第2話 敵中

「それで優愛、幻獣はどこにいる?」

 侵略区域に入ると、直ぐに玲は優愛へと尋ねる。

「本当にやるの?何もわざわざそんな事しなくたっていいじゃん」

 げんなりとした様子で優愛は玲に言う。しかし、そんな優愛に対して返答をせずに玲は無言で歩く速度を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!! 教える、教えるからさ!! 置いてかないでよ!!」

「で、どこだ?」

「えっとね。ここから近くだと...あっちだね」

 そう言って優愛は右方向を指差す。

「よし、行くぞ」

「はいはい。わかったけど、お願いだから1人で行かないで」

「なら掴まれ」

「え? ちょっ!?」

 玲は優愛を抱え込むと幻獣の方向目指して全力疾走を始める。

(本当に勝手が過ぎるよ...まあ、良いんだけどさ...)

 優愛は諦めの境地へと至り、もはや抗う気力も無くなっていた。そんな事に気付きもしない玲は、暫く走っていると森を抜け開けた場所へと出る。そこはほとんど何も無いように思えたが、所々に建物の跡のようなものがあり地面も舗装されている部分が残っていた。

「元々街だった場所か。それで、幻獣はここらへんにいるんじゃないのか?」

「うん、この辺だと思うんだけど。って、玲!! 後ろ!!」

 優愛が叫ぶより早く玲は危険を察知する。建物の残骸の中に幻獣が潜んでいたのだ。玲は振り下ろされる爪を躱し、優愛を抱えて距離を取る。しかし2人が気づかないうちに、いつの間にか12体の幻獣が周りを囲っていた。いずれの幻獣も2人より遥かに大きな体をしており、その視線は完全に2人を餌として認識しているようであった。

「動かない魂がこの辺に見えるなあ、って思ってたんだけど隠れてたんだね。それよりも援護はいる?」

「いや、こいつら全員下等幻獣だ。俺1人で十分」



 幻獣はその強さにより大まかに区分がなされている。特等・上等・中等・下等の4つである。

 ・下等幻獣…体長2〜4メートルの巨体。四足歩行で獣のような姿をしており、知性は一切なく本能のままに人間を襲う。最も現れることが多く、馬力は高いが現在の技術により砲撃で葬ることが可能である。


 ・中等幻獣…大きさは人間ほどで二足歩行だが姿は下等幻獣とあまり大差ない。多くの場合下等幻獣を引き連れて現れ、それらを指揮する程の知恵を兼ね備えている。強さも頑丈さも上がっており、砲撃が致命傷とはならない。並の隊員1人での撃破は不可能。


 ・上等幻獣…人型であり、少し違いは見えるもののほとんど人間と同じ見た目をしている。人語を理解し会話が可能であり、何かしらの能力を一つ持っている。それ故なのかほとんど現れることはなく、稀に出現すると災厄を撒き散らす。強さは中等幻獣と比べても桁違いであり、軍長レベルの人間でなければ1人で倒すことは非常に困難。


 そして、現在に至るまでに記録上では数十体しか出現していない幻獣、それが特等幻獣である。奴らの見た目はほぼ完全に人間であったり、異形な見た目をした人型であったりと様々で、更に流暢に言葉を話し意思疎通が行える。加えて、上等幻獣との何よりの違いが ””名持ち”” であることであった。その能力は絶大であり、基地を単独で壊滅させることが可能なほどの強さを持つ。そして、今まで出現した特等のうち3体は討伐が成功せず、相手が帰るのを待つまで破壊行為を見ることしかできなかった。その3体の名はそれぞれ、羅鵲らじゃく蠱赫こかく魔鬼まきである。記録によると、

 羅鵲…髪が白と黒の半々で染まっており、背中からは悪魔と天使のような翼がそれぞれ1つ生えている。現在までに3回出現が確認されており直近では5年前である。


 蠱赫…全身が外骨格で覆われ、昆虫のような見た目をした人型。頭部からは3本の角が生えており、3本の長い尾を持っている。出現は7回確認されており、その度に侵略区域が拡大されている。加えて、他とは異なる虫型の幻獣を率いており、それらも非常に厄介な存在となっている。


 魔鬼…その名の通り鬼のような見た目をしており、角が2本生え身長は2メートルはある。巨大な太刀を所持しており、凄まじいパワーを携えている。出現は1回のみだが、当時の軍長の内10人が奴の手によって殺された。



(私は空気、私は空気。どうか気付かれませんように)

 優愛はそんな事を心の中で願いながら目の前で起きている戦闘を見守っていた。

(はあ。もはや私のことなんて玲の頭からは忘れ去られてるんだろうなあ。全く、私のこと守ってくれるんじゃなかったの?)

 そんな優愛の心情など知る由もない玲は、久々の戦闘に心が高まっていた。今また1体幻獣が倒れ伏す。

 玲の戦闘スタイルは徒手空拳を我流に昇華したものであった。迫りくる幻獣の攻撃を華麗に躱し、手刀でその巨体を貫く。背後から襲いかかってくる幻獣には回し蹴りをお見舞いし、頭部を吹っ飛ばす。気付けばあっという間に周りは幻獣の死体だけになっていた。

「終わりか」

「装備無しで下等とタイマン張れるなんて強くなりすぎじゃない? 武器いらないって言ってた時は正気なのって思ってたけど、確かに有っても邪魔だったね」

「ああ」

 優愛の言う通り、ここに入る前の武器配布時に玲は必要ないと一蹴していたのだ。ちなみに優愛は最初から戦う気が無かったため、同様に何も持っておらず戦闘服すら着ていない。

「さて次だ。どこへ行けばいい?」

「待って、待って。1回休もうよ」

「何で?」

「だってここで一晩過ごさなきゃなんだよ? 今休んで夜に活動したほうが良くない? 幻獣いる中で暗い時にゆっくり休んでらんないだろうしさ」

「...それもそうか。ならそうしよう」

 玲は大人しくそう言うと、座り込んで瓦礫にもたれ掛かる。それを見て優愛も隣に座って休むのであった。




「海羅、見てみてぇ。あの2人まだ始まったばかりで余裕そうに休んじゃってるよぉ。それに何体か下等を殺してるみたいだしぃ、期待できるんじゃなぁい?」

「この状況下で合理的な判断が出来るとは素晴らしいな。是非私の軍に入って欲しいものだ」

 女性の言葉を聞き、巴根城は玲と優愛の姿を見てそう言うのであった。

「2人であれほどの数の幻獣を殺せるとは中々の能力者だろう。受験者達の情報書類に目を通せばよかったよ」

「確かにねぇ。流香、それ持ってたりするぅ?」

 女性は少し離れた所に控えていた細身で長身の女性――梢原流香こずえはら るかに声を掛ける。

「ええ、持っています。どうぞ、お目通しを」

 梢原は淡々とそう言いながら書類を手渡す。すると、用は済んだとばかりに直ぐに元の立ち位置へと戻ってしまう。

「相変わらずお前のとこの副軍長はそっけないな」

 巴根城が笑いながらそう言うと、

「職務中ですから。公私を弁えているのみです」

 と、すかさず梢原は訂正を入れる。

「よく言うよねぇ。いつもそんな感じのくせにぃ」

「まあいい。さてと、彼の情報は...なっ!!」

「うそぉ...」

 書類を見た2人は玲についての情報を知って驚愕するのであった。




 時刻は夜。辺りが完全に暗くなった事を確認し、玲は起き上がる。

「優愛、もう十分夜と言えるだろう。幻獣討伐に行くぞ」

「は~い。こっからさっきと反対の森に5体いるはずだよ」

「わかった」

 その言葉を聞くと直ぐ玲はその方向へとどんどん歩いて行ってしまう。

「ちょっと!! 置いてかないでって何回も言ってるじゃん!! 暗いとこに1人にするなんて一番最低だよ!!」

 優愛が少し怒りを表して猛抗議するが、当の本人は知らぬ顔であった。悪びれる表情など一切見せず、それが当たり前じゃないのかという風に優愛のことを見つめる。

「ねえ、全然悪いと思ってないでしょ」

「優愛は能力で俺の位置がいつでも分かるんじゃないのか?」

「そういう問題じゃない!! とにかく、置いてくなら教えてあげないからね」

「悪かったよ。一緒に行こう」

 そう言って玲は先程よりか遅いペースで歩いていく。5分程歩いていると森の中から誰かの呻き声が聞こえてくる。

「誰かいるのか?」

 玲が何も見えない闇に向けてそう言うと、足元から少し離れた地面からかすかな声がしてくる。

「逃、げろ。もう、何人も、あいつら、に、殺さ、れた」

 声の正体は同じ受験者のようであった。その上半身には大きな引っかき傷があり、そこから血が流れている。

「優愛、救えそうか?」

「ううん、無理。傷を塞ぐのは流石に私でも出来ないから」

「そうか。それでそいつらは何処にいる?」

「...」

 玲が尋ねるが返答は無い。優愛が彼の下に駆け寄るが、

「玲、もう死んでる」

 俯きながらそう小さく答えるのであった。

「...わかった。夜目が効いてきたから分かるがこいつだけじゃない。周りに何人もの死体が転がってる」

「そっか...」

 しかし、玲はここで何かに気がついたのか少し焦って優愛に言う。

「おい、幻獣はこの辺にいるんじゃなかったのか?」

「え? そう言われれば確かに。ここにいるはずだったんだけどなあ。見間違えたのかな?」

「そもそも静か過ぎないか? 俺はこの森に入ってから一度も銃声を聞いていない。そうなると、こいつらはそんな間もなく殺されたということだろ?」

「そうなるね。隠れてても私には見えるはずなんだけど...あっ、上!!」

 話しながらおもむろに空を見上げた優愛がそう叫ぶ。その瞬間木々の上から大量の幻獣が降り注ぐ。

「優愛!!」

「わかってるって!! 〝女神めがみ守護しゅご〟!!」

 優愛がそう唱えると、巨大な白い翼が優愛の背中から生え2人の事を囲む。すると、降ってくる幻獣による衝撃が全て吸収されていく。

「ふー、危ないとこだったね。それで、こっからどうするの? 下等幻獣が木に登るなんて知恵をつけてる訳無いし、これ絶対いるよね?」

「ああいるな、中等が。それにしてもこの巨体で木の上に潜んでいるとは思いもしなかった」

「それより、もうそろそろ限界かも!!」

 外では数十体の幻獣が爪を立てて翼を攻撃し続けている。

「もう少し耐えてくれ。今考えてる」

 優愛が焦っている中、玲は冷静に何かを考えているようであった。

「ちょっ、もう無理!!」

 翼がバラバラの羽根となって散っていく。刹那、玲が優愛を抱えて跳躍し、更に枝を使って上空へと森から抜ける。そして、そのままの勢いで平地まで落下していく。

「優愛、力を振り絞ってくれ。じゃないと死ぬ」

「えー!? 嘘でしょ!? お願い、〝女神・守護〟!!」

 慌てて優愛が詠唱すると先程よりも一回り以上小さい翼が召喚され、そして地面へと着陸する。

「いった〜い!!」

「痛いで済んで良かったな」

「良くないよ!! 一歩間違えたら私達ぺちゃんこだったんだよ!?」

「ああ、わかってるよ。それより上手く惹きつけられた」

 騒いでいる優愛を尻目に玲は立ち上がって森の方をじっと見つめる。それほど時が経たずに沢山の下等幻獣が森から現れるが、その中の1体の背中に小さな影が乗っていた。それは下等幻獣をそのまま小さくしなような姿をしたもの――中等幻獣であった。玲はそれを確認すると一直線に駆け抜ける。

「無駄に知恵をつければ勝てると思ってるのか? だとしたら間抜けだな」

 中等幻獣の下まで距離を詰めた玲は煽るように言うと、攻撃の間も与えずに踵落としで下の下等幻獣ごと粉砕する。そして、指揮官を失った下等幻獣が一斉に襲いかかってはくるが、日中時と同様に一方的に玲によって狩られていく。玲は10分程で全てを殺し終えると、優愛の下へと駆け寄る。

「大丈夫そうか? あれは悪かったと思ってる。ごめんな」

「な、なにそれ、急に真剣に謝るなんてズルいじゃんか」

 優愛が少し照れた顔でそう言うが、その姿を見て安心したのか、

「それでまだこの辺に幻獣はいるか?」

 と、無神経に玲は聞くのであった。

「はあ? 全然反省してないじゃんか!! 謝れば許されると思ってんでしょ!?」

「反省はした。もう無理にお前を使わないよ。とりあえず俺に幻獣の場所を教えてくれればいい。とりあえずここで休んでていいから」

「だ、か、ら。1人にしないでって言ったじゃん!! もう、玲は本当そういうとこだよ。ちょっと休めば私も動けると思うから、それまで待ってて」

「わかった」

「それで、幻獣だけど...あれ? もう居なくない? 人間の魂は何個か見当たるんだけど。玲が全部殺しちゃったんじゃない?」

「...」

 それを聞いて玲は何も言わずに不服そうな顔をする。

「なにその顔。無いもんはしょうがないじゃん」

「まあいい。なら寝る」

「何々、不貞腐れちゃった? ねえねえ、答えてよ」

 座りこんでしまった玲に優愛が茶化すようにしつこく言うが、それをガン無視して玲は眠りへとつく。それを見て面白くなさそうにしながら優愛もまた眠りへとつくのであった。




「ありゃ、この前新しく置いた駒がもう壊されちゃってんじゃん」

 沢山の駒が置かれた日本地図を前に、豪華な椅子に座った女性がそう独り言を言っている。並ばれた駒の中には一箇所だけ倒れている場所がある。

「ま、別にいっか。それは直ぐに取り返せるわけだし。それよりも、そろそろ頃合いだと思うんだよね。さてと、誰かいるー?」

「いかがなされましたでしょうか?」

 メイド服を着た女性が影からひっそりと現れる。

「ここに皆を集めてほしいんだよね。名付けた子達だけじゃなくて、そうだな、できる限り全員に声を掛けて。作戦会議ってやつをしたいんだ」

「承知いたしました。直ちに行動に移ります」

「うん。さあて、こっからは本格的にを始めよっか」



 人類の活動の裏で大きな悪意が動き始める。

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