第3話 疑惑

 時は少し流れ、翌朝。2人は明るくなったのに気が付き目を覚ます。

「おはよう、玲。よく眠れた?」

「ああ、疲れは取れた。それで、こっからどうする? 本当に幻獣は居ないのか?」

「うん。もう1回確認したけど見つからなかった」

「なら、後は時間が経つのを待つだけだな」

「いえ、その必要は有りませんよ。少し早いですが試験は終了となりました」

 突然、2人の背後から女性の声でそう告げられる。その正体は梢原であった。

「終わり? 何か問題があったのか?」

「いえ、何も。この区域における幻獣の生体反応が全て消えたので、これ以上は無駄だと判断されただけです。わかったら直ちに開始地点へと戻ってください。私はこれから防衛ラインの移行作業があるので、ここで失礼させてもらいます」

 一方的に話し終えると、梢原は2人の下を離れていく。

「なんかいかにもな真面目って感じの人だったね」

「そうだな。それじゃあ、行くとするか」

「うん」




 2人は開始地点へと到着する。始まる前から大きく数を減らして、そこには30人程が集まっていた。その者達によると既に説明を受け終えたようで、今からもう一度全員軍用車に乗せられて東京大基地へと戻されるらしい。

「いや、そこの2人は私と来てもらいたい。その他の者は速やかに車に乗ってくれ」

 その時、巴根城が皆の所へ来て玲と優愛にそう言う。周りは指示を再び受けてぞろぞろと車の方へと歩いていく。

「何故俺達は別なんだ?」

「聞きたいことがあるんだよ。そう身構えなくていい」




 時は遡り、昨日の昼。書類を渡された巴根城は信じられない思いで一杯だった。

「女はしょぼい能力で、男の方は無能力だと!? 能力無しで幻獣を殺せるなど、あの女以外で...」

「海羅、彼の名字を見て。だよ。よくある名字でもないし、これは偶然じゃないんじゃない?」

 少し前までのやる気のない口調から一転して、真面目な雰囲気で女性は返答する。

「ははっ、いつにもなく真面目な口調になったな」

「茶化さないで。本当に無能力者なら素の力は私達より上ってことになるんだよ」

「馬鹿な...そんな人間が都合よく何人も現れるものなのか...?」

「本人に聞けばよいのでは?」

「そうだね。流香の言う通りそれがいいと思う」

「わかった。なら試験終了後に接触するとしよう」




 そして、現在。巴根城は2人を連れて栃木基地まで戻る。基地内の部屋の1つに2人を案内すると、中の椅子に座って待ってろと言って部屋を後にする。

「どういうことなのかなあ? 私達なんか悪い事したっけ?」

「...」

「玲?」

「何か聞きたいことがあるのかもしれない。余計なことは答えるなよ」

書いちゃったのがバレたってこと?」

「それは分からない。だが、何かしらの疑いがなければこんな扱いはされないだろう」

「それもそっか。なら気をつけるよ」

 そんな事を2人が話していると部屋に巴根城と女性が入ってくる。その後ろには1人の男性がドア横に立って待機していた。そして、その女性の正体は――

「2人共はじめましてぇ。及川葉月おいかわ はづきでぇす」

 彼女がフレンドリーに話しかけると、2人は玲達と机を挟んで反対側の椅子にそれぞれ座る。その様子を見ながら、優愛は何やらソワソワしている。

「どうした、優愛?」

「え、えっと、あの!! 及川って言うとあの東部第2軍長の及川さんですよね!?」

「そうだよぉ」

「うそー!? 玲、超すごい人だよ!! 6人しか居ない0級の1人なんだよ!! それにその隣には第3軍長の巴根城さんまで!! こんな事ある!?」

「...会えて良かったな」

 玲は余りの優愛の熱量に少し引いているようであった。その証拠に唖然とした表情をして優愛のことを見ている。

「喜んでいるとこ申し訳ないが、本題に入らせてもらう。まず九十九玲だったか? 君が無能力というのは真実なのかな?」

「...はい」

「そうか。因みに先に言うべきだったかもしれないが、滅幻に所属するに当たって能力の隠蔽は厳しく処される。それで問題を起こした不届き者が過去に何人もいるからね。君も知っているだろう。能力を悪用した者が毎年何人いることか。そして、その者達の末路がどうなったか。それを踏まえてもう一度質問に答えてもらいたい。」

「能力は無い」

「...わかった。なら次だ、小倉優愛。君の能力は”女神加護めがみのごかご”と言い、その効果は他者の魂を見れるとの事だが真実か?」

「は、はい。真実です」

「じゃあ私から聞いてもいいかなぁ? あの白い翼は何だったのぉ?」

「え、えっと」

 優愛は声には出さないが玲に対して、どうしようと目で伝えている。少しの間の後、玲が話し始める。

「何の話ですか? 翼なんて俺は知りませんよ」

「なるほど。あくまでも白を切るわけか、まあいい。最後にだが、お前達が何かを隠そうとするのは、九十九、お前の姉が関わっているのか?」

 苛々した様子で巴根城が質問を続ける。

「姉さんのことを知っているのか?」

「知らないわけ無いじゃぁん」

「それはどういう意味だ?」

「あれぇ? もしかして伝えてもらってないのぉ?」

「おい、どういう事だ?」

「教えなぁい。あ、でも2人が全部正直に話してあげてもいいよぉ」

「全て真実を話した。問題ないだろう」

「そっちの言い分はよくわかった。聞きたいことは以上だ。ひとまず君達も東京大基地に行け。軍用機を用意させる。場所は部屋を出て右に真っ直ぐ行けば分かるはずだ」

 及川の発言に対して納得はいっていなかったが、分が悪いと判断したのか玲は優愛と部屋を退出するのであった。




「ねえ、玲。これで本当に大丈夫なの? ちょっとまずい気がしてきたんだけど。今からでも正直に話したほうがいいんじゃない?」

 部屋から少し離れた所で優愛は焦ったように言う。

「駄目だ。万が一の事を考えて奴らにも話すわけにはいかない。それよりどうだった?」

「ごめん、あっちの方が格上だからなのか全然見えなかった」

「そうか。なら尚更だ」

「玲の考えも分かるんだけどさ、一歩間違えたら重罪人になっちゃうんだよ?」

「証拠がなければ問題無い。それにしても姉さんについて何か知ってる素振りだった。姉さんは今何処で何をやっているんだ?」

「1回も連絡貰ってないんでしょ?」

「ああ。姉さんは俺が軍に入るのを嫌がってたから、それが理由だとは思う」

「そっか。まああんな事があったら、危険な目に遭わせたくないと考えちゃうかもね。あ、あれが私達が乗る軍用機なんじゃない?」

 2人が長い廊下を抜けた先に窓越しで軍用機が並んでいるのが見える。

「そうみたいだな。行こう」

「うん」




「どうだった洸二?」

 玲と優愛が居なくなった後、巴根城は後ろに控えさせていた男――天舞洸二あままい こうじに尋ねる。

「100%黒ですね。まず両方とも能力を持ってますね。ただその内容までは確認できませんでした。ですので、かなりな危険な能力の可能性があります。それと、翼についての話題が出た時の発言は嘘ですね。恐らく少女の能力でしょう」

「そこまで分かれば十分だ。後はそれを報告して司令の判断に任せるとしよう」

「それ本当に便利な能力だよねぇ。流石は名門の出といったところだねぇ」

「そこまで言って頂けるとは光栄です」


 天舞洸二の能力は”真実明瞭トゥルースクリア”という。その効果は正しい情報を相手から見抜くことが出来るというものであった。その効果は多種に渡って発動し、相手の発言や行動に対してその意図を解明したり、今のように相手の能力を見分けるような使い方も可能であった。


「しかし、あの反応を見るとやはりあの女の弟のようだったな」

「そうみたいですね。となると、姉弟仲がどれほどかで厄介さが変わってきますね」

「ああ、とても仲が良いとかだったら正直最悪だ」

「でもぉ、連絡は取り合ってなさそうな感じだったしぃ、心配しなくても大丈夫なんじゃなぁい?」

「どうだか。まあ、どの道彼らは何かしらの形で罰せられる事にはなるだろうな」

「ですね。では我々も東京大基地に戻りましょう」

「ああ、そうしよう。それと、私の代わりに司令にさっきの内容を伝えておいてくれないか?」

「了解です」

「葉月、お前も一緒に行くか?」

「ううん。流香を待つからさっき言ってていいよぉ」

「わかった。じゃあ後で」

「はぁい」

 こうしてこの3名もそれぞれ行動を始めるのであった




 幻獣防衛ラインの直ぐ側に作られた最前線基地の1つである長野軍基地にて。

 服の上からでも分かるほど体を鍛え上げた男――武藤刃むとう じんが基地内の一室のドアをノックする。

「空いている。要件は何だ?」

 部屋の中から女性の声がする。

「失礼します。先程、入隊試験が終わったので入隊式に来いとの連絡がありました。準備をお願いします」

 部屋に入りながら武藤は中の女性に伝える。女性はベッドの上で座りながら顔を見上げて天井を見つめていた。

「...行かない」

「そうはいきませんよ。立場というものがありますから。それに弟くんが今年は受けているのでしょう?」

「え、玲が!?」

「昨日に資料渡したじゃないですか。見てないんですか?」

「そういうのは私の仕事じゃない。それより今の話は本当なの?」

「ええ。合格したのかどうかは向こうに行かないと確認は取れませんが」

「どういうこと? 玲が死んでいるとでもいうの?」

「い、いえ、決してそういう意味では」

「次そういうこと言ったら斬るから」

 女性は横に置いていた長刀に手をかけ、武藤に対して威圧するように言う。そう、この女性こそが九十九玲の実姉であり東部1軍長かつ0級でもある、九十九麗奈つくも れいなであった。麗奈は玲によく似た端正な顔立ちをしており、腰まで伸びている長い髪は綺麗な銀色に染められていた。



 滅幻に所属する者には戦闘員・非戦闘員にかかわらず原則1〜10の階級が与えられる。ただ、多くの者は6〜10級の階級である。それは5級以上の者には指揮権が与えられるからである。指揮権は名前の通りの権限であり、基本的に軍事行動時などの職務中は階級が下の者は上の者から受けた指示に逆らうことは軍律で禁じられている。そのため5級以上を与えられるには強さだけではなく、統率力や判断力などの多種多様な能力を求められ、戦場では指揮官として戦闘だけでなく現場の統率も行う必要がある。そして3級以上からは現軍長に模擬試合を挑み勝利することでその座を奪う事が認められている。これが示すのは、3級以上とそれ以下では隔絶した力の差があるということである。具体的な物差しとなるのが、上級幻獣を単独撃破できるか否かである。

 そして、それ以上の存在、すなわち特等幻獣の単独撃破を成し遂げた者またはそれ相当の能力を見込まれる者のみに与えられる階級、それが0級である。現在の0級の所持者は麗奈を含めて6名、そのうち特等幻獣の討伐に成功した者は麗奈ともう1名のみであった。

 ちなみに軍長というのはその名の通り各軍における最高指揮官であり、東西南北それぞれに4人存在している。各軍長には5級以上の者を自軍に勧誘する権利を持っており、それに加えて6級以下の兵が同数割り当てられる。そして、それらの人員を用いて最前線の基地にて防衛を行っているのであった。また、立場的に軍長の上に立つのが司令であった。ただ、司令は第1軍長より強いことが条件ではなく、全軍を任せられるという信用がある者が隊員達によって推薦され、その中から投票によって選ばれる。そのため大抵は司令よりも第1軍長の方が強い場合が多いが、軍律では司令の命令は基本的に絶対であると定められているのであった。



「それでは行くということでいいですよね?」

「当たり前だ。早く準備しろ。今なら玲の入隊を止めれる」

「そんな自分勝手な。あれ?いや、待ってくださいよ」

 指示に従って部屋を出ようとした武藤であったが、何かを思いついたのか突如立ち止まる。

「なんだ?」

「いえ、以前言ってましたけど弟くんに危険な目に遭ってほしくないから軍に入れたくないんですよね」

「だから?」

「それと、弟くんとずっと一緒に居たいと言ってた時もありましたよね」

「それが何なんだ! さっさと部屋から出ていけ!」

 痺れを切らした麗奈が武藤に対して怒りを露わにする。麗奈は普通の人よりも少し短気な性格なのだ。

「違うんですよ。それなら、入隊式で指名勧誘すればいいじゃないですか。そうしたら基地に来て貰う事も出来たような気がしましたし、そうすれば危険な任務には出さないように軍長が調整出来るじゃないですか」

「なっ、そんな手があったか。玲の決意が固かったらそうしよう。たまには役に立つのだな、お前も」

「相変わらずひどい言い様ですね。まあいいですけど。では、準備してきます」




 麗奈が準備を始めた頃、玲と優愛の2人は東京大軍基地に丁度到着していた。しかし、降機時に入隊式の開始までまだ1時間以上かかるため式開始まで自由にしていいと言われた2人は、現在基地内を色々と散策していたのであった。

「優愛、見ろ。あんなに広いジムがあるぞ。しかも全ての器具がちゃんと揃っている。上の階にはプールもあると書いてあるぞ」

「いつにもまして、嬉しそうだね。でも、こんなに大きくてきれいな場所だと思ってなかった。他の施設も色々充実してるし」

「ああ。ここなら毎日トレーニングが出来る」

「玲はそればっかりだね。もっと他に言うことは無いの?」

 脳筋思考な玲に呆れて、優愛はジト目で見ながらそう言う。

「さてと、のんびりだったけど一通り見終わったよね。それにもう着いてから1時間ぐらい経ってるよね?」

「そうかもな」

「じゃあ、そろそろ行こっか」

「そうだな」

 その時、前から2人組が口論をしている声が聞こえてくる。

「何であんな事したんですか!? あそこまでやったら軍長が悪いみたいになっちゃうでしょ!!」

「はあ? あいつが生意気なこと言うからだろ。私が上官だから問題ないはずだ」

「だとしてもですよ。ただでさえ、目付けられてるんですから。毎回それの対応するの私なんですよ!! いい加減怒りますからね?」

「ならばいつでも鞍替えしていいぞ。私はお前に未練はない」

「流石にあんまりじゃないですか!? おや、君たちもう入隊式始まるぞ。そろそろ向かっとくんだ」

「はーい、わかってま――って、えっ、あれ? 麗奈お姉ちゃん!?」

「えっ、知り合いですか、軍長?」

「うん? その声、まさか、優愛か? って、玲!!」

「姉さん!?」

 口論していた2人の正体は麗奈と武藤だったのだ。長い間、離れ離れであった姉弟が今ここで再会したのであった。

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