第5話 秘密

「榊原...」


 玲からの質問を受け、麗奈は一瞬返答に困る様子を見せた。


「何か知ってることとかある、お姉ちゃん? 私達その人に会いたいの」


「え、いや、私は聞いたことがない。東部の者ではないのかもしれない。だが、何故

そいつの事が知りたいの?」


「え、えっとね...」


「特に深い意味は無いよ。そう名乗った軍の人に前会ったから少し気になっただけ」


「そう、だけどよく知らない人と接触するのは止めて。何があるかわからない。いいね? それより、私はそろそろ行く。また今度ゆっくり話そう。」


 そう言って麗奈は立ち去っていく。心做しか少し早足のように2人には感じられたのであった。





 麗奈がいなくなったのを見届けると、2人も式場から出る。


「それで、こっからどこ行けばいいのかなあ? 誰もいないんだけど」


「そんな事は後でいい。それよりどうだった?」


「多分、お姉ちゃんは彼のこと知ってるよ。玲が質問をした時、一瞬だけ魂が揺らい

でるのが見えた」


「やっぱりね。姉さんは嘘をつくのが下手だからそんな気はしてた。でも、隠すってことは何かあるのだろう」


「そうだね。でも、お姉ちゃんを頼れないとなると結構厳しくない?」


「ああ、他の奴に聞くのはリスクが大きい。向こうが接触してくるのを待つしかないかもしれない」


 その時、背後から声を掛けられる。


「おい、何でまだそこにいる。ってお前達だったか。今日は新兵は与えられた部屋で待機だ。さっさと行け。姉の真似をして問題を起こす必要はないからな。というか隠し事はさっさと白状しとけ」


 声の主は巴根城であった。新兵の引率を終え、帰ろうとしている最中であったのだ。


「隠し事なんてしてませんってばぁ。それで、部屋はどこにあるんですか?」


「5階だ。そこのフロアは新兵用の部屋と食堂、後、シャワールームとかがある。空

いてる部屋を使え。探せばいくつかはあるはずだ。もう一度言うが問題は起こすなよ。じゃあな」


 そう口酸っぱく言うと、巴根城は2人の元を離れてくのであった。





 2人は5階へと到着する。そこは巴根城の言っていた通り沢山の部屋があるようで、扉がずらりと並んでいる。


「どうする? 一緒の部屋にしちゃう〜?」


「馬鹿言うな。お前とずっと居たらゆっくり出来ない」


 優愛の冗談に対して、玲は本当に嫌そうに返答する。その口調からは疲れがあるように感じられた。


「あ、丁度ここの部屋隣同士で空いてるから、ここにしようよ。じゃあまた明日。ちゃんとシャワーは浴びに行ってね」


「わかってるよ」


 玲は面倒くさそうに答え、部屋の中へと入る。部屋はベッドと小さい机椅子が置いてあるだけの簡素なものであった。玲はベッドに寝転がると一息つきながら考える。


(榊原匠...姉さんが東部の者じゃないって言ったのは本当だろうな。そうなると自

力で探すのは無理か。優愛に頼んで、確実に信用が出来てある程度立場が高い奴を見つけてもらうしかないな。そもそもこの名は本名なのか? いや、考えても無駄か。今日はシャワー浴びて寝るとしよう)


 玲はそう結論付けると、ひとまず問題を先送りにしてこれ以上考えるのを一旦止めたのであった。





 長野基地に戻った麗奈は部屋で電話を掛けていた。


『九十九か? お前からとは珍しいな。何かあったか?』


 電話から男の声が返ってくる。


「何故、玲と優愛を巻き込んだ?」


 麗奈は怒りを一切隠さずに、通話相手を問いただそうとする。


『何の話だ。キレてるのか?』


「ふざけるな。知らないとは言わせないぞ、。2人がお前の名前を知っていた。いつどこで何を吹き込んだ?」


『知らないな』


「そうか、なら私は勝手にやらせてもらう」


『冗談だ。落ち着け。やはり彼は君の弟だったか。同じ名字だったからな、そんな気はしていた』


「で?」


『大した事は言ってないさ。軍に入ったら私に会いに来ると良いと言って、名前を教えてやっただけだ。詳細は本人達から聞いてくれ。説明すると長くて面倒くさい』


「これ以上余計なことはするな。2人は関係ない」


『そうか? 彼らはそんな感じでもなかったが。特に君の弟は本気で幻獣の事を憎ん

でいた。それに何より彼女の能力は私達にとって必須だ』


「どういうことだ?」


『何だ、教えてもらってないのか? 彼女の力があれば我々の敵を簡単に吊るし上げ

ることが出来る。今すぐ西部に来て欲しいところだよ』


「やはりは確実なの?」


『そうだと何回も言っているだろ。既に私は秘密裏に何匹か葬っている。そういえば

お前の母親もそうらしいぞ。彼が言っていたよ』


「なっ、だから...いや、だとしたら玲が軍に入ることに拘ったのも納得できる」


『何のことか知らないが良かったな。じゃあ切るぞ。お前も上手くやれ』


「ええ」


 通話を終え、麗奈は思案に耽る。


(玲...全部1人で抱え込んでいたなんて。私からこの事を打ち明けるべきなのか。でも、あいつは完全には信用できない。そんな奴に2人を会わせることなんて。まだ、判断は早いか。私がしっかりしないと。玲にもう二度と辛い思いはさせない!)


 麗奈はそう決意し部屋を出る。


「刃!!」


 声を聞いた武藤が麗奈の下へすぐ来る。


「なんですか?」


「訓練をする。付き合え」


「いいですけど、急にどうしたんですか?」


「黙って付き合え」


「あー、はいはい」


 武藤は手慣れた感じでそう返すのであった。





 翌日、玲と優愛は朝食を食べ終え他の新兵達と共に演習場へと集まる。


「俺は教官の早川圭はやかわ けいだ。お前たち新兵はこれから1年間、私の指導の下で訓練を積んでもらう。まず今日は武器への適正を確認する。各自そこに用意してある片手剣・大剣・ハンドガン・ライフル・マシンガンを試しに使い自分にあった物を各自報告してくれ。それを数日後に支給する予定だ。では、各自取りかかれ!!」


 早川の言葉に従い皆が武器の試用を開始する。2人も行こうとするが早川に引き止められる。2人だけでなく、同じ特殊隊員である湊谷達も引き止められていた。


「お前達には特注の専用武器が与えられる。自信の能力も考慮して要望を教えてくれ」


「僕は何でもいいです」  


「殴る時邪魔にならない物で」 


「強度の高い短刀がいいですかね」


 湊谷・天舞・鍬野が各々自由に要望を言う。


「九十九と小倉は?」


「俺は姉さんから貰ったのがあるので要らないです」


「私は...出来れば両手が空いたまま使えるやつがいいです」


「了解した。それを開発部門に伝えておく。君達の能力に合った物が作られるだろうから楽しみにしといてくれ」


 早川はそう言って他の人達の指導へと向かっていく。


「玲、私どんなのが来るのかな? というかいつの間に武器貰ってたの?」


「ああ。『護身用に持ってたほうが良い』って言って4年前に置いてってくれた」


「そうなの!? そんなの持ってるの見たことないけど...?」


「後で見せてやるよ」


 2人が話している所に湊谷が入り込んでくる。


「ねえ、君ってさあ何で能力を隠してるの?」


「何でだろうな」


「僕はさ、普通の人より耳が良いんだけど君からは何故か複数の音がしてくる。体の

中になんか入れてんの?」


「体の中じゃないさ」


「は? どういう意味かな?」


「そんなことよりせっかくですし軽く闘いません? 今、暇じゃないですか?」


 場の空気を読まずに天舞があっけらかんと4人に対して言う。


「俺は構わない」  「僕も別にいいけどさ」


 鍬野と湊谷が問いかけに対して即答する。


「当然君達もやるよね?」


「え、私はパスかな。戦闘あんまり得意じゃないもん。玲はどうするの?」


「何でもいい」


「じゃあ決まりですね!! 始めましょう!!」


 天舞はそう言い終わると同時に玲との距離を詰め腹部めがけて拳を放つ。玲は一瞬

対応が遅れ後方へ飛ばされる。


「ちっ」


「君が一番強そうですよね。僕は強い人と戦うのが大好きなんですよ。それで色々問題起こしちゃって、そのせいで父さんに東部に行かされましたけど」


 満面の笑顔でそう言う。


「俺も君の事は気になっていた。本当に5級に相当する実力があるのかがな。〝加速力アクセレーション〟」


 鍬野がスピードを上げて凄まじい勢いで玲に迫る。しかし、迫ってきたタイミング

に合わせて躊躇せず玲は蹴りを入れる。そのまま、天舞とも拳を交える。


「はあ、勝手に始めちゃってさ。僕の事を忘れないでくれるかなあ?」


 そう言って湊谷は首に掛けていたヘッドホンを装着する。


「〝音撃破おんげきは〟!!」


 周囲に尋常ではない大きさの音が鳴り響き、周囲の人間もろとも強い音の圧力が掛けられていく。


「馬鹿者!! 何をやっている!!」


 程なくして早川が顔を真っ赤にしながら4人に対して叫ぶ。


「こんな場で能力を安易に使用するな!! いずれそういう場は設ける。それまでは我慢していろ!!」


 早川は怒るだけ怒ってまた戻っていく。場には気まずい空気が流れる。


「怒られちゃったね、玲」


「俺は一方的にやられただけで悪くない」


「はいはい。それはともかく、えっと鍬野さん? あの凄い速さで進んでたのって能

力なんですか?」


「修仁と呼んでくれて構わない。さっきのは俺の能力”加減速スピーディング”の効果の一つだ。」


「へぇ、凄いね! 2人の能力は?」


「僕はよくわからないんですよね。何か色々無視して攻撃ができるみたいなんですけど。自動に発動してるのか僕の意思じゃ何も起きないんですよ」


「僕の能力は”響轟きょうごう”。詳細はそいつも言わないし僕も教えてあげない。というか君のは?」


「私の能力? えっと」


 その質問に何と答えるか戸惑い優愛は玲を引っ張って、少し3人から離れたところで小声で話しかける。


「どうしよう。自分は聞いといて言わない訳にはいかないよね? 軍長達に知られち

ゃってることだけ話せばいいかな?」


「あの3人はどうなんだ?」


「えっと、見た感じは大丈夫そうだけど」


「なら、それで良いんじゃないか?」


「うん、じゃあそうする」


 そう言って優愛は3人の下へと戻る。


「2人で何をこそこそ話してたのかな?」


「ううん、大したことじゃないよ。それで私の能力だけど”女神加護めがみのごかご”っていうの。効果を簡単に説明すると皆の魂を見ることが出来る」


「それって、見て終わりなの?」


「まあそんな感じ」


「はあ? それで5級貰ってるとかふざけてるのかな? そんなの能力無いのと一緒じゃんか」


 納得がいかないとばかりに湊谷は声を荒げる。優愛はそれに対して少しビビってしまうのだが、そこに玲が話しかけに来て助け舟を出す。


「優愛、飯食いに行こう。腹減った」


「え、勝手に行っていいの? っていうか朝ご飯食べたばっかじゃん!?」


「そいつらと居るよりはのんびり飯食う方がいいだろ」


 玲はそう言って勝手に1人で歩き始めてしまう。


「ちょっと待ってよ!!」


 優愛も慌てて玲のことを追いかける。2人が居なくなったのを見計らって湊谷が口を開く。その口調は明らかに2人に対して思う所があるようであった。


「あいつらさ何かおかしくない? 嘘ついてる音がすると思ったら、それだけじゃな

くて変な音も聞こえてくるし」


「僕はよく分かりませんけど、彼は強いみたいだからいんじゃないですか?」


「君さ、周りからよく馬鹿って言われない?」


「止めておけ。それより、その音とは何なんだ? 君にはそんな不穏な音が聞こえて

いるのか?」


「そう。僕は能力の影響で色んな事象の音を感じられる。嘘ついてる音ってのはそのままの意味で、彼女からはそういう揺らぎを含んだ音が聞こえてきた。それであの男からはずっと今まで誰からも聞いたことが無い音が沢山聞こえてくる。多分10種類だね」


「それはつまり、彼を警戒したほうが良いということか?」


「それは僕だって分からない。ただ、変な音と言っても危ない雰囲気では無かったけ

どね」


「そうか。なら、彼らとは良い関係を築きたいところだ」


「あっそ。仲良しごっこは勝手にやってて。僕は別にどうでもいい。じゃあ寝るから邪魔しないでね」


 湊谷は急に鍬野のことを突き放すようにそう言うと、独りでに端っこにあるベンチに寝転んで睡眠を始めてしまう。


(九十九も大概だったが、こいつも中々だな)


 鍬野は心の中でそんな風に思い苦笑したのであった。





 豪華で大きな円卓に並べられた椅子に、2人の女性が座っている。


「よく来たね、狂者クレイジー。呼んでから直ぐ来るなんて私の事を崇拝する気になったのかい?」


「冗談はやめていただきたい。用があるのでしょう。さっさとそれを教えてください」


「とりあえずはそうだね。君の部下を今度の小手調べに利用させてもらおうかな」


「それは構わないが何をする気ですか?」


「今後のための敵戦力の把握と対応力を見るといったところかな。私が適当に大半の

戦力を一箇所に集中させるから、手薄になった本拠地を攻めてもらいたい。それで終われば勿論いいし、逆に上手い感じにやり過ごされたら相手の強さを考え直す必要があるということになる。ま、要はその判断のための捨て駒ってことだね」


「作戦はわかりました。ですが捨て駒というのには納得できない」


「何〜、怒ってんの? 言葉の綾みたいなものじゃないか。そういう立ち回りをして

もらうって意味さ。とにかく追って指示出すからお願いね。じゃ、私は他にもすることあるから離れるよ。暫くはこの辺で待機しといてね。ばいば〜い」


 言いたい事を言うだけ言って、相手の返答を待たずに一方の女性は去っていく。


「くそっ。何故私があいつの指図を聞かなければならない!! こちらが下手に出れば好き放題いいやがって!!」


 狂者クレイジーと呼ばれた女性は1人になると悪態をつきながら机を叩く。そ

の威力でヒビが入り、やがて机はバラバラになる。


「いや、まあいい。様子を見ているのはこちらも同じ。いずれ私達が先に向こうの支配を終えればいい話だ。いつまでも大人しく従っていると思うなよ!!」


 そう言って狂者クレイジーは高笑いするのであった。

 



 悪意が訪れはもう間近である。

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