 「はい。あ、メイドも一緒で構いませんか?」


 「いや、メイドには職員室で待っていてもらいたい」


 「だ、そうだよ?悪いけどちょっと待っててね」


 「……はい」


 凄い睨んでくるな。当然か、今の俺は慕っている主に対してあまりに無礼な言動をしているからな。


 グラウンドに移り、まずは剣術を確かめる。

 今この場には8人の職員がいるが、最も剣術に長けているのは俺だろう。


 「まずは剣術の試験で見せた君の実力を見せて欲しい。報告では君は身体強化の魔法が使えるらしいが、本当か?」


 「ええ、一応使えますね」


 「……そうか、だが今回は純粋に剣術の実力で判断したい。身体強化は無しで頼む」


 「わかりました」


 話が本当なら、アーバンは剣術だけで第1騎士団団長と同等かそれ以上というとんでもない化け物という事になる。そんな人間に身体強化まで使われたら確かに真面な評価など俺では難しいだろう。


 「では始めるぞ」


 「どうぞ」


 多少可哀そうだが、最初から全力で行かせてもらう。

 報告が完全に嘘で、不正を働いたのならば、その代償に骨の一本ぐらいは折れるかもしれないが、自業自得と思って素直に反省の材料にしてもらう。


 「はぁ!!」


 俺が放った全力の剣をアーバンは剣の腹で受けながら、それをいなしてすぐさま反撃に打って出て来た。


 (速い!!避けきれん!!)


 10歳の少年の振るう木剣を相手に、一瞬死すら頭を過るほど速度で振るわれたそれは、俺の首筋に当たる直前にピタリと止まった。


 「……すみません。剣術の試験の時の試験官と同程度の実力だと思って力加減を間違えました」


 アーバンは涼しい顔で言っているが……これは多分怒っているな。

 だから嫌味を言ったのだろう。確かに俺の剣の実力はマルタより劣るが、アーバンから見たら大差無いはずだ。それぐらいアーバンの実力は圧倒的だ。


 「……私の実力が至らなかっただけだ、君が謝る事ではない」


 「そう言って頂けると幸いです」


 第1騎士団団長と同レベル……私はお会いした事もないが、そう評価される事も頷けるレベルだ。


 「次は魔法の試験を受けて欲しい。移動しよう」


 「ええ、わかりました」


 もう、自分の中では答えが固まっていた。不正などあろう筈も無い。

 彼は神童だ。

 不正の必要などどこにもない。


 「君は試験では水球の魔法を使ったそうだね?」


 「ええ」


 「理由を聞かせて貰っても?」


 「理由?………す、好きなんですよ。水球の魔法が」


 好き?得意という意味だろうか?

 聞き取りを行っていると直ぐに魔法の試験に使うグランドに到着した。

 クリスタルは事前にセットしてあり、細工など出来ないように3人の教師が見張りについていた。つまりここには11人の教師が集まっている。


 「ではクリスタルに向かって魔法を放ってくれ。水球でも別の魔法でも構わない」


 「分かりました」


 アーバンが選んだ魔法は水球だった。

 魔力を練り上げる時間は一瞬で、とうてい144もの威力を出せる筈のないスピードだったが、一目見て確信した。トリックなど存在しない、これは洗練された魔力コントロールが可能にした芸術だ。

 放たれた水球はクリスタルに直撃し、クラス分けの試験で彼が使ったクリスタル同様に窪みを残した。

 表示された数値は143。

 …恐らくだが、アーバンは手加減をしている。水球を選んだ理由もそれに起因するものかも知れない。

 

 もう、これ以上の追試験を行う必要は無いだろう。


 「……アーバン=グランシェルド、不正を疑った事深くお詫び申し上げる」


 「いえ、お気になさらずに」


 さて、これから自分の実力を上回るアーバンをどう導いていくのが教師として正解だろうか。

 せめて彼が道を間違えないように、人としての道を示して上げれれば良いのだが。


 きっとこれは烏滸がましい考えなのだろう。


 俺は俺に出来る事をやろう。


 教師として、彼を尊敬する一人の男して。




 それはそれとして、あのメイドにも謝らないといけないよな。


 損な役回りだ。

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