天を貫く遺伝子組み換えムカデ

加賀倉 創作【書く精】

第一話『ジョンからの発注書』

 カーボンナノチューブ技術の先駆けである江西えにし産業と、遺伝子組み換え食品最大手の門三頭もんさんとう製薬が、技術・研究提携を発表した。その背景には、とある『発注書』の存在があった。


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【発注書】

 江西産業及び門三頭製薬の技術者・研究者御一行様 


 単刀直入に言う。私は、『ジャックと豆の木』が欲しい。二社の技術の融合により、それは可能であると考える。大雑把に言えば、計画はこうだ。まず、江西産業のカーボンナノチューブで、軽くて強靭な柱を作る。次に、門三頭製薬の遺伝子組み換え技術を使って、マメ科の植物であるオーストラリアビーンズ(これは、イギリスの童話『ジャックと豆の木』に出てくる豆の木のモデルと言われる)を、無限に伸びるように改良する。そして、カーボンナノチューブの柱に無限に伸びる豆の木のつるを絡ませる。これが天まで届けば、『ジャックと豆の木』が実現するはず。ああ、そうなればなんと素晴らしいことか。欲を言えば、豆の木を登った先にいる、巨人のような存在にも出会えたら……いや、それは流石に難しいか。そっちは忘れてくれ。まぁ、とにかくやってくれ。資金はいくらでも出す。そうだなぁ、一兆ポンドくらいまでなら、いいだろう。なんと言っても、『ジャックと豆の木』が実現できるのだからなぁ。では、私はタイタニック号での優雅な船旅に忙しいので、それが済んだら、研究所を訪れることにするよ。

 

 ウェセックス王アルフレッドの末裔まつえい ジョン・スミスより。

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 この、一見無茶に思える発注の依頼主は、イングランドのアルフレッド大王の末裔を自称する、ジョン・スミス氏。ジョンは、子供心を忘れない成人男性で、面白いものになら惜しげも無く大金を注ぐ、そんな人物だった。

 江西産業のN博士と、門三頭製薬のM博士が、早速協力して、研究に取りかかった。


「こんな無茶な発注書、初めてだよ。にしてもスミス氏は、とんだ変わり者だなあ」

 と、N博士はやや不満気味。

「まぁ、いいじゃないか。資金は潤沢じゅんたくにある。この際、我々のいろんな研究に利用させてもらおう。ちょっとくらいなら、関係ないものにも……」

 M博士の方は、ノリノリだった。

 研究室には、たくさんの試作品。もちろん、一番多いのはオーストラリアビーンズの鉢。すでに複数パターンの遺伝子組み換えが施されていた。組み込んだ遺伝子は、ピーク時は一日で一メートル以上も伸びる『真竹まだけ』、幅数ミリのくせにクジラよりも長く成長し得る紐型動物『リボンワーム』、自由自在に伸び縮みする深海生物『ウミエラ』などだ。他にも、今回のジョンからの依頼とは関係のないものも、多く並んでいた。例えば、『短足炭素ムカデ』。それは、カーボンナノチューブ製の胴体を産生する遺伝子を組み込んだムカデで、たいへん高強度な体を持っていた。その強度は、鋼よりも、チタンよりも遥かに硬い。『短足炭素ムカデ』の体を、どんな力自慢が、ノコギリなどで切り刻もうとしても、決して切れない。一つおかしいのは、遺伝子組み換えの影響なのか、その足は随分と短く、肉眼では見えないほどの大きさだった。

「『ジャックと豆の木』かぁ。字面はまぁ、悪くないが、私としては、こっちのムカデの方が、研究のしがいがあるように思うなぁ」

 N博士は、また不満を垂れる。

「それには同意するよ。実はさっきから、妙案が喉から出かかっているところなんだが……」

 M博士も、ムカデには肯定的だった。

 二人は、『ジャックと豆の木』の計画などそっちのけで、ムカデの方に興味を寄せ始めた。

「そうだ、わかったぞ! ひらめいた!!」

 M博士が叫ぶ。

「なんだなんだ? 聞かせてくれ」

 N博士はそれを聞いて、すぐ飛びついた。

「ムカデに、鉄を加えるんだ」

「鉄だって? と言うと、ムカデの体を鉄素材にすると言うことか? すでに鋼やチタンよりも硬いんだ、残念だが、あまりいい案とは、思えない」

「いいや。それが、ちょっとひねりが効いていてね。N博士、ぜひ話を最後まで聞いてほしい」

「いいだろう。言ってみてくれ」

「このムカデの体内で酸素分子を運ぶ呼吸色素は、ヘモシアニンだ。ムカデのヘモシアニン中の一本のポリペプチド鎖には、二個の銅イオンが含まれている。ここに、鉄イオンが一つ追加されるように、遺伝子を組み替える。するとだ、酸素運搬能力が飛躍的に向上、大幅に酸素の循環は加速し、全身の筋肉の運動に大きな影響を与える」

「ほうほう。あなたの考えていることがわかってきたかもしれない。台詞せりふを奪ってしまうことになるが……M博士、あなたはムカデを、作ろうとしているな?」

「おーっと、バレてしまったか! さすが、話が早くて助かる。だが、話はまだまだここからだ。さらに、鉄という新たな呼吸色素を獲得したムカデは、ある能力に目覚める。それは鋼の生産能力だ。体内で、カーボンナノチューブ由来の炭素と、ヘモグロビン中の鉄を合成することで、鋼ができる。わざわざ炉に入れて、酸素を吹き込み、炭素などの不純物と一緒に燃やす手間も省ける。ムカデを使って、製鉄産業に革命をもたらせるかもしれない!」

「なるほど……そいつは面白い!」

 N博士は、子供のように、目をキラキラ輝かせている。

「そうだろう? あと、これは余談だが、そうしてできたムカデの血は、シアンの青とヘムの赤が合わさって、紫色という、なんとも禍々まがまがしい血ができるぞ。これで、バケモノ感が増すかもな」

「よし、早速この『短足炭素ムカデ』を改良しよう。その前に……飼育用のケースをがいるな」

「うむ。より安定的な生育環境にするために、ケースはしっかりと殺菌しておこう。ガンマ線滅菌の準備だ」


〈第二話『ムカデのDNA』に続く〉

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