料理人に戻れた男の話
ギルドマスター視点を本編に移したので代わりの話を置いておきます。
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今日みたいな寒い日は背中の傷が疼く。
アーバン坊っちゃんが出て行った屋敷の厨房で、あの方が残してくれた魔道コンロでお湯を沸かしてお茶を入れる。
俺はグランシェルド家でシェフをやっている者だ。専業のシェフは俺だけで後はメイド達が手伝ってくれている。
ここのメイド達はアーバン坊っちゃんが大嫌いだった。我が儘でスケベで暴力的で、良いところが1つも無いと、いつも厨房で愚痴を言っていた。俺はいつもそれを黙って聞いていた。
俺自身は別にアーバン坊っちゃんの事は嫌いではなかった。好きでもなかったが。
俺は以前別の貴族の元で料理人をしていた。子爵の男とその夫人、そして1人息子。グランシェルド家と同じ家族構成だが、あちらは最低の職場だった。
料理に細かい注文を付けたがるくせに味の違い等ほとんど分からない馬鹿舌家族だったし、料理をする人間を馬鹿にしていたし、残す癖に大量に作らせるし、文句は多いし。
ある日、子爵邸で催されたパーティで来賓に何か言われた令息が俺の所にやってきて、パルトヤーニという料理を作れと言ってきた。俺はそんな名前の料理は知らないと答えると、何故料理人の癖にそんな事も知らないのかと怒られた。
どんな料理か尋ねるとどうやら本人も知らないらしい。ならば当然作る事など不可能だ。
後日俺はお前の所為で恥をかいたと解雇された。貴族に恥をかかせた罰として背中に鞭を10発食らうおまけ付きで。
後日色々調べて判断したんだが、パルトヤーニという料理は多分存在しない。来賓が子爵の坊ちゃんを揶揄ったのだろう。とんだとばっちりだ。
職を失った俺は直ぐに新しい職場を探し始めた。
俺が出来る事なんて料理ぐらいだ。
たまたま前職の伝手で紹介されたのがこのグランシェルド家のシェフだった。
前任のシェフが高齢を理由に引退するので後任を探していたらしい。
前の職場に比べりゃグランシェルド家は働きやすかった。
滅多に料理に指示を出してこないし、文句も言って来ない。夫妻はたまに料理を残すが全然許容範囲内だ。そしてアーバン坊っちゃんは料理を残したことが無かった。
普段メイド達が呆れる程の我が儘っぷりのアーバン坊ちゃんだが、こと食事に関する事で我が儘を言われた事は一度も無かった。
出された食事は全部食べる。あれは多分食と言うものに興味が無かったんだと思う。美味しそうに食べる事も無ければ、マズくて残すこともない。飯なんて食えれば何でも良い。そんな感じだったと思うが、俺的にはそれで構わなかった。貴族の中ではマシなリアクションだ。
ある日の建国記念パーティで夫妻が屋敷を空けて、坊ちゃんと使用人だけが屋敷に残っている時に、珍しくアーバン坊っちゃんが俺に話しかけて来た。
「味の濃いジャンクフード的な料理って作れないかな?」
じゃんくふーどが何か分からないが、味の濃い料理をご所望らしい。取りあえず調味料の量を増やしてみた。
その日、はじめてアーバン坊ちゃんが料理を残した。それもほとんど食べずに。
「頑張って食べようとは思ったんだけど、ごめん、これは食べれない。無理を言ったみたいでごめんね。次の食事からは元に戻してくれる」
生まれてはじめて貴族に謝られた。
いつもどんな料理も残さず食べるアーバン坊っちゃんがほとんど食べれずに残すほどの料理……俺は悪いとは思いつつ坊ちゃんが残した料理を一口食べた。
――――!?
「っげほ!!!ゴホ!ゴホ!!!」
とてもでは無いが食べれた物では無かった。
その時、ゾッとした。
俺はいつから料理を作る時に味見すらしなくなったのだろう。
ましてや今回は初めての味付けだった。それを味見すらせずに出すなんて。頭がどうかしているとしか思えない。
……俺はいつから料理人ではなくなっていたのだろう。
俺は駆け出した。アーバン坊っちゃんの部屋に向かって全力で。
「申し訳ございませんでした!!!!どうか、俺にもう一度だけチャンスを下さい!!!」
頭を地面に擦り付けて懇願した。
「え?なに?」
「どうかアーバン様の知っているじゃんくふーどなる物の情報を知っているだけ教えてください!!必ず、次こそは必ず再現してみせます!!ですから、どうか!!」
「うん!これだよ!!ハンバーガーにフライドポテト!!美味いっ!!!」
アーバン坊っちゃんが俺の作った料理を美味しそうに食べてくれる姿を見て思い出した。
俺が料理人になろうと初めて思ったのは、両親が俺の作った拙い料理をおいしいおいしいと言って笑顔で食べてくれた事だった。
料理人に戻れた気がした。
ただ、ジャンクフードに両親がハマったりすると大変だから普段は作らないようにと言ってきた。たまにで良いのだと。
なんでも塩分の多い料理は体に悪いらしい。特に高齢の人間には。夫妻は高齢と呼ばれる程の年齢では無いが、少しでも長生きして欲しいのだと言われるとそんな事は口に出せなかった。
料理は究極を言ってしまえばただの好みだ。万人が美味しいという料理を作るのは不可能に近いだろう。だったら俺は、アーバン坊っちゃんやグランシェルド夫妻の口に合う料理が作れるように研究し、腕を磨こう。
食べてくれる人においしいと思って貰いたい。またそう思えるなるきっかけをくれたアーバン坊っちゃんに感謝だ。
この恩は生涯グランシェルド家のシェフとして働く事で返そう。何時か生まれるあの方の子供にもおいしい料理を提供したいと思った。
「坊ちゃんが婿入りしてこの屋敷を出ていく!!ア、アーバン坊ちゃんはご長男、しかも1人息子だぞ?!」
驚きはしたが、貴族にも色々あるのだろう。
……そうか、あの方の為に料理を作る事はもう出来ないのか。
アーバン坊っちゃんが屋敷を出る日にはハンバーガーとフライドポテトをお出ししよう。きっと美味いと喜んで下さるだろう。
今日みたいな寒い日は背中の傷が疼く。
ただ―――
俺はぐびりとお茶を飲む。
ああ、温かいな。
「さぁ、今日も旦那様と奥様に美味しい料理をお出ししないとな」
[IF]魔道具師志望ですがゴーレム以外興味はありません 大前野 誠也 @karisettei
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