第三話『ジョンの名案』

「やぁ、調子はどうだい?」


 やけに気取った、男の声。

 他でもない、『ジャックと豆の木』計画の依頼主の、ジョン・スミスだった。途中経過を確認しに、やって来たのだった。


「ああ、これはこれはスミスさん。お世話になっております」

 M博士は、虫のようにちょこまかとジョンに擦り寄った。

「いやぁ、おかげさまで、研究は順調も順調でございます!」

 N博士も、同じくうやうやしく振る舞う。

 そして二人の博士は、ジョンから離れて身を寄せ、コソコソと会議を始めた。

「N博士、まずいな。いくらムカデの件が面白い研究とは言え、お金をいただいている手前、何かちゃんと結果が残っていなければ……言い訳はできないぞ!」

「結果? あるじゃないか目の前に。とてつもなく長いムカデ。おまけに素早い。きちんと説明すればいい……M博士が」

「くそっ、するのは私か!」

「もちろん」


 ジョンは、ケースの中でパンパンになっているムカデを、じっと見ている。


「おお! なんと素敵なムカデ! ツルっと光るメタリック! 非常に美しい。だが、こいつは、何になるんだ? 私の発注した『ジャックと豆の木』計画に、関係はあるのか?」

 ジョンは、眉間みけんしわを寄せている。

「あはははは。スミスさん、もちろんです、このムカデ、チタンよりも硬いです。カーボンナノチューブの体なので」

 M博士が、愛想良く言った。

「へぇ。他には?」

 ジョンの質問は容赦なく続くようだ。

「とてつもなく、素早いです」

「ふーん。他に?」

 つまらなそうな調子だ。

「血が、紫色でかっこいいです!」

「あとは?」

「あと…………見ての通り、よく伸びます!」

 M博士は、目の前の、数秒前よりも随分とすくすく成長したムカデを指さして、そう言った。


 ケースの余白はもう、見当たらない。

 そしてムカデはケースを……


 卵の殻を破るかのように、ぶち破った。


 すると、ジョンの目の色が変わった。

「伸びる? それはどれくらいだ?」

「えーっと、おそらく……無限です!!」

「ほぉ。無限に伸びる、カーボーンナノチューブ製のムカデ! これはきっと……に応用できるに違いない!」

 ジョンは、そう提案した。

「その発想はありませんでした。それなら……そうだN博士、アルツターノフを呼ぼう。彼なら、実現できるかもしれない。彼は軌道エレベーター構想確立の、第一人者だからな、力になってくれるはず。すぐにでも行ってくる! あ、ムカデの方は、頼んだぞ。逃がさないように!」

「あ、ちょっとN博士……行ってしまった。ってそうだ、ムカデがケースから出たんだ! 研究室からは、逃げるんじゃないぞ!」

 N博士は、とてつもなく素早く動き回る長大なムカデを、追いかけ始めた。


〈第四話『アルツターノフ』に続く〉

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