花より団子、やっぱり花も大事なメイドの話。
「ねぇ、あなた最近いつ坊っちゃんにセクハラされた?」
私より少しだけ早くグランシェルド家のメイドとして働き始めた先輩メイドが突然そんな事を訊ねてきた。
「なによ突然」
「良いから、教えてよ」
そう言えば、坊ちゃんに最後にお尻をまさぐられたのはいつだっただろう。
もう10日以上は触られていない気がする。
あのスケベな坊ちゃんは私の姿を見ればスカートの中に潜り込もうとしてきたのに、最近はそれも無い。
「多分、10日以上前だと思う」
「あなたも?やっぱり……」
「やっぱりって?」
「他のメイドもここ10日ぐらいはセクハラされて無いらしいのよ」
「そういえばここ最近はゴーレムにお熱よね。良い事じゃない」
「良いわけ無いでしょ。いい?私たちは特に取柄も無いのに、容姿だけで坊っちゃん付きのメイドとして雇って貰っているのよ?坊ちゃんに飽きられたら解雇されちゃうかもしれないじゃない」
そ、それは大変だ。
正直坊ちゃんはスケベで折檻が好きで碌でもない子供だけど、ここの給与は魅力的なのだ。前に冒険者ギルドに併設されている酒場で給仕をしていた時とは雲泥の差だ。しかも、結局あちらでも酔っ払いの冒険者にお尻を触られるのは同じだったし。
これは何とかしなければ。
翌日、私はゴーレムで遊んでいる坊っちゃんに色仕掛けを試みた。
胸元を少し開いて―――
「ぼ、坊ちゃ~ん、ゴーレムが楽しいのも分かりますけど、最近全然かまってくれないから私寂しいですぅ。ほ、ほぉら、坊ちゃんの大好きなメイドさんですよぉ」
身をくねらせながらアピールする。
周りのメイドがドン引きしているのが分かるが、そんな事は気にしてられない。
くねくねと身をよじっていると、坊ちゃんがコチラに近づいて来て私の胸に手を伸ばして来た。
掛かった!
坊っちゃんの伸びた手が、私のシャツのボタンをそっと閉じた。
しかも出来るだけ胸に手が当たらないように気を使っている気がする。
え?ええ?
「多分、解雇の心配をしているんでしょ……だと思うけど、心配はないよ。今まで通り普通にメイドの仕事をしててくだ……くれたらそれで良い。父にも引き続き皆さ……キミたちを僕付きのメイドとしてくれるよう頼んでおくよ」
どうやら解雇の心配は、私のプライドと引き換えに解消されたようだ。
「どう思う」
「多分……悪魔憑きだと思う」
坊っちゃんの変わりように他のメイドたちも困惑していた。
私でも頭を過ったのだ、他のメイドの脳裏に悪魔憑きという言葉が浮かぶのも当然だろう。
「どうする?伯爵様に進言する?」
「馬鹿!坊っちゃんを溺愛している伯爵様にそんな事言えるわけ無いでしょ!?」
「そうね、下手したら不敬罪で処刑や奴隷落ちなんて事になるかも」
「このまま黙っておきましょう。幸い私たちにとっては良い変化なわけだし」
「私もそれに賛成」
皆が頷いた。
「それにしても、あなたの色仕掛けは酷かったわね」
「坊ちゃんの大好きなメイドさんですよぉ~、くねくねって?あははは」
……放っておいて欲しい。
ある日、グランシェルド家に雇われているシェフが賄いとして見慣れない料理を出して来た。
いつも私たちの賄いなんてグランシェルド家の方々に料理を作った時に出た残飯をスープにぶち込んだような物しか作ってくれない男のなのに珍しい。
「これは坊っちゃんに教えてもらったピザという食べ物なんだが、中々再現が上手く行かない。高級なチーズをふんだんに使うのでそうそう練習も出来ないと思ってたんだが、意外な事に伯爵に許可を貰えてな。習作として作ったピザはお前たちの賄いとして出して良いそうだ」
チーズ!!お高くて滅多に食べられないあの?!
ゴクリと喉が鳴る。
「手で持って食べるのが作法だそうだ。熱いから気を付けろよ」
メイド達が奪い合うようにピザとやらに手を伸ばした。
当然私も。
パクリと一口かじる。
あっつ、うっま!!うっっっっま!!
私が人生で食べてきた料理の中で一番おいしい!!
シェフが一切れ取ってひょいと口に運ぶ。
ああ、私の取り分が!!
「………まだ改善の余地はあるな。もっと生地は薄く伸ばす必要があるか。粉の割合はこんなもんだよな。窯の薪も増やすか……チーズはこんなもんか。あとはトッピングも色々試してみるか」
こ、これで完成ではないですと?!
一体完成されたピザとやらはどれほどのおいしさになるのか。
じゅるり。
「シェフ!これからは毎日ピザとやらの練習をするの?!私は毎日だって賄いはピザが良い!!」
他のメイドたちがブンブンと首を縦に振っている。
「それはありがたいが……太るぞ?」
……え?
「カミーユが選ばれたの?」
貴族の子息令嬢は殆ど例外なく学園に通う事になる。それはウチの坊ちゃんも同じなわけだ。
そして学園には一人だけ使用人を連れて行ける。そのお付きに選ばれたのがカミーユだった。
「ええ、坊ちゃんから直接聞かされたわ」
まぁ納得だ。坊ちゃんはカミーユ先輩をかなり重宝していた。
伯爵にねだって建てて貰った工房に連れ込んで、毎日いちゃいちゃ……するでもなく、私たちの中ではカミーユが一番手先が器用だからという理由でゴーレム作りの手伝いをさせていた。
私もたまにやらされたけど、正直私は手先が不器用なのであまり役には立てなかった。それでも坊ちゃんは私の事を笑いながら許してくれるし、他のメイドたちと同じように扱ってくれる。美人さんに手伝って貰えるだけで嬉しいよ。だって。むふふ、坊ちゃん好みの容姿に生まれて良かった。
「良いな~、学園に行けば他家の使用人たちの出会いもあるだろうし。ここにいたんじゃ私行き遅れちゃうかも」
「私は選ばれなくて良かったかも。私の知り合いの他家の貴族の使用人から聞いたんだけど、グランシェルド家の、というか坊っちゃんの評判は最悪よ。学園に行ったら間違いなく他家の使用人から馬鹿にされるわ」
「なんでよ、坊ちゃんはパーティとかは全て欠席してたじゃない。評判が下がりようがないんじゃない?」
「いや、だからでしょ。ずっと人前に顔を出してないし、色々良くない噂で溢れているらしいわよ」
「例えば?」
「顔が醜すぎて人前に出せないとか、頭が悪すぎてとか、感染する病気に掛かっているとか、実は子息はとっくに亡くなっているとか、最初からいないとか、他にもいろいろ」
「何よそれ!!私たちの坊ちゃんを何だと思ってるの!!」
「ちょっ、怒んないでよ。私はあくまで聞いた話を伝えただけなんだからね。というかあんた、坊ちゃんのこと嫌ってなかった?」
………そういえば、昔は嫌いだった気がする。そうだ、悪魔憑きになる前までの坊ちゃんは酷かった。あの頃の坊ちゃんの事を言っているなら、私も一緒になって悪口を言っていただろう。
でも今は違う。坊ちゃんは私たち平民の使用人にも凄く優しくしてくれるし、何より―――
「ピザをシェフに伝授してくれた坊ちゃんは謂わばピザの神様、ピザ神よ。嫌うわけ無いじゃない」
「どんだけピザが好きなのよ。まぁ私も好きだけど。あとフライドポテトとかも」
「ハンバーガーじゃなくて?」
「それも好き」
「ただ坊ちゃんがシェフに教えてくれた料理は3日に1回しか出てこないという制限が虚しいのよね」
「太るらしいからね。容姿しか長所がない私たちが太ったら終わりでしょ」
「それにしても、坊ちゃんは社交の場に一切出てないのに、これらの料理の事を何処で知ったのかしら?」
「多分書物でしょ?坊ちゃんは読書大好きだし」
「読書って……全部ゴーレム関連の本なんでしょ?」
「ほとんどはそうらしいけど、流石にアレだけの本があるのよ?流石に全部ってことは無いんじゃない?」
「それもそうね」
坊っちゃんが学園に入学なされて、カミーユ以外のメイドは一時的に坊っちゃん付きのメイドを外された。今は他のメイドと混じって屋敷の仕事をしている。
ある日私は先輩メイドと2人で伯爵様の仕事について行くことになった。
ちなみに選考理由はやっぱり容姿だそうだ。私の存在価値は顔だけかと思うとちょっとしょげる。
お相手は同じく伯爵の男。
なんかいやらしい目つきで見られている気がする。
「おや?今日は見慣れないメイドをお連れなのですね」
「ええ、彼女は息子付きのメイドだったのですが、息子が先日学園に入学したので他の仕事を覚えさせているところです」
私の話になったので頭をペコリと下げる。
「ああ、そういえばご子息が今年学園に入学なされたそうですな。グランシェルド卿も肩の荷が下りたのではないですか?いやはや不出来な子を持つと大変ですな」
……あ”?
こいつ今坊っちゃんを侮辱しやがったか?
「……今なんと申されましたか?」
「ああ、失礼。言葉が過ぎましたな。ただ私も同じ伯爵として心配しているのです。私の子も今学園に通っているのですが、私の子は優秀でしてな。今年もB組を維持しているそうです。高位貴族も多く在籍しているB組ですぞ?我が子ながら優秀な子です。それに比べておそらく卿の子息はF組だろうし、地方貴族の、それも下級貴族に混ざって勉強する羽目になる。同じ伯爵として心を痛めているのです」
~~~~~~~~~~!?
私は笑いを必死に堪える。
そう私は知っているのだ。坊ちゃんがどれだけ優秀な成績で学園に入学なされたのかを。
毎日のように伯爵様が自慢なさっていたから。
「ご心配痛み入る。だが安心していただきたい。我が子アーバンは今年の新入生代表を務める程優秀な子です」
「………は?」
「学術も剣術も魔術もトップの成績だったと聞かされています。礼儀作法もトップではなくとも優秀な成績だったと聞いております」
「そ、それはそれは……それが本当なら素晴らしいですな」
「本当なら?」
「あ、いや。疑っているわけでは」
「噂に踊らされ、真実を確かめもせず、勝手な憶測で我が子を侮蔑する様な発言は今後一切控えて頂きたい!!」
「も、申し訳ありません!」
は、伯爵様!かっこいい!!
いつもは全然頼りないのに。
「ああ、いえ。こちらこそ声を荒げたりして申し訳ない。息子の事となるとつい熱くなってしまうのです。ご容赦願いたい」
ありゃ、一瞬でいつもの伯爵様に戻ってしまった。ちょっと残念。
なんと坊ちゃんが侯爵令嬢のハートを射止めたらしい。
しかも、その御令嬢がグランシェルド家に嫁入りしに来るのではなく、坊ちゃんが向こうに婿入りするそうだ。将来はネフィス侯爵の名を引き継ぐ事になる可能性が高いそうだ。
それが原因で最近シェフが寂しそうにしている姿をよく見かける。
「元気だしなよ、美味しそうに食べてくれる姿を見るのが好きなら、私が何時でも美味しくシェフの料理を食べてあげるから!何なら毎日でも!!」
やはり3日に1回じゃ物足りないのよね。
「あんたソレ、プロポーズみたいよ?」
「言われてみれば確かに。待てよ?シェフって確か独身よね?」
「そうだが……おい、まさか本当にそんな理由で結婚を申し込むつもりじゃないだろうな」
「出会いが無いのよ!出会いが!!先輩も結婚しちゃって先に退職しちゃうし!私だって焦ってるの!!」
「落ち着け!飯に釣られて結婚する奴が何処にいる」
「ここにいるでしょう!それによく言うでしょ?胃袋を掴むってやつよ」
「それ、普通は女が、男の胃袋を掴むもんなんじゃないのか?」
「胃袋に性別は関係ないでしょ?というかあなたシェフなんだからピッタリな言葉じゃない」
「……それもそう、か?」
「ほら、いつまでもじゃれてないで、仕事に戻りなさい」
「はぁい!あ、さっきの話、考えといてね!」
「……本気か?」
坊っちゃんが結婚して屋敷を出て行ってしまった後に、シェフには改めてプロボーズしよう。
坊ちゃんの結婚式をこの目で見るまではメイドを続けたいしね。
あ、坊ちゃん曰く結婚してもメイドは続けて良いんだっけ?
本当、変わった方だな坊ちゃんは―――
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