第6話 襲来

 入隊式から3日後、玲と優愛は基地での生活に少しずつ慣れ始めていた。そんな2人は現在、仲良く一緒に朝食を取りながら会話をしている。


「玲、何か今日同期以外の人が少なくない?」


「確かにそうだな。何かあったのかもしれない」


「何だ聞いてないのか、お前達? あ、この席空いてるよな?」


 すると、そこに朝食を持った鍬野が2人のいる机へと近づいて話しかけてくる。


「空いてるよー」


「なら、座らせてもらおうか」


「それでさっきのはどういう意味だ?」


 鍬野が座ると直ぐに玲は怪訝そうに聞く。隣では優愛も、うんうんと頷いている。


「お前ら...先輩方とも仲良くしておけよ。そういうので手に入る情報とかは結構多

いぞ。でなんだが、俺が聞いた話によると福島、栃木、群馬の県境で幻獣が大量発生してるらしい」


 半ば呆れたかのように言うと、鍬野は2人へと説明をし始める。


「それで、俺ら新兵以外の隊員の大半が朝から動員されてるってわけだ。何でも上等幻獣が何体もいるらしい」


「へー、そうだったんだ。てことは、お姉ちゃんも行ってるのかな、玲?」


「どうだろう」


「お前の姉ってあの第1軍長のことだろ? 今回は幻獣の発生場所的に巴根城軍長と

牙煌軍長だと思うぞ」


「軍ごとに管轄があるのか?」


「流石に知らないにも程があるだろ!! そうだよ、第1軍は長野基地、第2軍は名

古屋基地、第3軍は栃木基地、第4軍は前橋基地が拠点で、周辺にも細かく基地が置かれてるんだ。そこに軍の規模ごとに人員を待機させて防衛体制をとってるんだよ。わかったか?」


 何も知らない玲に対して呆れるを通り越し心配にすら思う鍬野だったが、仕方なくといった感じで2人に教えてあげる。口調はがさつだが鍬野は意外にも面倒見が良いのであった。


「なるほどね〜。全然知らなかった」


「ったく、こんぐらいは事前に調べとくもんだぞ?」


 その時、突如食堂にアナウンスが流れる。


「「 基地から西方向に5キロの位置、”幻門ファントムゲイト”が発生しました!! 繰り返します、基地から西方向に5キロの位置、”幻門ファントムゲイト”が発生しました!!」





 扉が1つだけある暗い空間に2つの影が見える。開いている扉の先には住宅地があるのが見える。


「上手くやれよ、怒者アンガー。軍長が来る前に破壊と虐殺の限りを尽くせ。奴

らに絶望を与えるのだ!!」


「ああ狂者クレイジー、任せておけ。それに軍長とやらは俺が殺してやるよ」


「ああ、だがくれぐれも油断はするな。お前が勝てそうなら増援も送ってやる」


「期待しておけ」


 そう言って1つの影が扉を抜けていく...




 通常この”幻門ファントムゲイト”は侵略区域の奥深くにいくつかあり、そこから幻獣が次々と現れていると考えられている。しかし、たまに”幻門ファントムゲイト”が安全区域に前触れもなく現れる時があった。それは、幻獣の出現時である。奴らだけは何も無い空間に”幻門ファントムゲイト”を創り出しそこから侵略を行うのだ。




 そして今、東京大基地から直ぐ近くの杉並区上空に”幻門ファントムゲイト”が開かれ、大通りに向かって1体の幻獣がこの地に降り立つ。それに続いて数十体の幻獣も現れるとやがて”幻門ファントムゲイト”は姿を消す。最初に降り立った幻獣は異様な雰囲気を纏っており、その顔には般若の仮面が付けられていた。人型ではあるが腕が横腹と背中からも生えており、明らかに他の幻獣達とは一線を画していた。





 司令室にて東は状況の報告を受けていた。


「現れた幻獣は全部で38体、そのうち上等幻獣と思われるものは3体です。ただ、そのうちの1体は他の2体を従えている様子から特等幻獣の可能性が考えられます。現在、全体はこの基地に向かっており住民及び建物に多数の被害が既に出ています」


「報告ご苦労。急いで第1軍と第2軍に援軍要請を出せ!! それから、ここに居る

戦闘員は直ぐに出撃させろ!!」


「了解です!!」


 東の命令を受け司令室に居る者全員が一斉に行動を開始する。そこに白衣を着た男――東部開発部門長の染崎章介そめざき しょうすけが司令室へと入ってくる。


「司令、住民の避難さえ完了してくれればいつでも対幻獣砲を放てますよ。中等以下

は大方それで殺せる見込みです。上等にも当たれば少しぐらいは足止めになるかと」


「わかった。いつでも撃てるように待機しといてくれ」


 しかし、ここで最悪の報告が入る。


「司令...今すぐ動かせる隊員なのですが、東部軍の半数以上が遠征に行っている影

響でここには数十人程しかいません。それも、指揮官クラスは残念ながら1人もいないです。第1軍の到着には早くても20分はかかると思われるのですが、このままだと先に奴らにここまで到達されるかもしれません。どう致しましょうか?」


「ならば今ある戦力で戦うしかあるまい。最悪私が出る。九十九が来るまでの時間ぐ

らいなら稼げるだろう」


「お、お待ち下さい!! 司令に万が一があれば東部軍に多大なる影響が...」


「そうなると、もう撃っちゃいますか? その人数では避難誘導は無理でしょう」


「いや待て、新兵も動員する」


「本気ですか、司令!? 彼らはまだまともに訓練を積んでいないのですよ!?」


「わかっている。だが、それが黙ってやられる理由になるのか?」


「い、いえ...」


「今すぐ新兵にも出軍命令を出せ。ひとまず少しでも被害を減らすのが優先だ。染

崎、特殊隊員達の武器は完成したか?」


「試運転はまだだが、出来てはいる」


「ならそれを渡せ。可能ならば彼らに幻獣は討伐させる」


「わかった。だが、無理そうなら早めに切り上げさせてやってくださいよ。巻き添え

になられたら気分が悪いですから」


「ああ、わかっている」





 新兵全員に召集がかかる。大半が動揺している中、早川が現れる。


「これよりお前達新兵には現地の避難誘導を行ってもらう。詳しく説明している暇はない故、簡潔に言うが今幻獣の対応が間に合っていない。そして、人員も不足しているためお前達にも手伝ってもらう。各自支給された武器を持ち戦闘服を着て直ぐに出発するのだ!!」


 その言葉が終わると同時に新兵達は急いで準備を開始する。そんな中、玲たち特殊

隊員は彼らとは別に早川からの指示を受ける。


「今、中級以上の幻獣と闘える戦力が揃っていない。残留組と他の新兵達で住民の避

難行動を行う。だからお前達には、第1軍が到着するまで幻獣の抑えを頼みたい。君

達の専用武器も完成しているから、それも使ってくれ」


「え、武器出来たの? 私のどんなのでしたか?」


「優愛、それは貰ってから自分で確認しろ。それより敵はどれぐらいですか?」


「報告だと上級が3体、中級が15体、下等が20体だ。ただ、上級の内1体は特等幻獣

の可能性がある。いいか、上級幻獣とは絶対に交戦するな。お前らでは到底太刀打ち出来ない敵だ」


「特等...」


 早川の言葉を受け、玲が小さく呟く。その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。


「とにかく、今すぐ向かってくれ。このままだと援軍を待つ前に基地まで到達されてしまう」


「「了解」」


 全員が声を揃えそう返し、準備へと取り掛かる。


「玲、大変な事になっちゃったね」


「...」


「玲?」


「特等ならあいつの事を知っているかもしれない」


「待ってよ、絶対戦うなって教官は言ってたよ」


「そんな事は知らない」


「あのさあ、もし特等が居たら僕達確実に全員死ぬよ? その辺わかってるの君?」


「だとしても、戦うのが俺達の使命だ」


「強い奴とは是非戦いたいですね」


 鍬野がそう言い切り少し全員の気が引き締まるが、何も考えていない天舞の言葉に

は他の者は苦笑するのであった。


「君、本当に馬鹿だよね」


 5人はそんな会話をしながら軍用機の下へと着く。すると、パイロットと思われる男が話しかけてくる。


「俺が君達を戦場まで運んでいく。武器も積んであるから確認してくれ。さあ乗った

乗った」


 そうして5人が乗ると、軍用機は戦場へ向かって飛び立つのであった。





「現在動かせる兵力は全て動かしました。特殊隊員達も出発したそうなので5分程で交戦するかと」


 それを聞き東はひとまず安心する。


「了解した。それで、第1軍と第2軍はどうだ?」


「はい、第2軍は最速の軍用機で少数精鋭を引き連れるそうなので、今から30分あれ

ば着くとの事です。ただ、第1軍なのですが、武藤副軍長からの伝達によりますと九十九軍長がまだ入眠しているため我々の想定よりも遅くなる可能性が高いそうです。そのため、第2軍と同じタイミングになるかと」


「そうか。となると、被害を抑えるためにも20分間は足止めして貰う必要があるな」


「そうなりますね。しかし、複数の上級幻獣にそこまで持つでしょうか?」


「これに関しては託すしかない」


 自分でそう言いながらも東は新兵にこの危機を抑えてもらわなければいけないこと

に対して歯痒い思いであった。


(常駐兵の強化を行うべきであったか。だが、何故ここ数年だけで”幻門《ファントムゲイ

ト》”が何回も突発的に出現するのか。何者かの意図を感じるとしか言えないな。いや、今はそんな事を考えている場合ではないな)


 そう思い東は対策を再び思考するのであった。





 軍機が幻獣の直ぐ側にまで到着し着陸する。降りるとすぐ先に下等幻獣がその巨体で建物を破壊しながらこちらに進んでいるのが見えた。


「こっからどうすればいいの、玲?」


「俺は特等かもしれないって奴と戦う。優愛とお前らはそれ以外を片付けとけ」


「おい待て、1人で上等幻獣は無茶にも程がある。それに、この辺にも逃げ遅れてる

人達が沢山いるんだぞ。幻獣の討伐だけでなく、彼らの安全の確保もしなければならないんだぞ!!」


 鍬野の言う通り周囲にはまだ多くの一般人達が残っていた。幻獣から逃れようとパ

ニックになりながら四方へと逃げ走っている。


「だから、そういうのも含めて任せたと言ってる」


「君、いくらなんでも協調性無さ過ぎでしょ。そもそも、援軍が来るまでの時間稼ぎ

なんだから僕達がまともに戦う必要はないんだよ?」


「しつこい」


「おい!」


 玲は一方的に言い放って1人で幻獣の方へと走っていく。


「どうしよう。ああなると玲は止まらないから」


「小倉さんには申し訳ないが、一般人の救命が今は第一だ。幻獣が近づいてくる前に

可能な限りやろう」


「僕もそれでいいと思う。わざわざ死にに行くような真似をする必要は無いからね。まあでも、これの性能はどっかのタイミングで試しておきたいけど。」


 そう言って湊谷は渡された武器を手に取る。それは少し特殊な形をした銃であった。


「僕も出来れば戦いたいですね。玲くんを追いかけちゃ駄目ですかね?」


 天舞が無邪気にそんな事を言う。3人はそんな天舞の発言は華麗に無視し行動を開

始していくのであった。





 玲は幻獣の集団の中を駆けていた。雑魚には興味はないとばかりに下等や中等は無視しひたすら奥へと進んでいく。また、不思議なことに幻獣達は玲に反応を見せず、東京大基地の方向へとどんどん進んでいた。


(何故、こいつらは俺に見向きもしない? まあいい、好都合だ。遠慮せず上等、い

や特等を殺させてもらおう)


 玲は幻獣の集団を抜けると、前方に男女の人型が1体ずつ居るのが見えた。そしてそのすぐ後ろには般若の仮面を付けた六本の腕の人型が立っていた。


(あの六本腕か。なんて巨体だ。確かにあの2体とは少し違うようだな)


 玲が冷静に分析をしていると六本腕の幻獣――怒者アンガーが口を開く。


「お前が軍長か? 俺は怒者アンガーだ。殺してやるよ」


「俺は軍長なんかじゃない。それよりもお前、髪が白と黒の半々な幻獣のことを知っ

ているか?」


「あ? なんだよ、軍長じゃねえのかよ。興味が失せた、お前らやれ」


 怒者アンガーは玲の質問を完全に無視して2体の上等に命令を下す。


「小僧俺達が相手してやる」


「そうか。来い、断天だんてん!!」


 玲がそう叫ぶと何も無い空間から長刀が取り出される。


「はっ、この俺の攻撃をそんなチンケな剣で止めれるとでも思うのか? 〝熱撃砲ねつげきほう〟!!」


 男の方が玲に向けて熱光線を放つ。玲はその攻撃を回避し、距離を詰める。


「安易に近づくなど、お馬鹿さんなこと。〝棘囲門きょくいもん〟」


 男に長刀を振りかぶる刹那、玲の周りを囲むように棘の鎖が襲いかかる。玲は一瞬

だけ対応が遅れてしまい左腕に棘が刺さる。


「痛いでしょう。その棘は一度刺されば簡単には抜けないわ。さて、もう一度」


 女のその言葉と同時に再び玲を棘の鎖が襲う。


「〝裁け〟断天」


 玲が断天を放り投げ、そう唱える。すると鎖が、独りでに動く断天によって切断さ

れていく。


「〝貫け〟」


「ぐはっ...な、いつの間に...」


 油断していた男の胸に断天が貫通する。その機を逃さず玲は、目にも止まらぬ速さで男に無数の拳を放つ。玲が攻撃を止めると、無惨な姿へと変わり果てた男はピクリとも動かなくなる。


「そ、そんな...貴様よくもっ!! 〝棘網打尽きょくもうだじん〟!!」


 交錯した棘の鎖が何層にもなって玲の頭上から降り注ぐ。


「〝裁け〟」


 再びそう唱えると、一瞬にして鎖は塵芥と化す。断天がこの僅かな時間で全ての鎖を断ち切ったのだ。


「そ、そんな馬鹿な...」


 女は自身の奥義が一切通用せず呆然としてしまう。その隙を一切見逃さずに、玲は手刀で彼女の胴に穴を開け、そして硬直した体を断天で横に真っ二つに斬り裂く。女は悲痛な叫びを上げると、そのまま力無く倒れ込み息絶える。それを確認すると、物凄い剣幕で玲は怒者アンガーに向かって先程の質問を再びする。


「もう一度聞く、髪が白と黒で半々の幻獣のことを知っているか?」


「はははっ、どうだかな。それよりも面白えじゃねえか、お前!!」


 怒者アンガーは玲を自分と闘うに値する敵とみなし、闘志を漲らせる。その覇気で周囲の空気は震え、玲に緊張が走る。

 



 特等幻獣が遂に本腰を入れて動きを開始する。

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