第3話 夏の夜のビールにまさるものなし

 ある夏の日。公務員試験を明日に控えて勉強していたものの、疲れてしまい、ちょっと休憩のつもりが数時間寝てしまっていました。目を覚ましたのは夕方、起き上がろうとしたらめまいがしていました。

 ベッドから這い出してみたものの、まっすぐ歩けず、居間近くの和室でダウン。

 あまりに静かに倒れているので両親は私の異変に気づかず、ビールなぞ飲んでいました。

「ぷはー、うまいねえ」

 父の言葉に軽い殺意を覚えた、大学院修士課程2年のあの夕方。

 それが私とメニエール氏の出会いでした。


 午後8時。

 晩酌から1時間ほど過ぎたところで、母が娘の異変に気づきました。

「ご飯食べないのお?」

 責められています私。わかるよ、せっかく作った夕飯を食べに来ない娘、腹立ちますね? でも、その娘、頭も上げられないくらい、声も出ないくらい、めまいと耳鳴りと吐き気で倒れています。OK?

「寝てるんじゃないの。そっとしておいてあげたら」

 父。まったく気が利いていません。可及的速やかに助けに来てください。こちらは声が出ません。

「いや、あの子、昼寝もしていたし、まさかそんなに寝ないでしょう」

 食卓の方でガタガタという音がして、足音が近づいてきました。気持ち悪すぎて視界も暗いので、これがエイリアンでも気づきませんよ私は。あっさり食われるよ多分、通気口の中じゃないのにな。

 ありがたいことに、近づいてきたのは母でした。

 母は私を数回揺さぶりました。やーめーてー。

 私も母の手を押さえながら、必死で声を出そうとします。

 でも、あえぐ間に1音ずつ挟むのがやっと。

「ゼー……め……ハー……ま……フー……い……」

 聞き取り不能です。文字起こししたほうがまだ理解可能。

 その時、母が私の症状を理解したかどうかは不明ですが、こう言ったのは覚えています。

「ちょっと! お父さん! 変なことになってる!」

 はいはい、変なことになっていますよ、あなたの娘。無理に体を起こさないでくださいね。地面がどこかわからないくらい頭ぐるぐるまわってますからね。無重力もまっつぁおですわ。

 父はまだ晩酌の真っ最中でした。

 したたかに酔った父が、私の様子を見に来て、一言。

「うーん、でも、熱もないし、救急車は大げさだから、ちょっと様子を見よう」

 そしてそのまま、晩酌は続けられ、私はしばらく放置されたのでした。


 私にとっては何時間も経ったように感じたころ。

 父がようやく重い腰をあげ、受話器をとりました。

 かけた先は、かかりつけ医院です。

 すでに閉まっているはずですが、自宅兼病院なので、しつこく鳴らせば先生が出てくるかも知れないという父の知恵です。(はた迷惑な。)

 電話に出た先生に、往診を頼む父。

 しかし、先生は、車で医院まで来るように指示しました。

 私と父は、タクシーで医院に向かうことになったのです。

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