第12話 絶望

(さて、どうしたものか...)


 麗奈は武藤に対峙しながら、どういう対応を取るかで悩んでいた。


(目的と真実を素直に言うか...いや、それにはもう少し時間がいる。せめて、東棟

の幻獣を片付けてからではないと――)


 麗奈は咄嗟に上半身を反らす。武藤の上段蹴りが炸裂したからだ。武藤は回避され

る事を想定していたのかそのまま更に蹴りを繰り広げる。麗奈はそれを軽くいなして

距離を取ると、再び思考へと耽け始める。


(刃の方は本気のようね。いつもの短剣無しで丸腰なのが気になるけど。取り敢えず

刃と戦いながら玲と優愛の元へと行くとしよう)


 そう結論付けると麗奈は露骨に北棟側の壁を背に取り攻撃を誘う。


「あなたの考えてることは全部察しがつきますよ。向こうに居る2人を助けたいんで

しょう? 無駄ですよ」


「どういう意味?」


「2人は及川軍長に氷漬けにされています。死んでは無いはずですが戦闘不能状態で

すから」


「なら尚更行く必要がある」


「それは私を殺してから言ってくださいよ!!」


 そう言うと武藤は猛烈な勢いで拳を振るう。麗奈は余裕そうにそれを見切って掌で

受け止めていく。そして反撃とばかりに今度は麗奈が胴へと蹴りをお見舞いする。武

藤はその衝撃で飛ばされるが全然効いていない様子であった。


「...本当は正々堂々闘いたかったのですが、それでは到底かなわないようですね」


 悔しそうな口振りで武藤は静かに言うと、麗奈に向けて構えを取り直す。その様子

を見て、麗奈も体勢を整える。


「行きますよ!!」


 その直後武藤は2人の僅かな距離を一気に詰めると渾身の右ストレートを放とうと

する。その右腕に付けられているガントレットからは煙が出ている。


(何が狙い? まあいい、なら適当に仰け反ってカウンターを...え?)


 麗奈に焦りが生じる。それは後ろに下がれなかったからだ。壁とはまだ距離がある

はずなのにだ。まるで見えない壁でもあるかのように。


「これはキラリお手製の武器です。大人しくぶっ倒れて下さい」


 武藤がそう言うのと同時に姿勢が崩れた麗奈の体へと拳が迫る。


守白しゅはく


 しかし、その刹那2人の間に大きな白い盾が出現する。物凄い音を響かせながら武

藤の一撃はその盾と衝突する。それにより武藤のガントレットは粉々になるのだが、

その盾には一切の傷がついていなかった。


「くっ。これがあなたの能力なのですね」


「守白〝反撃カウンター〟」


 動揺を見せる武藤など気にする素振りも無く麗奈はそう呟く。すると、盾から武藤

の形をした白い幻影が現われ先程の武藤と同じ体勢を取りながら拳を放ったのであっ

た。が、その打撃は武藤へと到達しない。


「あなたも能力をちゃんと持っていたのね」


「ええ、別に隠しているつもりは無かったのですけどね」



 武藤の能力、それは”障壁バリア”であった。その効果はその名の通り、自由自在に見えない壁を作り出す事が出来る。そしてその壁1枚の耐久力は対幻獣砲を跳ね返すほどであった。



「全力で身を守れ。耐えたらもう諦める」


 麗奈はそう言うと腰に差していた断天を適当に投げ捨てると背中に掛けていた長刀を鞘から抜く。その刀身は真っ黒であり禍々しいオーラを纏っていた。


(峰なら死なないはず。刃、あなたを信じる)


「...虚雲こぐも虚空一閃こくういっせん〟」


 そう言いながら麗奈は長刀を武藤目掛けて振るう。その神速の斬撃を武藤は捉える

ことが出来ない。感じるのは体に走る猛烈なまでの激痛のみ。武藤は力なく膝をつく

しかなかった。


(一体何が!? 峰打ちで私のバリアを簡単に切り捨てるなんて。10枚重ねにして

いなければ確実に死んでいた...)


 しかし、そんな武藤の驚愕は止まらない。何故なら基地の武藤より上の部分が崩壊

を始めているからだ。南棟は2人のいる階で丁度真っ二つに切られている。そんな

中、麗奈は落下している瓦礫を断天を拾い直して冷静に捌いている。あの長刀は既に

鞘へとしまわれていた。


(何故私が斬られていないのに基地は斬られている!? いやそれより意識を強く保

たねば...このままでは気を...)


 武藤はどうにか踏ん張ったため気を失わずにはすんだが、体は動かず声も出せない

状況で床に倒れ伏す。


「...流石ね。さて、次に行――ん?」


 麗奈は気絶した武藤を一瞥すると、次の行動へと移ろうとするのだが、ここで何か異変を感じ取る。その視線の先には3つの”幻門ファントムゲート”が――――





 10分程前、狂者クレイジーはあの女性から円卓にへと呼び出されていた。


「やあ、君も向こうを見てたと思うから用件をさっさと言うよ。今の状況さ、すごくチャンスだと思わないかな?」


「ええ、確かに。内輪揉めに乗じるというのは悪くない」


「そういうこと。それを君達4人にやってもらう。ついでに例のあの子を持って帰っ

てきて」


「...」


(どうする。そいつを私のものに出来さえすればこいつにも勝ち目がある。だが、そ

れを許すような相手なのか?)


「ん? 返事は?」


「...わかりました。直ちに行います」


「うんうん、いってらっしゃ~い」


 その言葉を後に狂者クレイジーは部下達とともにこちらの世界へと顕現するのであった。





「ソレデワレナニヲスレバイイ? ヤツラヲ皆殺ミナゴロシニデモスルカ?」


 狂者クレイジーが地上へと降り立った直後、彼女の背後から一体の幻獣が現れ

る。その正体は全身を外骨格に包んだ幻獣――蠱赫こかくであった。


「呼び出しといて悪いけどまだ早いかな。でも安心して直ぐに場は設けるから」


タリマエダ ダガ、ナラ何故ナゼワレ

ダ?」


「君視点であの4人が使えそうか判断して欲しくてね。多分だけど今回も失敗するだ

ろうから、この先生かす価値はあるかなって思ってさ」


ルニラヌ ワレ眷属ケンゾクエサニスルノ

ガフサワシイ」


「ちょっとちょっと、それは可哀想じゃない?」


 声と共に派手な服を着た男が入ってくる。


ダレダ?」


「これはこれは蟲神帝様、お初にお目にかかります。私は光喬こうきょうと申し

ます」


「ソウカ、貴様キサマ最近サイキンハナシク新星《ルー

キー》トヤラダナ」


「そうそう。彼は今勢いに乗ってるから誘ってみたんだよ」


「よく言うよ。君だってぽっと出じゃないか」


「それもそうだったね。で、可哀想っていうのは?」


「ああ、そのことね。俺の本音さ。彼女達は国を滅ばされた被害者でしょ? この俺

がそんな哀れな子を見殺しにするはず無いだろ?」


「ふふっ、面白いこと言うね。で、本音は?」


「本当に向こうを落とすんだったら戦力は多い方がいいでしょ? それに食わせるの

は死んでからでもいいじゃないか?」


死体シタイアジチル イヤ、眷属ケンゾクニハソレデ十分ジュウブンダッタナ」


「なるほどね、じゃあまた見逃してあげるとしようか。となると後で回収に行かなきゃね。やれやれ手がかかるよ」


「ソウイウコトナラワレ一度イチドモドルゾ コノ程度

《テイド》ノ些事サジ二度ニドワレブナ」


「悪かったよ。それじゃあね」


 女性がそう言ってる間にも蠱赫はこの場を去っていく。


「本当にあの蟲神帝が協力してくれるなんてね。どんな約束したんだい?」


「秘密」


「まあ、だよね。ああ、そうそう。ずっと聞きたかったんだけどさ君の名前は何てい

うのかな? それぐらいは教えてくれてもいいだろう?」


「名前ね...」


 女性は少し考え込むと、


「私の名はゼネウス、新たなになるものよ」


 不気味な笑みを浮かべながらそう名乗るのであった。





「大変です!! ”幻門ファントムゲイト”が出現しました!! その数は3つ、加えて先日現れた特等幻獣も出現しています!!」


 静まっていた司令室に1人の室員の報告が響く。それは誰もがこの危機的状態に絶望しかけていたため、騒ぐことすら出来なくなっていたからだ。


「...報告御苦労。今動ける部隊をまずは確認しろ。それから具体的な敵の数もだ」


「それですが今敵の情報を探知したところあの特等幻獣と最低でも同格の存在が後2

体います。加えて上級幻獣と思われるのが27体。中級以下は200体程度かと。しか

し、依然”幻門ファントムゲイト”は開いたままですのでまだ増える可能性は大いにあるか

と」


「了解した。よし、大モニターに地図を映せ。敵の位置と動向を把握したい」


 東の命令に室員は即座に従い、モニターに地図が映される。


(敵の狙いはここか。となると基地を中心に左右に軍を展開するのが良さそうだな。

囲まれる前に勝負をつけたいところだが)


「東司令、おおよその確認が取れました。報告致します」


「ああ頼む」


「まず第1軍から、武藤副軍長との通信が繋がらないため恐らく九十九軍長に敗れた

かと。その九十九軍長ですが現在居場所は不明です。続いて第2軍ですが梢原副軍長

以下140名が直ぐに戦闘可能です。また名古屋基地にも応援要請を出したので30分程

で東海地域の軍、約300名が到着する見込みです」


「及川は何をやっている?」


「それなのですが、手が離せない状態だとのことで」


「そうか。では続けろ」


「はい。第3軍は200名が現在待機しています。巴根城軍長も回復したとのことで

す。援軍もこちらは10分程で300名が到着予定です。それから第4軍も同様です。牙

煌軍長も先程気を取り戻したので戦闘に参加してくれるとのことです」


「現在は全部で540か。特等もいるとなると及川が居なければ勝つのは難しい。あい

つの状況は確認出来ないのか?」


「それが及川軍長の氷によって監視カメラが故障してしまいまして...」


「ならば仕方あるまい。では染崎に連絡して今直ぐ対幻獣砲の準備をさせろ。そして

現在動員可能な隊員にはそれまでの間に可能な限りの避難誘導を行わせろ。軍長2人以外にはまだ戦闘をさせるな。援軍が来るまで被害は最小限にする。では行動に移せ!!」


 その命令により室員達は部隊への指揮や街への避難誘導のアナウンスなど各々が行

動を開始する。それを見て東は部屋を退出すると、廊下で外の様子を眺めながら呟く。


「流石だな。お前のことだからとは思っていたが、まさか本当にこの状況でも反旗を

続けるとは」


「こちらの要求は1つだけ。滅幻は私達に従え」


 その場に現れたのは麗奈であった。断天を構えて東に対してそう言う。


「断った場合は?」


「私は何もしない。でも榊原は黙っていないでしょうね」


「お前達は何がしたい? 私怨で本格的な幻獣討伐を行いたいのであれば組織として

は認められない」


「幻獣がこちらへの侵略を加速させている」


「根拠は?」


「今回私達が殺したのは人間を乗っ取った幻獣。奴らはこっちに来て扉を造っている

らしい」


「...それは真実か?」


「詳しいことは要求に従うなら後で説明する。それより今は緊急だ。あなた達に邪魔

されたから東棟は間に合わなかった。今向こうは大変なことになっていた」


「...」


「私の力無しで今の状況をどうにか出来ると思う?」


「...わかった、東部軍はお前達の下に就こう。これが終わったら好き勝手にやって

くれて構わない」


「本当だな?」


「ああ。人命が最優先だ。さっさと基地内の制圧を行ってくれ。でないと最早勝ち目

がない。疑うなら私の能力を使ってもいい」


 東は壁にもたれかかりながら半ば諦めたかのように言う。


「刃、今の話聞こえてた?」


『...何で最初から言ってくれなかったのですか? 結局今それを言ったのなら私は

やられ損じゃないですか』


「それは結果論。あの時はまだ司令室内に幻獣が居た可能性があった。何のために建

物を吹き飛ばしたと思ってるの。それよりもう動けるでしょ。東棟の幻獣はあなたに

任せるから」


『え、ちょっと待っ――』


 麗奈は一方的に通信を切ると、何処かへと向かおうとする素振りを見せる。


「お前は何処へ向かう?」


「玲と優愛の所に決まってるでしょ」


「駄目だ。お前は向こうの特等を相手してこい。0級をここに2人も置く意味は無

い。及川も命までは取らないはずだ。安心して早く行ってくれ」


「あの人は何をしてる?」


「こっちも把握できていない。だが手が離せない程の強者と戦っているようだ。取り

こぼしが居たんじゃないか?」


「...」


「街が無くなる。早くしろ」


「私が到着したら他の奴らを下げてくれていい。雑魚は足手まといになる」


「了解だ。我々はお前の邪魔にならないよう他を処理しておく。特等は頼んだぞ」


 麗奈はそれには答えずに窓から飛び降りて行く。東はそれを見て少し安堵するが、

今の状況の最悪さを直ぐに思い出し憂鬱な気分になるのであった。





 麗奈が東と対峙する少し前の東棟にて、シェルターに居た開発部門員達は兵器操作室へと慌てて移動し指示を待っていた。


「染崎さん、司令からの命令だと対幻獣砲の準備をしとけ、とのことです。起動しち

ゃっていいですよね?」


「待て、お前達は何もしなくていい」


「え? 何を言ってるんですか!? 早くしないとで――ぐあっ」


 染崎に対して抗議をしていた部門員の胸に穴が開く。そのまま彼は絶命してしま

う。


「な、なにが!?」   「ぶ、部門長!?」


 これを見て大半の者たちはパニックになり急いでこの部屋から逃げようとする。し

かし、扉の前に立つ数名がそれを許さない。


「お前達何してるんだよ!! 染崎さん、いや誰なんだ!?」


「ぁぁ哀れだ。命を握られた者というのはここまで無様な姿へと変わり果てる。ぁぁ

なんて可愛そうなんだ!! せめてもの慰めだ、楽に死なせてやる。〝涙戦崩壊るいせんほうかい〟」


 染崎――を乗っ取っている幻獣がそう唱える。が、何も起きない。しかしその数秒

後、部屋の壁と部門員達の体に無数の穴が突如として開く。それを確認して、生き残っている者達――幻獣が彼に対して片膝を付けて頭を垂れる。


「全ては狂者クレイジー様のために。我々に何なりとご命令を、哀者サデン様」


「ぁぁ殲滅だ。中は私達で片付けるぞ。ん!? このオーラ...例の子か。お前達に

はひとまずここを任せた。私は別に用がある」


「「「ははっ!!」」」





哀者サデンを見つけたようだ。我々も早いとこ加勢しに行く

ぞ」


「了解だ」


 ”幻門ファントムゲイト”を通り抜けた狂者クレイジーが基地の方を睨みながら先に降りていた怒者アンガーに声を掛ける。狂者クレイジーは綺麗に仕立てられた黒いスーツを身にまとっており、幻獣の中でも異質な雰囲気を放っていた。その横にピンクのドレスの少女が近づいてくる。その顔には笑顔が彫られた仮面を付けている。


狂者クレイジー様〜、早速殺していいよね~?」


「ああ勿論だ。好きなだけやれ」


「やった~。久々に楽しくなってきたよ〜」


「おい狂者クレイジー、あれ」


「気付いている。この数に1人で来るとは相当な手練れか」


 2人は遠くから迫ってくる存在を感じ取り警戒を強める。その存在――麗奈は他の

幻獣など歯牙にもかけずただひたすら真っすぐに疾走していた。


「待て、あいつはこの前の女だ。俺にやらせてくれ。今度は油断しねえで最初から全

力で行く」


「そうか、好きにしろ」


「じゃあ私は私で別に遊んでくるよ〜?」


「ああ」


 狂者クレイジーは2人を見届けると他の幻獣にも前進命令を出す。そして、自身は下等幻獣の背に腰を掛け悠々と戦場を見渡すのであった。


「さあ、人間。こっからどう動いて来る?」





「もう、今はここに居る場合じゃないのに。お願いだから諦めてくれない?」


 外でも中でも幻獣が猛威を振るう中、及川は別の脅威と対峙していた。既に北棟を

覆っていた氷は全て無くなっており、及川が能力を維持しきれなくなっている事がわ

かる。その脅威、それは玲であった。しかし、その姿は普段とは全く異なっており、額からは2本の金色の角が生え後ろには青いのような尾もあった。髪は黒く、瞳孔は蒼色になっていた。


「はて、何の話であることか。だが我に命令するとは身の程を知らぬな。その傲慢な

態度改めてやろう」


 その口調に玲の面影は無く、何か別のような――――


「玲...戻ってきてよ...」


 優愛はこの状況に対し、瞳に涙を浮かべながらそう小さく悲しそうに呟くのであった。




 時は”幻門ファントムゲイト”出現前まで遡る。



 


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