幻界侵々

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第1話 開始

 今から何千年も前から、ここ日本では異形種が出没していた。人類はそれらのことを纏めて幻獣げんじゅうと名付けた。そして、現在日本の国土の3分の1が侵略され、幻獣達の住処となってしまっている。幻獣については謎が多く、わかっているのは”幻門ファントムゲイト”と呼ばれる特殊な扉から出現すること、そして個体によって強さや見た目がそれぞれ異なるということである。ただ、扉の先がどうなっているのか、加えてそもそも日本にだけ幻獣が現れるのは何故なのかは今に至るまで判明していない。

 人類はこの幻獣による侵略に対抗すべく、対幻獣防衛組織”滅幻めつげん”を設立した。江戸時代に幕府が組織したものが大本となっており、現在は東京・大阪・仙台・福岡に大基地を造り、また、各地にも基地を点在させ残りの国土を守るための防衛線を築いていた。組織は全国から熱意ある者や有能な人材を集め、対幻獣軍と対幻獣用兵器開発部門の2つに適材適所で振り分けていた。対幻獣軍は総司令を頂点とした4つの大基地を拠点とする軍隊であり、それぞれの軍でも司令をトップとして4人の軍長がその下を束ねる形を取っている。また、対幻獣用兵器開発部門はそれぞれの大基地に設立されている研究所にて、開発部門長を中心に日々兵器を開発している。そのため滅幻は高い戦闘力と技術力を誇っており、ここ数十年は幻獣と一進一退の攻防戦を繰り広げているのであった。

 加えて人類の対抗手段として”能力者のうりょくしゃ”という存在もあった。能力者とはその名の通りいずれかの異能力を所持しており、幻獣と対等に戦い合える非常に大切な戦力であった。能力は約100万人に1人という割合で発現し、先天的な場合もあれば後天的な場合もあった。同じ能力の者が同時に2人存在する事は無いが、過去の記録からかつての能力者の能力が現在の人間に引き継がれているという事がわかっている。また、能力者は稀有な存在であるのだが、三大名家と呼ばれる天舞あままい九条くじょう錦華きんかの3つの家系は代々多くの能力者を輩出しており、滅幻結成時から現在まで常に大きな影響力を持っているのであった。





 熱い、苦しい。どうしてこんな辛い目に遭ってるんだ。そうだ、母さんと父さんに姉さんは何処?

「玲!! 早く逃げるよ!!」

「姉さん...? でも、まだ母さんと父さんがいないよ」

「もう2人はいないの。ごめん、私がもっと強かったら」

 何で姉さんは泣きながらそんな事を言うんだ。そもそも家が燃えているのも何故なんだ。

「全部あいつが悪いから。とにかくこの街からは離れよう」

「そんな」

 家が燃えちゃっただけじゃないか。外はいつもの風景で皆いつも通りの生活をしてるはず...そうだよ、扉を開ければ直ぐにわかるじゃないか...

「姉さん...」

 そんな、隣の家も近くの商店街もボロボロになって燃えてる。どうして...ああ、そうだった。忘れたかったんだ。俺のせいでこうなった事を。

「ごめんなさい...あの時...」

「違う!! 玲は悪くない。こんな事をしたのはあいつ。あなたのせいなんかじゃない!!」

「でも...」

「考えなくていい。絶対に私があなたを守るから。とにかく行こう」

 俺が選択を間違えなかったから、母さんも父さんも死なずに...全部、俺が...




「はっ、はあ。また、同じ夢か...」

 青年――九十九玲つくも れいは最悪な朝の迎え方をする。整った顔の頬には一筋の涙が流れ、気分は最悪であった。その時、部屋の扉がノックされ、部屋の外からは女性の声が聞こえてくる。

「玲? 起きてる? 早くしないと遅れちゃうよ!!」

「ああ、わかってる。先に朝ご飯を食べててくれ」

「はいは~い。玲も早くしてね。」

 玲は涙を拭くと、ベッドから起き上がり着替えを手早く終えて1階のダイニングへと向かう。

「おはよう、玲。もう朝食はできてるぞ」

「おはようございます」

「どんどん食べて、直ぐに行こうね。私はもう荷物も準備し終えているから」

 先程の声の主――小倉優愛こくら ゆあは急かすように玲へとそう言う。

「わかってるよ」

「優愛、本当に軍に入るつもりなの? 何かあってからじゃ遅いのよ」

 キッチンに居た優愛の母親が心配そうに尋ねる。

「そうだ。玲もそうだが、何も無理をする必要はないからな。世間では滅幻への入隊が国民の努めのように謳われているが、そんな事は全く考えなくていいんだぞ?」

 父親も重ねて、諭すように2人へと言う。

「何回も言ったじゃん。私は玲の手助けをしたいの。それに危険な時は玲が守ってくれるもんね?」

「ああ」

「全くあなたという子は本当に」

「玲、どうか優愛を頼むぞ」

「勿論です。絶対に死なせたりはしません」

「ああ、ありがとう。それと、自分の身も大切にしてくれ」

「...はい」



 

 朝食を食べ終えて準備を済ませた2人は、家を後にすると東京大基地へと歩いて向かう。しばらく歩いていると、優愛がウキウキな様子で話し始める。

「やっと滅幻に入隊できるんだね。私この日が楽しみ過ぎて最近は全然眠れなかったんだよ。玲も嬉しいでしょ?」

「...ああ」

 玲は優愛の問いかけに力無く答える。

「あれ? 元気ないけど大丈夫?」

「大丈夫。気にしなくていい」

「そうなの? あ、そういえば麗奈れいなお姉ちゃんにも会えるかな?」

「姉さんのことだから直ぐに会いに来てくれると思う」

「そうなると、お姉ちゃんにお願いしたらに会いに行けるのかな?」

「どうだろうな。入隊するまではわからない。姉さんの性格じゃ知り合いかどうかも怪しいからな」

「確かに。まあ、まだ考えるには早すぎかな」

「そうだな。とりあえず入隊試験を超えるのが先だ」

「試験って難しいのかな?」

「さあ。始まるまではなんとも言えない」




 しばらくして2人は東京大基地へと到着する。滅幻は毎年4月に15歳以上の軍または開発部門に所属を希望する者を各大基地で召集する。そして、軍所属希望者に対しては入隊試験が行われるのだ。

「すごい人の数だよ! 少し前までは全然人気がなかったはずなのにさ」

「待遇が良くなったからな。それに幻獣の被害は年々増えてるし、俺みたいな奴が幻獣への恨みで参加しているのかもしれない」

 2人が基地内でそんな事を話していると、アナウンスが響き渡る。

「「 軍所属希望の者は演習場に速やかに集まれ!! 繰り返す、軍所属希望の者は演習場に速やかに集まれ!! 」」

「だってよ、玲」

「行こうか、優愛」




 演習場には既に多くの人が整列して待っていた。2人もその列に加わっていると、暫くして全員がここに集まったのを見計らってか、正面の壇上に高身長な長髪の男が立つ。

「私は今回の入隊試験を担当する東部第3軍長の巴根城海羅はねしろ かいらだ。無駄話は嫌いなので早速説明をするが、試験は単純だ。今から君達にはここからそう遠くない幻獣侵略区域に入ってもらう。そこで1日生き残れば合格だ。勿論、こちらも戦闘服と武器は支給する。以上が試験内容だ。質問等は受け付けない。わかったら用意してある軍用車に乗ってさっさと行ってくれ。では解散とする」

 巴根城は言うべき事を全て言い終えると、場内がざわついていることを気にもせず何処かへと行ってしまう。

「ねえねえ玲、これって結構過酷な試験じゃない? まだ幻獣に遭ったことすらない人だっているだろうに」

「恐らく選別だな。足手まといは軍に必要無いという事だろう」

「何だかひどいね。広告には”熱意あるものは誰でも歓迎”、って書いてあったのに」

 玲とは対照的に、優愛はこの試験内容に釈然としていない様子であった。

「だが深く考えたってしょうがないだろう」

「それはそうなんだけどさ。まあ、いっか。それより私達も早く行った方が良いよね?」

 優愛は周りが行動し始めていることを確認してそう言う。玲もそれを聞き周りを見渡すと、優愛の問いかけに答える。

「そうだな。行くとしよう」




 2人は基地前に停まっている軍用車へと乗り込んだ。最後の人だったのか、2人が入ると直ぐ車は発車する。2人が座る場所を探していると、見知らぬ男性から声を掛けられる。

「ん? まだ若えのにお前ら軍隊希望か? 珍しいな。さては能力持ちか?」

 周囲も声こそ掛けないが、物珍しそうな目で2人を見ている。軍所属の風潮が高まっているとはいえ、いきなり15歳から所属を希望する者はそこまで多くないのだ。

「えっと、私は...」

 優愛が言い淀んでいると、

「優愛、話しすぎるなよ」

 と、玲は小声で優愛に向かってそう言う。

「うん、わかってる」

 優愛も小声でそう返すと、

「私は能力で魂を見ることが出来るんです。魂にはそれぞれ色があるんですけど、その色が何を表しているかはよくわかって無いです」

 男に対して自分の能力を説明する。

「なんだそりゃ。せっかく能力があってもそれじゃあ何の役にも立たねえじゃねえか。兄さんの方はどうなんだ?」

「俺は無能力です。殴る蹴るだけが取り柄なので軍所属を希望しました」

「はははっ、そうかそうか。俺も無能力だがよ、腕っぷしには自信がある。他の奴らもそんな感じだろう? なあ、同志たちよ!」

 男は気分が高潮したのかそう騒ぎ立て始める。

「うるさいなぁ」

 その時、隅に座っていた少年が男に対して怒りを表してそう言う。

「なんだ? さっきは話しかけても無視だったくせによ。ちゃんと喋れるんじゃねえか」

「ねえ、おっさん。怖いのを大声出して誤魔化すくらいだったらさ、さっさと降りて帰ったら? その方が身のためだと思うよ」

「俺がビビってるだとぉ?」

「弱いやつほどよく吠えるって言うでしょ。というかさ、いい加減黙ってくれないかなぁ?」

 少年がそう凄むと男は萎縮したかのように静かになって座り込んでしまった。

「何かすごいね、あの子。というかさ、私返答間違えてないよね?」

「ああ、大丈夫だと思う。どうせここに居る半数は試験で死ぬ。あれぐらいの情報なら何も問題ないはずだ。そもそも腕っぷしだけで倒せるほど幻獣は甘くない」

「じゃああの人も?」

「あいつの言う通り、今降りたほうが賢明だろうな」

「そっか」

「着くまでまだ時間がかかるだろう。体を休めとけ」

「うん」




「玲、起きて!! やっと着いたよ!!」

 あれから熟睡していた玲であったが、優愛の声で目を覚ます。

「着いたのか。なら、行くか」

 2人が車から降りると他の車に乗っていた人たちも既に到着していた。最終的な全体の人数は2人も合わせて200人程であった。

「ここから先が侵略区域か。どうだ幻獣は見えるか?」

 玲の言う通り、目線の先には防護柵のような物が連なっていた。その奥からはどこか異様な雰囲気が漂っているようであった。

「うーん。結構遠くの方に散らばってるね。意外に直ぐは襲ってこないのかな?」

「そうかもな。だが、いずれにしろこの人数だ。直ぐに気づかれる」

「というか、すごい森みたいになってるけど。戦いにくくない?」

「元々森だったのか、それとも侵略されて長い時が経っているのか。後者ならそれなりの強さの幻獣がいるかもな」

 その時、1人の隊員が受験者達に向けて宣言する。

「これより、試験を開始とする!! 明日のこの時間に再び会える事を願っている!!」

 彼の言葉により防護柵につけられていた扉が開錠される。そして、次々と受験者達が侵略区域へと足を踏み入れていくのであった。

「よし、私達も頑張ろう。とにかく生き残ればいいだけだし、私の能力があれば戦わずに済むかもね」

「いや」

「...え? それってどういう...」

 嫌な予感がするとばかりに、恐る恐る優愛は玲に尋ねる。

「幻獣は皆殺しだ。当たり前だろ?」

「えー...」

 困惑する優愛を放置して玲は危険区域へと進んでいく。それを見て優愛も慌てて追いかけるのであった。




 危険区域から少し離れた栃木基地内にて、巴根城とラフな格好をした短髪の女性が外を見ながら話し込んでいる。

「さてと、今年は有望な人材はどれだけ居るだろうか?」

「この試験って毎年思うけどほんと最悪だよねぇ。初心者を幻獣の生息域に放り込むだなんてさぁ。いくら武器があったしても、運がよっぽどいいか強い能力を持ってないとほとんど不可能だよねぇ」

「私にも司令の考えはよくわからない。北部は全員合格にして隊員と共に即座に実戦投入で、南部は全員合格の上に3年間は訓練だけらしい。西部はこっちと同じらしいが、正直この試験は合格者を出すつもりがあるのだろうか」

「でも毎年5人くらいは合格してるしぃ、今回もそんぐらいじゃなぁい?」

「だろうな。まあ、最初から期待などしてはいないさ」

 そう行って退屈そうに巴根城は再び外を見る。今回も多くの者が命を散らすことになるだろうと憂鬱に感じながら。



 こうして入隊試験が始まるのであった。

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