第14話 降臨

「「「 うおーー!!!! 」」」


「ん? 何々?」


 戦場に喚声が響き渡る。それは享者ワンダーを囲むように大きな円になって突

撃している隊員達の声であった。


「アハハハハ!! お利口さんじゃな〜い。自分達から殺されに来るなんて〜。ゆっくり遊んであげるからね〜」





『司令、もういいのでは? 敵は十分油断しています』


「...ああ、そうだな」


 自分の部下達が壮絶な死を遂げるのをモニター越しに見ながら巴根城へと返答す

る。


「司令、準備は完了しました。全ての通信機への接続及び音量の最大化を完了させて

います」


「御苦労」


 室員へと簡単なねぎらいの言葉を掛けると、東は通信機を口に近づける。


(この戦場で散った者達よ。その命に最大の敬意を。そして仇討ちは任せろ)


「特等幻獣、私の声は聞こえているか? 〝お前の全ての行動を受け入れよう、お前

を要求する〟」





「アイツの動きが止まりやがった!!」


「どうやら成功したようだ。回収に行くとしよう」


 離れた場所から作戦を見届けていた巴根城と牙煌は享者ワンダーの能力が発動

しなくなった事を確認し、その場へと向かう。2人が到着した時には、既に拘束具に

よって捕らえられた享者ワンダーの姿があった。


「よくもっ、よくもっ。どうして何も見えないの!? 回復さえすれば下等なお前ら

など消し去ってやるのに!!」


「テメエ、この期に及ん――」


「勝手にさせてあげよう、牙煌。負け惜しみなら好きなだけ言うがいいさ。そして同

時に悔やむといい。私達の事を舐めていたことをね。安心しろ、時間ならたっぷりあ

る。お前は直ぐに殺さないからな」


「クソがーーーー!!」


 巴根城は精一杯まで怒りを込め、あくまでも淡々と静かに伝えてやる。しかし、ほ

とんど怒りを隠せていなかったため、牙煌は自分の怒りは何処かへと消えてしまい、巴根城のその雰囲気に対して少し恐怖さえ感じたのであった。


(コイツは怒らせたらいけねえタイプだな。俺の直感がそう言ってやがる)


「洸二、連れてけ」


「了解です」


 巴根城は天舞洸二が本部へと行くのを見届けると、生き残りへと声を掛ける。


「君達は命を張ってよくやってくれた。残りは精鋭部隊だけで片付ける。本部で体を

癒やしてくれ」


「「はっ!!」」


 指示を受けた隊員達は生き残った事への幸福を噛み締め、皆が涙を流しながら大基

地へと向かっていくのであった。


「おい、巴根城。ウチの常世を知らねえか?」


「君のとこの副軍長かい? 知らないね」


「チッ、あの野郎またどっかでふらついてやがるな。見つけたら叩きのめしてやる」





 その頃、撤退を命じられていた新兵達は上等幻獣による襲撃を受けていた。


「脆弱、あまりにも脆弱だ!! 私の相手ではないな!!」


「湊谷、お前の能力は聞いてないのか?」


「うん、最悪。かなり相性が悪いかも。僕がお荷物達の護衛するからあの馬鹿に代わ

ってもらうよ」


「ああ、わかった。あと馬鹿呼ばわりは止めておけ」


「相性だと? 笑わせる。私が強いからに決まっているだろ!! 楽でいいぜ。お前

らを適当に甚振って帰るとしよう」


「クッソ」


(上級幻獣ってのはこんだけ力の差があるのか。今思えば九十九は化け物だな。だがここで俺が引けば全滅だ。絶対に逃げねえぞ)


「おー、大変そうだな。鍬野、助けてやろうか?」


 鍬野が決意をした矢先、崩れた建物の上に人影が現れる。


「常世副軍長!! 申し訳ありません。俺じゃコイツを倒すのには力不――」


「ああ、いいから。そういうのは聞きたくねえ」


 男の正体は東部第4軍の副軍長、常世将平とこよ しょうへい・4級であった。


「ほう、お前は少しは手応えがありそうだな」


「副軍長、奴は風を使った奇妙な能力を持ってます。気をつけてください」


「あいよ。お前は下がっとけ。今来た小僧もな」


「了解です。行くぞ、天舞」


「そんなー、僕も戦いたかったんですけど」


 鍬野は不平を言う天舞を無理矢理引っ張って両者との距離を取る。それを見届ける

と常世は地面に寝転がる。


「何の真似だ? 私を舐めているのか!!」


「落ち着けよ。これが俺のやり方だ。お前の後ろから俺の後ろまでが俺の範囲。人の

家に入ったら言わなきゃいけない事があるんじゃねえか?」


「は? 何を言って――ぐはっ!! な、何だこの化け物...」


 上等幻獣を殴り飛ばしたのは巨大な地蔵像であった。


「俺の能力はな〝快適怠惰コジーレイジー〟って言ってな。俺が定めた範囲内は

俺の家となる。そして家のルールが守れねえと、そいつがお仕置きする」


「ふざけた能力をしやがって...ならばお前自身を先に殺してくれる。〝鎌鼬《かま

いたち》〟!!」


「おいおい、攻撃の前にまずは俺への手土産が必要だろ。出直してこい」


 常世がそう言うと新たな地蔵像出現し、その攻撃をその身で防ぐ。そして、そのま

ま上等を投げ飛ばす。


「1体じゃないのか。いや待て。そうだ、範囲外から殺せばいい話では無いか!! 

お前もこれで終わりだ!! 〝鎌――」


「〝家守地蔵やもりじぞう〟」


 上等が技を放つより僅かに早く、5体の地蔵像が彼の頭上から降り注ぐ。上等は声

を発する間もなく圧死するのであった。


「馬鹿め...家を脅かそうとする不審者が許される訳無いだろ」




  

 東京大基地内では武藤と哀者サデンの壮絶な闘いが繰り広げられようとしていた。


「優愛ちゃん、今直ぐにも及川軍長と玲くんを救護室まで連れて行ってくれ」


「でも、そいつは特等幻獣だと思いますよ!? いくら武藤さんだとしても...」


「問題ない。それに1人の方がやりやすい」


「...分かりました。でもこれを受け取って下さい!!」


 そう言って優愛は白い羽を3枚、武藤へと手渡す。


「それを傷に当てれば治癒が出来ます」


「ありがとう、感謝する」


「はい。絶対に死なないでくださいよ!!」


 そう言って優愛は及川と一緒に気絶した玲を抱えて戦線を離脱する。


「1人で私の相手をするつもりですか?」


「ああ、お前程度は1人で十分だ」


「ぁぁ嘆かわしい。相手の力量も見抜けないとは。いいでしょう、死になさい!!」


 哀者サデンが蛇矛による刺突を繰り広げる。しかし、武藤は微動だにしない。

何故なら全ての攻撃をバリアが防いでいるからだ。


「それが限界なのか?」


「〝涙腺崩壊るいせんほうかい〟」


 その瞬間、武藤の腹部に穴が開く。


(バリアは破らずにどうやって? いや...穴を開けられている!?)


「私の能力は”貫通覇者かんつうのはしゃ”。どんな物だって蜂の巣に出来る。そ

う、あなたのこの立派な壁もです」


「そうか。だが、それは何の問題にもならない!!」


 そう言って武藤は一気に距離を詰めると、哀者サデンを掴んで外へと投げ飛ば

す。そして、自分自身も地面へと飛び降りる。


「キララ、落としてくれ!!」


『了解〜』


 飛び降りた武藤は頭上に向かって大声で言う。上空には小さな軍機が飛び回ってい

た。その操縦者は援護に駆けつけた天ノ川である。


 キラリは間の抜けた返答と同時に、軍機の格納庫から1つの武器を地上へと落と

す。それは巨大な斧であった。


「あいつ、また余計な改造をしたな...」


 武藤はそれを手に取ると、ため息を吐きながらそうぼやく。


「さて、待たせて悪かった。君から好きに攻撃を始めてくれて構わない」


「ぁぁ可哀想だ。武器1つ増えたからといって私に勝てるとでも? 〝涙腺崩

壊〟!!」


 両者の間に展開された幾枚にも貼られていたバリアに穴が開く。しかし、その攻撃

は武藤には通らない。


(こいつの能力は私とは相性が悪い。だが、)


「当たる前に躱せば何も問題ない!!」


 武藤は1枚目のバリアに穴が空いた瞬間に相手の攻撃のルートを把握し避けるとい

う人並外れた行動を取っていた。そして、その速さに追いつけていない哀者サデンの体へと斧を振るう。


「馬鹿なっ!! 私の攻撃を躱すだと...そんな事が出来る者など...」


 体を両断された哀者サデンは、武藤の驚異的な身体能力を受け入る事が出来ず

にそう言い残すと息絶える。


「少し無茶をしたな。優愛ちゃん、有り難く使わせてもらうよ」


 武藤は白い翼を取り出して傷へとあてる。すると、瞬く間にその傷が塞がってい

く。


「なっ」


 流石の武藤もこれには驚きを隠せずにいた。


(あの子もまだ能力について謎が多いな。ここまでの治癒効果を持った能力が今まで

にあっただろうか?)


 武藤はそう思い考え込もうとするのだが、


「おつかれ〜。他の戦場も片付き始めてるみたいだよ。後は軍長が勝つのを祈るだ

けだね」


 近くに軍機を着陸させた天ノ川に声を掛けられたためその思考は中断される。


「九十九軍長が負けることなどない」


「わかってるって」


「勝つのは...狂者クレイジー様だ...」


「「!?」」


 突然2人の背後から哀者サデンの絞り出すような声がする。振り向いた先には

哀者サデンの付けていた仮面が浮いていた。


「ど、どういうこと!? 死んだんじゃないの!?」


「私の後ろに下がっていろ」


「心配しなくていいですよ。ここでの私の役目は潰えた。だが、まだ我々の負けでは

ない」


 すると、仮面の直ぐ横に”幻門ファントムゲイト”が現れる。


「あなたも来るといい。一緒に


 そう言って哀者サデンは扉の中へと消えていく。しかし、”幻門ファントムゲイト”はまだ残ったままだ。


「...キラリ、行ってくる。私の武器はまた預かっといてくれ」


「え、本気? くぐった先がどうなってるかわからないんだよ」


「恐らく軍長の所へ繋がっている。念の為行くべきだ。あいつの言葉が気になる」


「...分かった。死んでも私のせいにはしないでよね!!」


「ああ」


 そう言って武藤は”幻門ファントムゲイト”へと入っていく。





享者ワンダーに続いて、哀者サデンまでもが負けたのか...」


 武藤が哀者サデンを倒した頃、狂者クレイジーはそれを感じ取っていた。


「そして、あなたも私に敗北する」


「確かに、この状況誰もがそう思うだろう。私の能力がどれも悉く通用しない」


「分かってるなら大人しく殺されて」


「ふ、ふはははは!! 馬鹿を言うなよ、人間。お前が神の力は持っている以上、私

は全ての力を持って殺してやろう!! 神羅万聖しんらばんしょう


 狂者クレイジーの頭上に巨大なシャンデリアが出現し、気が付けば麗奈を囲む

ように沢山のマネキン人形が踊っていた。


「〝仮面死闘会かめんしとうかい〟!!」





「司令!! た、大変です!! 捕獲した特等幻獣が逃げ出しました!!」


 1人の組織員が司令室の扉を勢いよく開け、焦りながら報告を告げる。


「何だと...どういう事だ?」


「それが突如として体が崩れて仮面だけになったのです。基地の敷地の入った所

で”幻門ファントムゲイト”を出現させ逃げました」


「そうか。くそっ!!」


 東は怒りに身を任せ机を思い切り叩く。他の者達も余りの事態に声も上げず下を向

いている。


「それとなのですが...」


「何だ?」


 東はややぶっきらぼうに聞き返す。


「大したことでは無いかもしれませんが、特殊隊員の九十九玲も”幻門《ファントムゲイ

ト》”へと入りました」


「!? 彼は及川との戦闘で気を失ったとつい先程聞いたのだが」


「そ、そうなのですか? しかし、私は確かに彼が入っていくのを見ました」


「...」


(もはや事態の収拾がついていない。残りの幻獣はもう僅かなことだ、この辺で一度

仕切り直す必要があるな)


「ここに居る者に告げる!! 現在戦闘中の者達を除き全員を基地まで戻せ。そして

全ての人間の生存確認と部隊の再編成を行え。その後は私が指揮する。では取りかか

れ!!」


「「「はっ!!!!」」」





(さっさと殺しておくべきだった。まさかここに来て奥の手を使うなんて) 


 麗奈は悠長に戦っていた自分を殴りたい気分であった。自分より弱いと確信していただけあって、完全に油断していたのだ。


「では、始めようか。丁度2人も着いたようだ」


 麗奈の横を掠めるように通る3つの仮面が狂者クレイジーの手に集まる。


「この仮面は私の能力が込められていてね。支配した者の魂を宿らせることが出来る

のさ。そして、私は支配した者の能力を使用することが出来る」


「斬っても死なないのはそういう事なのね」


「ああ、そうだ!! さあ踊ろう!! まずは〝哀しみの演目〟」


 突然、悲壮な音楽がなり始め、人形達が麗奈の方向を向きながら円を描くように周りを動き始める。


「〝虚空一閃こくういっせん〟」


 麗奈は一瞬構えを取ると虚雲を振るう。すると、空間が歪み半分以上の人形が両断される。


 しかし、


「どうしてお前に届いていない?」


 麗奈はこの結果に全く満足がいっていなかった。今の攻撃は狂者クレイジーを狙ったからだ。だが、彼女には一切のダメージが入っていない。


「私の神羅万聖は範囲内を舞台にする。そこでの攻撃は互いにルールに則る必要が

あるんだよ。さあ、手を取り合おうじゃないか」


 そう言って狂者クレイジーは悠然と麗奈の前まで歩き、手を差し伸べる。


「姉さん!!」  「軍長!!」


 その時、玲と武藤がこの場へと到着する。それを見た麗奈は2人には何も言わずに

狂者クレイジーの手を取る。


(玲、あなたを危険な目には遭わせない。刃もいるし私はこいつを殺すことだけを考

えればいい)


 その目には覚悟が宿っていた。


「ふははは、最高の舞台にしようじゃないか!! 人間!!」


 狂者クレイジーは興奮した様子でそう喋ると、悲しい顔を象った仮面――哀者サデンの仮面を装着する。そして、まるで踊っているかのような優雅なステップ

で麗奈へと蹴りを繰り広げ始める。麗奈もそれに対抗するのだが、またしても攻撃が通っていない。


「動きが雑だ。もっと華麗でなければ。それから邪魔をしないでくれるかな」


 狂者クレイジーは玲と武藤の後ろからの攻撃に気づき、振り向きもせず淡々と告げると、背中から一本の腕を生やす。その手にはあのレイピアが握られており、その刃先には紫色の液体が付着していた。放たれた刺突は2人の腕を突き刺す。


「くっ。大丈夫か、玲くん!?」


「はい...これぐらいならまだ」


「玲、下がっていなさい。私に任せればいい」


「軍長、無謀ですよ!! そいつは他の特等とは強さが桁違いです」


「!! 刃、あなたは仮面を付けた幻獣と戦っていた?」


「え、はい」


「そいつの能力は何だ?」


「物を貫通させ――」


「〝涙腺崩壊るいせんほうかい舞踊ぶよう〟」


 その瞬間、青い何本もの光線が3人の体を貫く。各人、何とか致命傷は免れたものの痛みで地面に膝を突いてしまう。


「ふっ、対応される前に使わせてもらったよ。それにしても、今の私は負ける気がし

ない!! 君達はこの舞台の飾りにでもしようじゃないか」


「軍長、玲くん、これを!!」


 武藤は狂者クレイジーが話している隙を見て、2人へと羽を投げ渡す。


「これは...優愛の...」


「軍長、少し時間を稼ぎます。その間にそれで傷を癒やして下さい」


「今度は君が踊ってくれるのかい? なら私も趣向を変えようか」


 そう言って今度は笑顔の仮面――享者ワンダーの仮面に付け替える。音楽も明るい曲調へと変化する。


「〝愉快な演目〟 君の能力は哀者サデンを通じて見ていたが、正直脅威では無い

な。それにこれは知らないだろう。〝滅消失デストバニッシュ〟」


 黒い閃光が走り、狂者クレイジーの正面にあるもの全てが消滅する。しかし、


「知っているさ。既に報告は受けている。そして、それが多くの仲間の命を奪った事もな!!」


 砂埃が晴れ、そこには武藤が立っていた。両腕から腕にかけてはひし形の青いバリアが装着され、全身も鎧のような形状をしたバリアで覆われていた。


「何だその姿は?」


「神羅万聖〝双拳双璧そうけんそうへき〟!!」



 武藤の能力、”障壁バリア”の神羅万聖はあらゆる攻撃を一度だけ必ず防ぐ防護壁を造る。その必ずというのは、それが例え神の一撃であってもだ。



「面白い。享者ワンダーの能力を防げる者などいないと思っていたというのに。だが、所詮は人間の成す業。大したことはあるまい」


 狂者クレイジーのレイピアが武藤の脇腹へと振り下ろされる。


「動きが遅いぞ!!」


 俊敏な足取りで武藤を翻弄しながらチマチマと剣撃を入れていく。何回かそれが繰り返されると、武藤の鎧が粉々に砕け散る。


「ふはははは、壊れるのが早かったな!! 〝滅消失デストバニッシュ〟!! ――――ぐああぁ!!」


 腕のバリアが狂者クレイジーの喉を貫く。


「がはあっ――な、何故無傷なのだ!? 私は確かに壊したはずだ!!」


「ええ、壊れましたよ。ですが、別に造り直せばいい話。残念だがまだ何回でも直す余力は残っている」


 が、この言葉は虚勢であった。武藤はさっき喰らった毒によって左腕をほとんど動かせず、体力もそこまで残っていなかった。


(私がこいつを倒す必要は無い。あくまで軍長の必殺の一撃のために気を惹かせ続ければいい)


「どうした、私を倒す気力を失ったか?」


「舐めるなと何度も言っているだろう!! 〝嗚咽雨槍おえつあまやり〟」


 狂者クレイジーは傷を一瞬で癒やすと、体勢を整え再び武藤へと迫り能力を行使する。すると、武藤へと沢山の槍が降り注ぐ。しかし、武藤はその攻撃を気に留めない。自分の守りに絶対の自信があるからだ。臆すこと無く突き進み、右ストレートを放つ。


「馬鹿め!! 壊れた時の隙が見え見えだぞ!!」


 狂者クレイジーは拳をレイピアで受け止める。その刹那、武藤の鎧が攻撃に耐えきれず再び砕ける。武藤は直ぐ様再構築をするのだが、


「遅い!!」


 狂者クレイジーは腹部から生やした無数の腕でがら空きになった武藤の体に乱打を叩き込む。これには武藤もたまらず吹き飛ばされる。そのため地面へと体を強く打ち付け、意識を失ってしまうのであった。


「くっ」


「これで終わりだ――」


「あなたがね」


「な、何っ!?」


 狂者クレイジーは武藤の有り様を見て少々油断していた。そして、その一瞬の隙を麗奈が見逃すはずがなかった。神速で背後まで近づき断天と虚雲を同時に突き刺す。


「ぐぅっ、おかしいぞ...そんな攻撃私の舞台では到底認められない...」


「ええ、だから2本使っている。断天が斬れるのは存在するものだけ、虚雲が斬れるのは存在しない空間そのものだけ。そして、今両方にあなたの心臓を突き刺すように命令した。つまり、どちらかからは逃れられたとしてもそれは何の意味もない」


「まだだ...」


 苦し紛れに声を絞り出しながら狂者クレイジーは仮面へと手を当てる。麗奈は新たな断天を生み出すと、その手もろとも仮面を斬り捨てる。


「最後にはそうしてくるのも分かっていた。あなたの負けよ」


「全く、何やってるのさ」


「!? お前は...!?」


 突如として2人の横に女性――ゼニウスが現れる。驚く麗奈を一瞥すると、壊れた仮面を拾い上げ”幻門ファントムゲイト”へと放り投げる。


「色々あってね。まだ彼女達は生かすことにしたんだ」


「母さんを、返せ!!」


 今まで麗奈によって離れた場所に居させられていた玲がゼニウスへと飛びかかる。その体には再び白虎を宿らせている。しかし、その爪撃は彼女に片手で簡単にあしらわれてしまう。麗奈は玲の身の危険を考慮し、玲を抱きかかえると武藤の下まで後退する。


「放してよ、姉さん!!」


「落ち着いて、玲!! ...あなただけじゃない。私だってあいつが憎くて仕方がない」


「どうしたんだい? 久々のお母さんだよ? 嬉しくはないのかい?」


「くそがっ」


 麗奈は怒りの形相でゼニウスを睨みつけながら、吐き捨てるように言う。玲も言葉は発していないが怒りに体が震えている。


 それもそのはずであった。何故ならばゼニウスは5年前、玲と麗奈が幻獣の侵攻を受けた日に依り代を手に入れていた。そして、その体こそが2人の母親だったのだ。


「遊ぶのはこれぐらいにしよっか。さて」


 ゼニウスは咳払いをすると、先程までの憎たらしいまでの笑顔が嘘のように真顔になる。そして、淡々と話し始める。それは不思議と通る声であり、2人だけでなく大基地の者にまで届くのであった。


「神・ゼニウスの名のもとに、あなた達へ告げます。今日より1ヶ月後、この国全土にて大規模侵攻を行います。神である私に従うも抗うも好きになさい。ですが、お忘れなきよう。全ては神の意思の下、時は進むのです!!」

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