第8話 軍長

 辺りは玄武と地面との衝突により砂埃が舞う。力を使い果たした玲は力無く倒れ込んでしまう。

「何やってんだ、お前!! 無理をするんじゃねえ!!」

「玲、大丈夫!?」

「あの技凄いですね。今度受けてみてもいいですか?」

 鍬野が踵を返し、2人を連れて玲の下へ戻って来る。1名を除いて、着くなり玲のことを心配し声を掛ける。

「ああ...」

「もう、またボロボロじゃんか!!」

「ごめん、優愛。それよりアイツが死んだか確認しないと」

「死んだも何もあれを受けて無事な訳がないだろ。後は処理隊に任せて俺達は基地へ戻るぞ。その傷をさっさと治療してもらえ」

「そうか、わかった」

「え、ちょっと待って、皆。私の見間違いじゃなきゃ、まだあそこに魂が見えるんだけど。もしかして...生きてるのかな...?」

「はぁ、嘘だろ!? なら、今すぐ離れるぞ!! 俺に掴まれ!!」

 その時、砂煙が晴れる。陥没した地面の中心には五体満足な怒者アンガーが立っていた。

「やってくれたな。流石の俺も再生に手間がかかった。しかも、無駄に力を使っちまたよ。だが、あの程度で殺せるとでも思ったか?」

「うそ、アイツどうやったら死ぬの!?」

「逃げるぞ!!」

「逃がすか!!」

 鍬野が能力を発動させるよりも早く怒者アンガーが4人にへと迫る。しかし、その拳が振り下ろされる直前、怒者アンガーの頭を一本の刀が貫く。それと、同時に空中から爆発音が響き渡る。

「あれは...断天!?」

「それって、玲の持ってたやつのこと?」

「いや、俺のはアイツに壊された...」

「えっ、じゃあ」

 優愛が自分の予想を言うより早く、2つの人影が現れる。

「こちら武藤刃。東部第1軍ただいま到着しました」

「玲、助けに来たよ」

 優愛の予想通り断天を投げた者は麗奈であった。その後ろでは武藤が通信機を通して、東に到着報告を行っていた。

「姉さん!!」

「玲、あなたはここで休んでて。後は私が片付けるから」

「お姉ちゃん、アイツ結構強いから気を付けてね」

「大丈夫、あんなの私の敵じゃない。刃、この子達を見てて」

「了解です」

 武藤の返答を聞き、麗奈は怒者アンガーの方へと歩いていく。

「何だ、女。今度はお前が相手してくれるのか?」

 怒者アンガーはそう凄むと、頭に突き刺さった断天を無理矢理引っこ抜き、麗奈目掛けて投げつける。それを麗奈はなんてこと無いという風に的確に柄を片手で掴み取る。

「ほう、やるじゃねえか」

「...」

「無視してんじゃ――、あ?」

 麗奈に襲いかかろうとした怒者アンガーは直ぐに異変に気がつく。そう、いつの間にか麗奈が背後に回っていたのだ。遅れて怒者アンガーの3本の左腕が地に落ちる。

「声は大きいのに鈍いのね」

「テメエ...いや待て。お前、まさか軍長か?」

「だったら?」

「俺の目的には軍長の殺害が含まれている。その命貰ってやるよ!!」

「そう」

「手加減しねえぜ!! 〝毒手連撃どくしゅれんげき〟!!」

 切られた腕を見る間に再生させると、六本の手刀に毒を纏わせ麗奈へと攻撃を始める。その乱雑な攻撃を麗奈は華麗な剣捌きで対処する。

「あ、お前のその武器あのガキと同じだろ!? 何で俺の毒で溶けてねえんだ!?」

「...」

「何か言ったらどうだ!!」

「私は会話が好きじゃない」

 麗奈はそう呟くと、体勢が前のめりになった怒者アンガーの体を一振りで袈裟斬りにする。

「無駄だ、何回斬ろうと無駄なんだよ!!」

 そう言い捨てると2つに分かれた体が液体状へと変化していき、仮面だけがそのまま地面に残る。すると、液溜まりが1つへと合体し再び体を作り始めたのだ。

「残念だったな。俺は能力の拡張で自分自身を毒そのものに変えられる。テメエのその剣じゃ俺は殺せねえよ」

「...」

「何だ、諦めたか?」

 その問いかけにも答えず再び怒者アンガーの腕を一本斬り落とす。その顔には微かに笑みが浮かんでいた。

「話を聞いてなかったのか? 何度やったって再生すんだ...は、出来ねえ?」

 慌てて怒者アンガーは斬られた腕を確認する。

(断面に、これは何だ?...氷?)

「急いで来た甲斐はあったかなぁ? あ、司令に報告よろしくねぇ」

「了解です。こちら梢原、東部第2軍5名ただいま到着しました」

 少数精鋭で急いで向かっていた第2軍がようやく到着したのだ。

「チッ、何人も湧いて出て来やがって。いいぜ、纏めて相手になってやるよ!!」

「軍長」

「わざわざ来て貰ったけど、あなた達はいいよぉ。私と麗奈ちゃんで十分だからぁ。そうだよねぇ?」

「私が腕を全部落とす。今みたいに凍らせろ。さっさと終わらせる」

「はいはぁい」

 麗奈は一方的に言い放つと、先程とは桁違いの速さで一瞬にして残りの5本の腕を斬り落とす。それを見計らって及川は息を吹く。すると、たちまち吐息が氷となって腕の断面を覆っていく。

「くそったれ。何でこの氷にも俺の腐蝕が効かねえんだよ!!」

「あなたが弱いんじゃなぁい?」

「くそっ、軍長2人には分が悪かったか。狂者クレイジー!! 限界だ、扉を開けてくれ!!」

 怒者アンガーはそう叫び、2人から逃げ去ろうとする。

「麗奈ちゃん」

「言われなくてもわかっている」

 しかし、麗奈が距離を詰めて斬り刻むよりも僅かに早く、怒者アンガーの下の地面に既に空いている”幻門ファントムゲイト”が出現する。そして、そのまま怒者アンガーは扉の中へと消えてしまう。

「...」

「逃げられたっぽいねぇ」

「少し手応えはあった。だがどうせ生きてるだろう」

で闘ってたら逃さなかったんじゃないのぉ?」

「なら何でさっさとアイツを氷漬けにしなかった?」

「そっちが腕を凍らせろ、って言ったじゃぁん」

「...」

 何も言わずに忌々しそうな目で及川を睨みつけると、麗奈は玲たちの下へと行く。

「惜しかったですね、軍長」

「刃、後始末とかは任せた。あの女も利用していい」

「はあ...わかりました。それで軍長は何をするのですか?」

「玲の看護に決まってるだろ。くだらない事を聞いてないでさっさと行け」

「...」

「何、その顔は?」

「...いえ、何でもないです」

 武藤は素直に命令に従い及川の方へと走っていった。優愛はその後ろ姿を見てどうしてか哀れに思えていた。

「お姉ちゃん...武藤さんも大事にしてあげようね...」

「ん? 別に粗末にはしていない」

「ウン、ソダネ」

 優愛はこれはどうしようも無いと諦めの境地へと至り、棒読みでそう返す。鍬野はそんなやり取りを見て、麗奈の事をくわしくは知らなかったが、余り関わっていはいけないと心の中で決めたのであった。

「それで玲、今直ぐ救護班まで連れて行くけど自分で歩ける? 無理なら私がおぶってくけど」

「大丈夫。歩くくらいなら」

「そう、じゃあ一緒に行こう。優愛も一緒に行くよ」

「は〜い」

「つ、九十九軍長、俺達はこっからどうすればよろしいでしょうか?」

 緊張しているのか、声をうわずらせながら鍬野が麗奈に尋ねる。

「...好きにしてくれて構わない」

「えっ? いや、な、何かやれる事があれば俺はやりたいのですが」

「なら、さっきまで居たあの男に手伝うと言えばいい。そうしたら何かやらせてくれる、と思う」

「了解しました!! 行くぞ、天舞」

「え? 僕もですか?」

「お前の怪我は大したこと無いだろ。やれることをやるのが今の俺達の役目だ」

 そう言って鍬野は武藤を目指して走っていく。天舞も渋々といった感じでそれについていく。正義感が人一倍強い男、それが鍬野修仁という男であった。




 現場に到着していた救護班のテントまで3人は辿り着く。その周囲では大量の幻獣の死体が横たわっており、処理班がそれを解体して回収しているようであった。

「あ、湊谷くん!! そう言えばいないの忘れてたよ」

 3人がテントに入ると治療を受けている湊谷がそこに居たのだ。

「君ってさ意外とやな奴だったりするでしょ?」

「ご、ごめん、そういうつもりじゃ...というか怪我してたの?」

 湊谷に睨まれてしまったため、優愛は慌てて話題を変えようと尋ねる。

「君達が行っちゃうから1人で幻獣倒さなきゃだったからね。僕の能力は使いすぎると耳が壊れるんだよ」

「そ、そうだったんだ」

「何まだビクビクしてるわけ? まあいいや、それで君は元気そうだけど、怪我人は彼かい?」

「うん。向こうでも色々あってね」

「あっそう。あくまで色々って隠し通すんだね」

「いや、その...」

 優愛が湊谷の嫌味を受けている中、玲は応急処置を受けてもらっていた。

「あちゃー、これ骨折れてますね。取り敢えず軽い手当しとくんで、大基地にいる救護長に能力掛けてもらってください」

 対応してくれた救護隊員の1人に怪我を見てもらいながら告げられる。

「何故そいつはここに居ない?」

「も、申し訳ありません、九十九軍長。救護長はすごい人ではあるのですが、何分重度の面倒くさがりでして」

「...」

 麗奈は無言で彼を睨みつけ圧をかける。その顔は如実に不満そうな表情であった。

「す、すみません」

「姉さん、止めてあげて。この人は別に悪くないから」

「あなたが言うなら私も今は我慢する。じゃあ今直ぐ大基地で治療を受けに行こう。ついでにそいつをぶん殴る」

「いいよ、わざわざ行かなくても。安静にしてれば自然に治るから」

「駄目。早く行くよ」

 麗奈はそう言うと有無を言わせずに、玲を担いで大基地へと猛ダッシュしてしまう。

「ちょっと、私を置いてかないでよー!!」

 麗奈から忘れられた優愛はテントを出てそう叫ぶのだったが、虚しくもその声は届かないのであった。




「はぁ、怒者アンガーくん。君の事見てたけどさ。何なのさ、あれは。軍長でもない奴に負けそうになっちゃってさ。しかも軍長相手には何にも太刀打ち出来てないじゃん」

「すまね、い、いや、も、申し訳ありません」

 椅子に優雅に座る女性に怒者アンガーは平伏しながら謝罪を行っていた。その後ろで狂者クレイジーは椅子に座っていたが、その顔には緊張が走っているようでった。

「全くこれじゃあ全然相手の力がわからないじゃないか。それで、君から何か言いたいことは?」

「...俺が手間取ったあの少年の能力は、恐らくと思われます」

「なっ!? それは本当か!?」

「...根拠は? 私が見た限りではそうは感じなかったけど」

 怒者アンガーの発言で先程までと2人の雰囲気が変わる。

「あの亀は俺の腐蝕に対して優位性がありました。それと能力を使った時のオーラがどこか様に似ているように感じられました」

「へー、そう。そういう訳なら欲しくなってきた。その情報に免じて罰は取り消してあげるよ。それと、新たな命令を与えよう。狂者クレイジー、君とその部下3人で彼を捕縛して、私の下に連れてきて。先に言うけどこれ以上の失敗は要らないからね。次失敗したら全員死んでもらおうかな」

「了解致しました。準備出来次第実行致します」

「うん。それじゃあ、私は失礼するよ。今、蠱赫こかくの説得に忙しくてね。君達の幸運を遠くから祈っているさ」

 女性はそう言ってこの場所を後とする。それを確認すると、残された2人は話し合いを始める。

「すまねえ、狂者クレイジー。俺のせいでもう後が無くなっちまった」

「気にするな。奴は気まぐれだ。どの道いつかはこうなっていた。」

「それよりその少年だが、私達の物にするのはどう思う?」

「ああ、それはありだと思うぞ。運が良ければそれで奴から逃れられるかもしれねえしな。最悪お前だけが生き残ればそれでいい」

「まあ、捕らえてから考えるとしよう。まずは享者ワンダー哀者サデンも呼んで作戦をゆっくり練るぞ」

「それはそうなんだがよ。あいつ蠱赫様を誘ってるみたいだぞ。そうなったら俺達の立場はいよいよ無くなるんじゃねえか?」

「あの蟲帝が簡単に協力するとは思えないのだがな。だが、確かになるべく早く実行する方がいいかもな。とにかく2人を連れてきてくれ」

「ああ、わかった」




 玲を抱えた麗奈はあれから15分ほどで東京大基地へと到着していた。そして、そのまま基地内の医務室へと向かう。

「姉さん、もう降ろしていいよ。自分で歩けるから」

「遠慮しないで。好きなだけ甘えてくれていい」

「いや、本当に大丈夫だから」

「...そう、わかった」

 麗奈は渋々といった感じで、名残惜しそうに玲を降ろす。その後2人で歩いていると、医務室へと到着する。部屋の扉は開けっ放しで、中にはベッドに寝転がっている女性の姿があった。

「ん? 怪我人かな?」

 頭だけ動かしてこちらを見ながら女性は語りかけてくる。アイロン掛けのされてなさそうな白衣を着用しており、胸元には、東部軍救護長・九条香音くじょう かのん 5級と書かれた名札をつけていた。

「そうだ。分かったらさっさと起き上がれ」

「おや、これはこれは。第1軍長様ではないですか。あなた程の方がここに来るとは、想像を絶する戦いがお有りで?」

 九条は麗奈だと気がつくと、意外そうな顔をしながら興味津々という様子で上半身だけを起き上がらせる。

「違う。怪我人は私の弟だ」

「え、何だ。ちょっと期待したのに。じゃあちゃちゃっと終わらせ――ひゃっ」

 玲の目でも追えない速度で麗奈が断天の切先を九条の目の前に突きつける。

「真面目にやれ」

「は、はい。えっと、じゃあ君ここに座ってくれるかな?」

 言われるがままに玲は九条の横に座る。それを確認して九条は玲の額へと指先を当てる。すると、緑色の小さな魔法陣が現れ輝きながら回転する。程なくして、

「げほっ」

 玲が吐血する。

「うわー、結構ダメージ溜まってるね。って違いますよ!? これが私の能力なんです!!」

 無言で睨みつけてくる麗奈に対して、九条は必死に弁明する。麗奈のその手には断天が勿論握られていた。

「姉さん、さっきよりも調子が良くなってる」

「本当に?」

「うん」

「当たり前じゃないですか。私の能力”遡及回復レトロリカバリー”にかかれば一瞬ですよ。これはですね過去に受けたダメージとかそういうのを全部巻き戻して、攻撃を受ける前の状態にしちゃうんです。まあ、その過程で痛みは伴いますがね。今回は時間設定が面倒だったので適当に15年にしときました。という事で、私への感謝の言葉をどうぞ!!」

「...ありがとうございます」

「うーん、捻りがないねー。もう1回いこうよ。何かないかな?」

「行こう、玲」

「うん、わかった」

「ちょっと!? 無視しないでくださいよー!?」

 2人はこれ以上関わると長くなると思いその場を後にする。その後は玲は優愛と、麗奈は武藤と合流し各自帰路につくのであった。




 麗奈と武藤は東京大基地で新しい軍機を借りて長野基地へと向かう。その途中で麗奈の携帯に電話がかかる。麗奈は操縦室に居る武藤に聞こえない程度の大きさで通話を始める。

「何のよう? この前話したばかり」

『あの時はお前からだっただろ。それよりそっちに特等が出たようだな』

「ああ、だが逃げられた」

『最近”幻門ファントムゲイト”がよく出現するだろう? それとかを含めて明日召集会議を行うらしい』

「勝手にやればいい。私は行かない」

『何言ってる。それを契機に行動を開始するぞ。それでお前にはあの2人を連れてきて欲しい』

「...動くには早かったんじゃないの?」

『東部以外はあらかた確認が取れた。もう何時でも動ける』

「そう、わかった。でも2人に何かしたら許さないから」

『わかっている。会話以外はするつもりはない。それじゃあ切るぞ』

 電話が切れる。麗奈はスマホを座席に放り投げると、到着するまでの間外を見ながら思考にふけるのであった。


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