第二話『ムカデのDNA』

 ガンマ線滅菌装置の中には、透明な飼育ケース。

 M博士は、装置のボタンに手をかける。

 ボタンを力強く押し込む。

 その瞬間、M博士はケースの中に何かがいるのに気づいた。


 ムカデ。


 約十五〇ミリメートル、そこそこ不快なサイズの短足炭素ムカデだ。


「あ、まずい!」

 M博士は叫んだ。

 しかし、時すでに遅し。

 結局、ケースをムカデごと、ガンマ線滅菌してしまった。

「でも、所詮線滅菌だろう? 電離力は大したことない。目に見えるような影響はないさ」

 N博士は、楽観視した。

「うーん、そうだといいのだが……」

 M博士は、心配を拭えない様子だ。

 その後、二人がムカデを観察していると……


 伸びている。


「ん? このムカデ、やけに長くないか?」

 M博士が指摘した。

「そうだなぁ、言われてみれば……」

 

 長い。


 今や、三〇〇ミリメートルほどにまで、成長している!


「おい、ぐんぐん伸びていくぞ!」

 M博士の、興奮と焦りの混じった声。

「本当だ! 間違いない!」

 N博士も、同様だ。

 一目話すと、一〇〇ミリメートル。

 二度、目を話すと、もう一〇〇ミリメートル。

 見るたびに、どんどん長くなっているのがわかった。

 「どういうわけだ? こんなに長くなるなんて! 遺伝子に何か変化が? N博士、この研究所で一番性能のいい電子顕微鏡を用意してくれ!」

 M博士はN博士に指示すると、目を見開き、装置にピッタリと張り付いて、中のムカデを凝視する。

「わかった!」



 M博士は、顕微鏡のレンズを覗き込む。


 にょろりと長い、ムカデ。

 うねうねと、動き回っている。


「拡大」

 淡々とした、M博士の声。

 

 ブドウの断面のような膜に包まれた、細胞。


「……拡大」


 絡まり合う毛糸のような、染色体。


「もっと」


 梯子はしごのねじれたような形の、DNAの二重螺旋らせん構造。


「もっとだ!」


 DNAに書き込まれた塩基配列、つまりは、遺伝情報。


ATA CGT AGC TAG CTT AGC GCA TGC TAG TCA

TAT GCA TCG ATC GAA TCG CGT ACG ATC AGT

 

「このDNAは……みたこともない塩基配列だ!」

 M博士は、息混じりに、感嘆する。

「やはりそうか。では、ムカデが大きくなったのは……」

「ああ。おそらく、ムカデのDNAの二本鎖のが破壊されて、その修復過程で、破壊箇所の塩基配列が大幅に変異したんだ! ガンマ線滅菌してしまったがために……」


 そこで、研究室の出入り口のドアが開いた。


〈第三話『ジョンの名案』に続く〉

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