第13話 激戦

 氷漬けにされた玲は何とか体を動かさそうと足掻いていた。しかし、身じろぎ1つすることも叶わない。


(くそっ。これ以上は体が持たない。一度白虎は解除するしかないな。どうにかして優愛だけでも脱出させなければ。いや、もう朱雀すざくを使うしかない...召喚...)


 玲は最後の力を振り絞ろうとするが、ここで気を失ってしまうのであった。





 まただ、緑が広がった庭園。そしてそこに立つ小さな白い建物。意識が無くなるといつもここに辿り着く。果てまで無限に広がっている空間。そして、俺と距離を取りながらこっちを伺う獣共。


「小僧、またここに来たか」


 こいつは何だったか。この見た目、龍、だよな。


「次は我の番と行こう。代償は主の寿命10年でいい。気を取り戻せば我の力も自由

に使えるぞ。光栄に思うといい」


 まただ、一方的に言いやがって。一体何なんだ、俺の能力は。文句を言いたくても声が出ない。いいよ、好きにやれ。幻獣、いやさえ殺せれば何でもいい。そのためだったら寿命ごときなど――――





「ふう、さて武藤くんの援護行った方が良いかなぁ? まだ、負けてないと良いけどぉ」


 及川は2人に背を向けると、独り言を言いながら場所を移ろうとする。この時の及

川は油断していた。故に直ぐには気付けなかったのだ。その強烈なまでのオーラに。北棟を覆う氷に微かに亀裂が走る。その瞬間、氷塊は一気に水となって溶け出していく。


「え!? 何何ぃ!?」


 及川は今起きた事に対する理解が追いついていなかった。ただ、感じたのは1つ、

倒したと思った玲が何かをしたという事である。その証拠に玲の体の周りに水が集め

られていき、大きな球体にへと纏まっていた。


「玲、またなの...? もうこれ以上は寿命が...いくら回復できたとしてもこれ以上擦り減ったら...」


 氷が突如として消えたため無事に脱出出来た優愛であったが、今の玲の状態を見て涙を流しながら言葉を振り絞る。


(この娘の様子からして向こうも想定外みたいだね。厄介だな。これ以上は本当に手

加減できないかも)


 しかし、この悪状況に畳み掛けるように幻獣発生のサイレンが及川の耳に聞こえてくる。


「このタイミングで...優愛ちゃんだっけ? 緊急だから手荒になるかもだけど恨まないでね!!」





 そして現在へと至るのであった。及川は氷の剣を生み出すと、玲に対して小さい氷柱を弾丸のように放ちながら斬りかかろうとする。それに対して玲は軽く体を捻りながら躱すと、悠長に後退をする。


「我を倒すには少々遅いのではないか? よもや手を抜いてるのではあるまいな」

 余裕そうに言い放つと、集めた水球から水のビームを無数に発射する。しかし、そ

れらは及川の体を掠めるだけであった。


「嫌な性格してるね」


「ふむ。手加減とはこういう事ではないのか?」


「あんまり舐めないで!! 〝氷華優美乱ひょうかゆうびらん〟!!」


 玲の周囲に細かな氷の結晶が花びらを形どるようにして現れる。その一つ一つは鋭い刃のような造りになっており、吸えば体の内部をボロボロにし、皮膚にあたったとしても軽い怪我では済まされないという凶悪な技であった。しかし、


「偶然ではあるが、互いに相性が悪いようだな。〝水流雲天すいりゅううんてん

雨垂あまだれ〟」


 巨大な水の龍が2人の間に現れ建物を壊しながら上空へと昇っていく。すると、暫

くしてポツポツと雨が降り出してくる。その雫は玲に近づくにつれ速度がスローにな

っていき、及川の氷を覆いながら地面へと落ちてゆく。


「我が操るのは。貴様が水を氷に変えるのと同じように、我にとって氷を水

に変える事など造作もない。残念だが貴様の攻撃は我に通らぬぞ」


「それはどうかな」


 及川はそのように軽口を叩くが、


(まずいな。まだまだ力隠してそうだし、このままじゃ勝つのは無理だろうね)


 と内心では状況を冷静に分析しており、相手との力の差を自覚していた。


「...やるしか無いよね。神羅万聖〝氷姫の誘い〟!!」


(さっきとは違う。今度は凝固する場所を彼だけに集中させて一気に凍らせる!!)


 及川の思惑通り、玲のいる場所だけが一気に氷と化す。更に、及川は躊躇うこと無

く氷の刃を氷塊に向けて放ち続ける。一分も経たずにそれは蜂の巣となる。


「頭と心臓は外したから生きてるはず。後で解除するから、直ぐに手当してあげれば

死なないとは思うよ」


 及川はここで攻撃を止めると、隅で座っている優愛に対して淡々と言う。優愛はそ

の言葉に答える事はなく、ただ氷塊を見つめている。


(そっか、能力で魂を見れるんだっけ。なら生死は判別できるのか。いや、でもその

割には落ち着きすぎな気が...)


 及川は何か嫌な予感を感じ取り、1つの考えが脳裏によぎる。


「まさか重症すらも負ってないの!?」


 慌てて氷塊に視線を移すのだったが、そこに氷塊は存在していなかった。それらは

全て水の塊へと――


「言ったであろう。我に貴様の攻撃は通らぬと」


 その中から傷一つも付いていない玲の姿が現れる。


「小僧の記憶を見たが、貴様は強者なのでは無いのか? 我に対して一切の遠慮はい

らぬぞ」


「嘘でしょ...こんなにも差があるなんて...」


 奥の手すらも無効化され、及川は放心状態になってしまう。


「ふむ、あれが全力であったか。この程度とはつまらぬな。強者が何たるかを教えて

やろう。見るがいい、我が奥義を。神業かみわざ〝水流雲天《すいりゅううんて

ん》・水簾霊雨すいれんれいう〟」


 そう唱えられる瞬間、綺麗な色をした水龍が現れ及川へと迫りゆく。その龍は高圧

で圧縮された水粒子であり、それは鉄すらも穿つ。


「駄目よ、玲!! 〝女神・守護〟!!」


 物凄い衝撃と共に大量の水が弾け飛び、辺りは霧に包まれたかのようになる。建物

は半壊し、上部は崩れ落ちている。


「うむ、上出来だ。邪魔が入ったが、まあいいだろう」


 そう言い終わると同時に、玲は何かが抜け落ちたかのように体勢を崩し床に倒れ伏

す。角や尾は既に消え去っていた。





「えっと、どういうつもり? 何で私を守ったの?」


 技の衝突直前に優愛の能力により身を守られた及川は本心から驚いた様子で尋ね

る。及川は完全に死を覚悟していたため、自分がまだ生きている事に動揺していたのだ。反対に優愛はというと、白い翼は1枚残らず羽となって散っており、能力を使ってでも全てを防げなかったのか背中に大きな傷跡が残っている。


「玲を人殺しにしたくなかったからです。いくら能力が暴走したからってこんなの間

違ってると思って」


「それ以上落ち込まなくていいよ。現に私は命を救われたわけだしね。お咎めはある

だろうけど私からはもう何もしないよ」


「ありが――「いやあ、派手にやりましたね、及川軍長。ご無事ですか?」


 優愛のお礼と重なるようにして、男の声が聞こえてくる。数秒して霧が晴れると、


「ああ、染崎さんか。今、外はどうなってますか? 私も直ぐに戦闘に参加するのが

良さそうです?」


 及川が男――染崎を視認しそう声を掛ける。優愛はその隣で染崎を見て動きが止ま

っており、その頬には冷や汗が流れていた。


「なんとか持ち堪えていますよ。タイミングはかなり悪いですけど。それでこの子が

主犯の1人ですよね? 私が回収しますので、軍長は早く治療して貰って下さい」


「ああ、助かる。じゃあ頼んだよ」


「玲に近づくな!!」


 染崎が玲に手を出そうとする寸前、優愛は腰に装備していた拳銃を染崎へと乱射す

る。だが銃弾を一発も当てることが出来ずに及川に取り押さえられてしまう。


「何してるの!?」


「及川軍長、あいつは敵です!! 早く殺してください!!」


「えっと...」


(急にこの娘どうしたの!? やっぱ錯乱しちゃってるのかな?)


 優愛の豹変ぶりに及川は頭が追いついていなかったが、とにかく2人を離そうと思

い優愛を抱え込むのだが、


「ぐふっ...え?」


 及川は自分の胸から血が流れて動揺する。そこには鋭い棘が突き刺さっていたのだ。遅れて痛みが襲いかかり及川は倒れ込んでしまう。


「残念、惜しくも心臓を外したそうで」


「染崎、さん...?」


「ぁぁ厄介な軍長をこうも簡単に処理できるとは。ぁぁその弱さ嘆かわしいな

あ!!」


 染崎は興奮した口振りで話しながら、白衣を脱ぎ捨て悲しい表情の仮面を付ける。

すると、たちまち染崎――哀者サデンの姿は変貌していく。肌は黒く変色し所々

に棘のような突起がある。青いコートを取り出し羽織ると、体内から長い蛇矛を取り

出す。


「ぁぁこれから命が散っていく。命とはなんて儚いことか。お前達もそう思うだろう?」


「よく分かんないけど、敵ってことね? 容赦しないから」


 と、強気に出る及川であったが、


(これどういう状況? 染崎さんは幻獣だった? いやどっちかと言うと乗っ取られ

た、ってのが正しいのかな? じゃあ、麗奈ちゃん達はこの事を知って今回行動に出

たってこと!? もう頭がこんがらかってきた...うん、もういいや)


 最終的には思考を放棄し、とにかく闘うことだけに集中する。


「及川軍長、私の能力で治療するので全力でやっちゃって下さい!!」


「うん、それはそうなんだけど――って危なっ!!」


 哀者サデンが激しい刺突を及川へとお見舞いする。及川は下がりながらそれを

回避し、息を吹いて足元を凍らせようと試みる。


(駄目だ。さっきまでので力使いすぎて氷を上手く操れない。怪我はましになってる

みたいだけど傷までは塞がんないし、それにずっと痛い!!)


 及川は最悪の状況に泣きそうになりながらも、ぐっと堪えて迫りくる攻撃を避けな

がら周りの様子を確認する。


(弟くんはまだ気を失ってるみたいね。それで優愛ちゃんは何やってるのかな? あ

れで私の事回復してくれてるっぽいけど)


 及川の目線の先では、優愛がしゃがみながら両手で何かを包むような動作をしてい

る。



 優愛には玲以外には教えていない技があった。それが〝女神めがみ御心みこころ〟であった。優愛は魂を見ることが出来ると言っているが、実はそれだけでなく知覚した魂を幻体として取り出すことが出来る。それは本体とは別のため取り出すだけでは殺すことは出来ないが、それを温めると治癒効果が発動し、反対に冷たくすると防げないダメージを与える事が出来る。ただし、この技はかなりの集中が必要であり、集中力が切れると魂を掴めなくなってしまうのであった。



(すごくボロボロな魂...きっと色んな死線をくぐり抜けて来たんだろうなあ。うん、これ以上はもうどうしようもないかな。玲は...怪我は大丈夫みたいね。でも寿

命は減ってる...目を覚ましたらまた叱らないと)


 そんな事を考えながら治癒を行っていた優愛だったが、そのために哀者サデン

が急に優愛への攻撃を行おうと蛇矛を構え始めたのに気付けなかった。


「あなたは享者ワンダー好みの顔をしている。依代として渡せば喜ぶでしょう。

では散ってもらいます」


「優愛ちゃん!!」


 蛇矛が優愛へと迫りその体を貫く―――寸前、何かにぶつかったような鈍い音が響

く。


「おや?」


 哀者サデンは何事かと様子を見ると、優愛との間に透明なが作られて

いるのを認識する。


「ぁぁあなたの能力でしょうか? 何と生に貪欲な。弱者の精一杯の抗いですかね。

しかし能力を使えばこの程度のバリ――――ぐはあっ!!」


 哀者サデンの体が吹っ飛ぶ。及川は壁の時点で察してはいたが、優愛にとって

は予想外であった。


(この状況で彼が来てくれるとは凄く頼もしいね。流石は私なんかよりよっぽど0級

に相応しい存在だよ)


「よくもこの子を傷つけようとしたな。お前の相手は私だ!!」


 麗奈の命を受けた武藤が今、この危機敵状況に援軍として現れたのであった。ここより基地内での戦闘は更に苛烈となっていく。





「今連絡が来たんだがよ、東部に特等が出てるらしいぞ」


 人間を乗っ取った幻獣の骸の上で不敵に座りながら九条が言う。それを聞いた榊原

は、炭と化している幻獣の体を投げ捨て考え込み始める。


「ついでに言うとお前のお仲間も北部と南部は捕まってるぞ。で、お前はこっからど

うする?」


「...やはり全て私1人で行うべきだったか。今回は失敗だ。足掻くつもりはない」


「はっ、お前にしてはやけに大人しいじゃねえか」


「こうなった以上は仕方がないですから。最早、あなたに話したことは末端まで全員

に共有して貰いたい」


「正気かよ? 大混乱じゃ済まされねえぞ」


「そうなった上で総司令がどう動くかを確認したい」


「成る程な。なら取り敢えずお前は大人しくしといてくれ。相手するのが面倒臭いん

だよ。やるならせめて他の場所に行け」


「ええ、暫くはなにもしませんよ」


「はっ、本当かよ」


 こうして榊原のこの意思表明によってこの反乱は終了するのであった。





 場所は戻り、東部。麗奈は遂に敵の出現地の目前まで辿り着いていた。そして、その前に怒者アンガーが立ち塞がる。


「よお、この前はよくもやってくれたな。2人がかりじゃなきゃ負けねえよ」


「邪魔。時間をあげるからどいて」


「調子に乗るんじゃねえ、人間風情が!! 喰らいやがれ、〝毒痛激爪《どくつうげ

きそう》〟!!」


 6本の腕から繰り広げられる、伸びた30本の爪による攻撃が麗奈へと襲いかかる。

その爪は紫色の液体毒を纏っている。


「お前はもういい」


「あ?」


(いつの間に背後に!? この俺が目で追えないだと...いや、それよりこれは

――)


 自慢の攻撃が通るどころか掠りもせず面食らう怒者アンガーであったが、その

上に何故麗奈が気付けば後ろに回っているのかを理解できずにいた。そして、自分の

体が崩れ始めてようやく気が付く。一瞬で自分が斬り落とされたのだと。


「待て、何故だ、何故体を修復できない――!?」


 麗奈は後ろで騒いでいる怒者アンガーを気に掛けず、奥に座る女性――狂者

《クレイジー》を見据える。


「私とり合うつもりか?」


「...」


「何か言ったらど――おっと、その手は喰らわないさ」


 狂者クレイジーは目にも止まらぬ速さの麗奈の剣撃を軽く躱す。それに少し驚

く麗奈であったが、直ぐに気持ちを切り替え打撃を連発する。狂者クレイジー

その攻撃を、何処からか取り出したレイピアを手に取って受け止める。


「断天〝斬れ〟」


 金属がぶつかり合う音が辺りに響く。2つの武器が交差し激しい攻防が繰り返され

る。


(断天で斬れない武器か...虚雲こぐもを使うしかないか?)


 この攻防の中、麗奈は敵が自信の想定以上に強いことが分かり冷静に立ち振る舞っていた。そこには既に一切の油断も慢心も無く、いつもの無表情な顔から真剣な表情

に変わっていた。


「あなたは私が思っていたより強かった。だから、全力で殺しにいく」


 そう言って麗奈は長刀を鞘から抜く。しかし、そんな麗奈の姿を見ても狂者《クレ

イジー》の不敵な笑みは消えない。


「ふはは、その武器なら私を倒せるとでも言いたげじゃないか。怒者アンガー

太刀打ち出来ない所を見るとその能力はのようだが、それは私も同じ

だ」


「...それはどういう意味?」


「知らないのか? 低俗である上に無知でもあるのか。これだから人間お前達

雑魚なんだよ」


(我慢しろ...何か情報を得られるかもしれない)


 麗奈は怒りを今にも爆発させたい気持ちであったが、今後のためにとグッと堪え

る。強く握りしめられた手からは血が微かに流れている。


「声も出ないか? それも当然だ。我が能力、”支配帝王しはいのていおう”の前で

は全てが無意味。神の器たるあの少年以外に私に抗える人間などいないんだよ!! 

感情支配マインドコントロール〟!!」


 狂者クレイジーがそう言い放つと、麗奈の足元に奇怪な紋様をした魔法陣が浮

かび上がり、怪しい光を放ちながら麗奈の身を包みこむ。


「どうだ、抵抗すらも出来なかっただろう? さて、お前の元味方共を殺してこ

い!!」


 しかし、麗奈からの返答は無い。既に魔法陣は消えているが麗奈は片手に虚雲を持

ったまま静止している。


「何をしている!? さっさとい――ぐはっ。なっ、馬鹿な!?」


 驚く狂者クレイジーの胸を虚雲が貫いていた。麗奈は刀を引き抜くと、続けざ

まに目にも止まらぬ斬撃で狂者クレイジーをバラバラに刻んでしまう。


「まさか、貴様もだというのか? いや、私の支配から逃れられるなど

それしか考えられない...」


「それはあっちの能力のはずじゃ...?」


 狂者クレイジーが自身の能力が通用しなかった事に驚いている中、麗奈も眼の

前で起きている事を直ぐに理解出来ていなかった。何故なら細切れにしたはずの相手

が復活を遂げているからだ。しかも、その方法は自らを液体毒にして体を纏めるとい

怒者アンガーのと全く同じであったからだ。


(あの六本腕の能力を使えるのか? 現にあいつも気付いたら全身を治し終えてい

る。こいつらは仲間同士で能力が同じ...いや、それは無いな)


 麗奈は横目で再生を済ませている怒者アンガーの事も確認しながら思考にふけ

る。しかし、何かが吹っ切れたのか数回深呼吸をして心を落ち着かせると、先程まで

の動揺など消え去ったのかいつもの無表情へと戻っていた。


(考えるのは私に向いていない。もう諦めよう。私はただ敵を皆殺しにすればいい)


「...怒者アンガー、ここにいる全戦力でこの女を始末するぞ。それにこちらの

方が私の依代に丁度良さそうだ!!」


「ああ、もう勝てるとは思わねえ。だが絶対に死んではやらねえぜ」


 こうして麗奈は敵戦力半数以上との闘いへと突入する。





 大基地から南西部、そこの戦場では多くの隊員が命を散らしていた。


「巴根城軍長!! 第3部隊が全滅しました!! それから第5と第8も半数がやられ、援護を求めています!! このままでは前線が崩壊してしまいますよ!!」


「そんな余裕は無い!! 東ではこっちよりも少ない数で第2軍が戦ってるんだぞ。

私達が弱音を吐いている場合ではない」


「し、しかしあの特等を止めるのは我々じゃどうしようもないですよ!! 巴根城軍

長も牙煌軍長も相手できないんじゃ、もう...」


「そんな事はわかっている...」


(くそっ、あの化け物さえどうにか出来れば勝機を見出だせるのだが。あれは無理

だ。これでは折角の援軍も無意味になる...それに何故基地から兵器の援護がない。

まずは上級を全滅させたくとも、流石に雑魚の数が多すぎる。”幻門ファントムゲイト”が

閉まったのがせめてもの救いだな)


 巴根城は悲鳴や断末魔が飛び交う前線を忌々しそうに睨みながら、悔しさで歯ぎしりをする。





 この戦場では第3軍と第4軍の援軍も含めた約1000名が居た。しかし、度重なる上級幻獣による各所での蹂躙、中級幻獣の指揮の下自由に暴れまわる下等幻獣によって多数の死亡者・負傷者を出していた。そしてそれ以上に被害を拡大させている存在があった。それこそが特等幻獣・享者ワンダーであった。





「アハハハハ、み~んな雑魚ばっか〜。全然相手にならないよ〜」


 享者ワンダーは真っ平らになった土地で哄笑していた。その様子とは反対に隊

員達は絶望的状況に戦意消失していた。


「臆するな!! 総員、機関銃を構えろ!!」


「部隊長、無駄ですよ!! アイツには弾丸なんか効かない。見たでしょう? 何人

もの仲間達が塵にされたのを」


 隊員の1人が弱音を吐きながらそう訴える。周りの者も言葉には出さないが、その

顔には諦めの表情が浮かんでいた。


「馬鹿者!! だからといって諦めるというのか!?」


「そうだよ~。諦めちゃうの〜?」


「なっ!?」


「バイバ~イ」


 急接近した享者ワンダーはその可愛らしい言動とは裏腹に部隊を一瞬で消失させる。それだけではない。隊員達がいた場所のあらゆる物全てが消え去ったのだ。





 享者ワンダーから離れた位置で新人隊員達を率いていた早川はこれらの惨状に絶句していた。彼らは早川の指揮の下、下級幻獣の討伐を行っていたため享者ワンダーの被害はまだ目の当たりにはしていなかったのだ。


(やはり特等というのは化け物か。あれは流石に軍長のお二人方も分が悪いだろう。上級もまだ残っているようだ。緊急時とはいえ、これ以上新入りに戦わせるのは酷だ

な)


「鍬野、湊谷、天舞。こいつらを連れてこっから離脱しろ。戦闘経験の浅いお前達は

今回はここまでだ」


「教官はどうするのですか?」


「まさか逃げるわけには行くまい。お前達が十分離れたら戦闘に加わるとも」


「でもさ、僕ぐらいは戦力に入れてもよくないかな?」


「ふっ、憎まれ口は経験を積んでから言え。雑魚が減った今、この場は上官達に任せ

ておけ。いいな、これは命令だ。分かったら早く行け」


「教官、どうかご武運を」


「ああ」


 鍬野の言葉に軽く応じると、早川は戦場の中心部へと向かっていく。


「俺達も行くぞ」


「はいはい」  


 こうして新兵達は3人に続いて基地へと撤退を行うのであった。





「あれ〜、1人になっちゃった〜? さっきまで雑魚が群れてたのに〜」


(いつの間にここまで近づいていた!? 周りには誰もいない、か)


「ふふ、戦うつもり〜?」


「無論だ」


 享者ワンダーは邪悪な笑い声を発しながら煽るように喋る。早川は自分が完全

に下に見られていることを察し心が折れる思いであった。だが、そのような軟弱な考

えを直ぐに消し去り、死を覚悟して立ち向かうことを決意する。


「じゃあ、死んじゃえ〜!! って、あれ〜?」


 享者ワンダーが正面の全てを消し去る。しかし、早川は姿勢を低くし素早く裏

へ回ることでそれを回避する。


「ちょこまかと〜。死ね!!」


 享者ワンダーは振り返ると再び能力を行使するが、早川は消えていない。素早

享者ワンダーに密着しサーベルを突き刺す。


「痛い...もう許さないよ!! 〝滅消失デストバニッシュ〟!!」


 享者ワンダーは早川から距離を取ると能力による技を行使する。早川は悪寒を

感じすぐさま横へと飛び去るのだったが、右肩から先を消されてしまう。


「くっ。ここまでか」


(だが、こいつについて1つ分かった事がある)


 早川は通信機を取り出すと、急いで司令室へと繋げる。


「こちら早川です。例の特等、恐らく奴の視線に入った者が能力の対象です。奴は仮

面で視線が読みやすい。では後は任せ――」


「死ねって言ってんだろ!!」





「...早川、お前の死は無駄にしない」


 通信が途中で途切れた事で全てを察した東は、早川を悼むようにそう呟く。


(しかし、これが真実ならば...勝機はある)


「巴根城、牙煌、聞こえるか」


『はい』  『うす』


「6級以下の残兵を集めて特等に特攻をかけさせる。今直ぐ全体に指示を出せ」


『は? 何言ってんすか、司令!!』


「牙煌、命令だ。従え」


『...はい』


『それでどういう作戦なのでしょうか?』


「説明しよう。まず――――」


 これより東による苦肉の策が開始されようとしていた。

 


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