第7話 本気
武藤は今、ここ最近で一番苛立っていた。日頃から麗奈の自由奔放な行動に悩まされており多少の事では動じなくなったのだが、今回は話が別であった。それは、緊急事態でありながら、麗奈が鍵のかけられた部屋でぐっすりと眠っているからである。武藤がどれだけ扉を叩き、声を上げようとも返答はない。扉を無理矢理壊そうにも、すぐ麗奈が物を壊すため扉を超鋼鉄製にガチガチに作っていた事が仇となり、それすらも出来ないでいたのだ。加えて鍵を必要としないオートロック型の扉にしていた事も今になって災いしていた。
「おい、キラリ!! まだ、出来ないのか!!」
武藤は隣でノートパソコンを使っている少女――東部第1軍エンジニアの
「ちょっと待ってよ。どこにこの部屋の鍵の開閉システムがあるのかがまだ見つかってないの!! 急に言われてもすぐは無理なんだっ――あっ、あった!! 今開けるね!!」
天ノ川がそう言ってから1分も待たずにして鍵が開錠した音がする。武藤はそれを確認して勢いよく扉を蹴り開け、部屋へと駆け込む。
「軍長!! 起きてください!! 特等幻獣が襲来してきましたから!!」
「何だ...朝からやかましい」
寝ぼけた声で麗奈が答えるが、武藤はお構いなしに話を畳み掛ける。
「寝ぼけてる場合じゃないんですよ。幻獣が本部のすぐ近くに来てます。他の軍は到
着するのに時間がかかりますから、私達が行かなければならないんですよ!!」
しかし、それに対してもまだ眠気が取れていないのか適当に麗奈は答える。
「わかったわかった。もう少ししたら準備する」
「軍長!! 報告だと特殊隊員達が足止めを担っているそうですよ!! 意味わかり
ますよね? 弟くんが戦場に出てしまってるのですよ!!」
それを聞いた瞬間、麗奈は今まで寝ていたのが嘘だったのかのようにビシッとベッ
ドから立ち上がる。
「ふざけるな。何故そんな事になっている。さっさと準備しろ、刃。今直ぐにここを出る」
「それはこっちの
そう言って武藤は退出する。
「キラリ、戦場までは何分で行けるの?」
「うんとね、20分ぐらい?」
「もっと早く出来ないのか?」
「今から速いの作れば行けるかも。作るのに5分、行くのに10分って感じかな」
「ならそれで頼む」
「はいは〜い。了解で〜す」
準備を終えた麗奈と武藤がキラリの下へと行く。そこには新しい軍用機が置かれていた。
「あ、もうすぐ終わるよ。あとは細かい部分だけ」
天ノ川キラリ、彼女の能力は”
「よし、オッケーかな。あ、速度を限界まで出るようにしたから、向こうに着いた瞬間に爆発すると思うよ〜」
「はあ、そうならないようには出来なかったのか!?」
「え? でもまあ爆発は浪漫だからいいじゃん」
武藤の質問に対して、天ノ川は悪びれることもなく意味のわからない言い訳を真顔で返す。
「何でもいいから早くして」
そんな2人のことを無視して麗奈は機体に乗り込む。武藤はまだ何か言いたそうではあったが、渋々それに従う。
「じゃあ、いってらっしゃ~い」
天ノ川の言葉を合図に軍用機が飛び立っていく。するとあっという間に基地から見えなくなる程離れていくのであった。
「お前、こいつらを能力無しで倒すとは相当のやりてだな。俺の遊び相手になっても
らう、ぞ――」
言い終わると同時に
「はははっ、いい、いいぞ、お前!! 手は抜いてやらねえぜ!!」
「ぐっ」
腹部から生えた2本の腕が玲の両脇腹へとモロに刺さる。それにより体がよろけた隙を見逃さず
(上等とは格が違うな...舐めてかかっては勝てない...)
意識を朦朧とさせながらも無理矢理に玲は立ち上がる。
「断天、来い」
再び玲は断天を構える。
「その刀、いい代物だな。命令に従うとかそんな感じのやつなのか?」
「ああ、断天は所持者を中心とした半径15メートル以内で、可能な限りなら自由に
命令を出せるらしい」
「らしい、か。恐れずにペラペラとよく喋るな」
「別に問題無いと判断した」
「ははっ、舐めるなよガキ!!」
着いて断天で丁寧に捌く。
「今だ!! 〝斬れ〟!!」
拳を捌きながら玲は腕が同方向に揃うように狙っていたのだ。それを見計らって断天に命令を下す。断天が玲の手を離れ腕を切り裂く。両者の間に腕と血が舞う。その機を逃さず玲は断天を掴み喉元めがけて突きを放つが、
「本当に良くやるな。まさかここまでやられるとは。だが終わりだ」
「何が?」
玲はまずいと直感的に感じ即座に後方に仰け反るが、間に合わず鳩尾に拳がめり込む。
「ぐはっ...くそっ」
「残念だったな。これぐらい直ぐに生えてくる。どうせその辺の雑魚を基準に考えていたのだろう」
その言葉通りつい先程斬ったはずの腕が全て再生していた。更に断天が刃先が無く
なった状態で地面に落とされていた。
「ああ、折角だ。教えてやるよ。俺の能力は腐蝕を司る”腐蝕覇者《ふしょくのはし
ゃ》”だ。さて、終わりにしようか」
倒れ込んでいる玲へと
「うぐっ」
「楽しませてくれた礼だ。楽に死なせてやる」
「仕方ないか...」
「何言ってやが、なっ!?」
「能力開ほ...くっ」
ずに後ろへと吹っ飛んでいく。
「させねえぞ」
(何だ、この感じ。わからねえが、とにかくこれはやべえ気がする)
「死ね!!」
間髪入れずに攻撃を入れようと
「召喚〝
玲が両手で亀の形を作り詠唱する。すると、玲の後方に高さ10メートルはある巨
大な亀が出現する。その巨体には大蛇が巻き付いている。
「何だ、これは...」
その余りのスケールに呆気に取られ、
「笑えねえな。これは人間ごときが持っていい力なんかじゃねえ。いいぜ、ここでテメエを殺してその力は俺らの下へと戻ってもらう。いくぞ!!」
玲が玄武を召喚した時、優愛達は避難誘導を完了させたところであった。
「何だよあれ!?」
「敵でしょうか?」
「僕には亀に見えるけど」
「玲...魂がまた...」
「どういう事かな? やっぱり彼は無能力では無い、ってことだよね?」
湊谷は優愛の呟きを聞き逃さず問い詰めようとする。しかし、優愛はそれには答え
ず3人に訴える。
「早く玲のとこに行かなきゃ。あのまま1人にしたら死んじゃうよ。お願い!!」
「はあ? 虫がいいにも程があるでしょ。せめて相応の説明ぐらいはしてくれてもい
いんじゃない?」
「正直、俺もそう思う。そもそもあの力は果たして我々の味方、なのか? あれが周囲の破壊をしているようにも感じられる」
「そんなわけ無いじゃん!! いいよ、私だけで行く。って、えっ何で急に」
優愛が驚いたのは先程まで襲いかかる素振りを見せなかった幻獣が、こちらに一斉に向かってきたからであった。
「ちっ、これもあいつの影響なの? まあいいや、これを試すとしよう」
そう言って特注の銃を取り出す。湊谷が能力による音を銃に吸収させると、威力が何倍にもなった音弾が発射され下等幻獣が吹き飛ぶ。
「いいねこれ。燃費が軽い割に良い威力が出る」
そんな湊谷の周りでは鍬野と天舞が中級幻獣相手に肉弾戦を行っている。鍬野は短
刀を天舞はメリケンサックを身に着けていた。
「すげーな、これ。俺の速さに合わせて勝手に動きやがる」
「わー、これ着けるとなんかいい感じですね」
2人は各々の武器の感想を口にしながら次々と幻獣を殺していく。
「ちぇっ、ノロノロしてたら全部やられちゃうじゃんか。なら僕も遠慮しないから
ね。〝
先日とは違い、収束した爆音が幻獣にのみ集められ体を貫通していく。
「お前、調節できたのか」
「当たり前でしょ。ってあれ、あの女は何処行った?」
「さっき向こう行ってましたよ」
「何で言わねえんだ!!」
「聞かれてませんし?」
「あーもう。本当に君は。残りのこの数なら僕だけでやれるから君ら2人は行って。
死なれても寝覚めが悪いんだよね」
「恩に着る。任せた」
「行ってきまーす」
「はいはい」
返事をしながら2人が行ったのを見届けると、湊谷は残りの幻獣へと集中するのであった。
玲の体は既に限界の一歩手前で迫っていた。頭からの出血は止まらず、肋骨は何本か折れており、それに加え能力の使用により立つのもギリギリな状態であった。
(まだ、いけるか...結局使うことになるんだったら最初から使ってれば...だが、何とかこいつのことは抑えきれそうだ。)
「玄武、まただ踏め!!」
玄武が足を一回踏み鳴らす。すると、玲の寸前にまで迫っていた
「くそっ。うぜえ能力だな!!」
(こいつまだ大した事無いな。最初は面食らったが殺傷能力はねえ。恐らくまだこの能力の力をほとんど引き出せてねえな。時間はかかるが隙をみて毒手を入れて終わりにしてやる)
と、内心では安心すらしていたのであった。
「駄目だ...限界だ...玄武、後は頼む!!」
そう言って玲はその場に座れこんでしまう。
(意識さえ飛ばさなければ、玄武が消えることはないはず。維持だけを考えろ)
「おいおい、流石に舐め過ぎじゃねえか? なら、そのデカブツを処理してゆっくり
殺してやるよ」
ドンッ、と凄まじい音で
「その甲羅、砕け散れ!!」
そう言って玄武に4つの拳を一斉に放つのだが、
〝カ タ マ レ〟
巻き付いていた大蛇が叫びを上げる。すると、先程まで勢いづいていた
「は? 体が、動かねえ?」
玄武が司るのは大亀が引力、大蛇が呪詛であった。前者は足音を鳴らすことを条件に対象に常にかかっている引力、すなわち重力の方向を一時的に変える事が出来る。後者は動詞の詠唱完了と同時にその効果を発動させるというものであった。
「おい待てよ!! ふざけるな!!」
動けなくなった
「クソが!!」
今にも踏み抜かれそうになり
「まさかっ」
起き上がった目線の先には座ったまま意識を失っている玲の姿があった。
「運に助けられたか。だが、テメエは許さねえ!!」
「ちょっと待ったー!!」
玲の絶体絶命の危機の瞬間、遠くから声が聞こえてくる。
「あ?」
声の正体はこっちに走って向かってくる優愛であった。
「〝女神・守護〟!!」
優愛がそう言うと、背中から大きな白い翼が生えてくる。その翼で自分と玲を包み
込むと、転がりながら
「玲、玲、玲!! 何やってんの!!」
「優愛、か...悪い...」
「もう、勝てない相手に挑まないでよ!! 何で私も連れてってくんなかったの?」
「ああ、もうしない。特等は1人で倒せるような奴じゃなかった」
「本当に馬鹿なんだから。でも、ごめん。助けに来といてそろそろヤバいかも」
翼の外では
し、その拳は翼を破壊するに至ってはいなかった。
「何なんだよ、この翼!!」
「駄目!! もう限界だよー!!」
翼が大量の羽となって消え去っていく。しかし、優愛の行動には確実に意味があっ
た。
「また増援かよ」
優愛を追いかけていた鍬野と天舞が到着したのだ。鍬野は2人のピンチに気が付
き、天舞を片腕で担ぎ能力を発動させる。
「〝
「はーい」
鍬野は
即座にこの場を離れていく。
「逃がすかよ」
「逃げますよ。僕が相手しますから」
「うるせえ、テメエにかまってる暇はねえんだよ」
そう言って
た拳が天舞の腹部に入る。
「
お返しとばかりに天舞も殴りかかるが、上腕に阻まれ下腕による打撃で吹き飛ばさ
れる。
「あは、無理かもこれ」
天舞はそのまま瓦礫に背中を打ちつけ立ち上がれなくなる。しかし、そんな天舞を一瞥だけし、
(こいつ、毒が効いてねえ。どういう事だ? いや、それよりアイツだ。生かすわけにはいかねえ)
「いやー、ナイスタイミングだったね。危ないとこだったよ」
優愛は担がれながら呑気に言う。
「そんな軽口を叩いている場合か。急いで天舞も回収して逃げるぞ。逃げ回って時間
を稼ぐしか俺らに勝機は無い」
「優愛、少しでもいい治癒をかけてくれ。鍬野、あいつを回収したら俺を置いてって
くれ。もしかしたら殺しきれるかもしれない」
「何馬鹿なことを言ってる。全員で逃げるのが確実だ」
「そうだよ、我侭言うなら治療してあげないよ」
「見ろ、アイツは倒れている天舞を放置してる。狙いは俺だ」
「それは理由にならない。そもそも君は一度負けた身だろ。何をまだ隠しているのか
は知らないが信用出来ない」
「...」
「はいはい、大人しくしようね」
2人にそう言われ、玲は黙り込む。そんな話をしている間に
りを大きく一周して天舞の下へと着く。
「天舞、捕まれ。俺の能力を拡張させて空間ごと加速させる。俺から絶対手を話す
なよ。よし、〝
鍬野が加速してから1秒程、玲は少し距離が空いたのを見計らって、鍬野に担がれ
た手を振りほどき離れる。
「何やってんの、玲!?」
「優愛、治癒ありがとう。召喚〝玄武〟!! 落ちろ!!」
ており、甲羅を下にして落下している。
「まだそんな余力を残していやがったか!!」
(後の事を考えたら流石にこれはくらうわけにはいかねえ。先にアイツを仕留め...
いや間に合わねえか。チッ、人間相手に逃げを選択するなど、この屈辱必ず晴ら
す!!)
そう思いながら
〝カ タ マ レ〟
「しまった!? クソッタレがー!!」
大蛇の詠唱により
衝突するのであった。
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