再現された海賊の国

 サキは嘆いた。絶対的な強者たちに逆らってでも帰りたかった国の変わり果てた姿に絶望したのだ。


『なあサキさんよ。これがお前の愛した水の国か?』

「そんなわけないでしょ!!」


 いつも綺麗に掃除されていたはずの道は、ゴミと汚物が散乱している。

 家屋もボロボロだ。修繕を諦めたのだろう。

 活気ある笑い声も下卑たものへと変わっており、しかも発している主は髭も髪もボサボサだ。


「見なよ、快速ジジイの船」

「上物の女があんなに、お前とは大違いで品もある」

「随分と大きな口だね、切ってもっと開いてあげようか?」

「すげえ、いつかおれも、ああなりてえ!」


 見知った顔が、みんな賊に染まっている。

 元気に遊んでいたはずの子供まで、暴力に憧れを持っているではないか。


「……この娘たちを帰してあげて」

「へえ」


「ま、待って!」


 漕ぎ手に命ずる。しかし、それを止めたのはボロボロになった娘たちだ。

 どうしてと問うよりも速く、その震えた薄い手でボロボロの服をまくる。

 その背に彫られていたのは……ルドウィーンの国章。


「もう、逃げられないんです……周辺の村は、ルドウィーンの、言いなり……送り返されて、拷問されて、殺されます」

「そんなこと……っ」


 しないとは言い切れなかった。この国は変わり果てたから。


「……ルドウィーン公主の屋敷まで」

「へい」


 耐えるしかない。目的のない暴力で解決しようとしたら、かの侵略者と同じになってしまうから。

 屋敷までの時間が永遠に感じる。好奇な目で品定めする輩には、魅了の一瞥をくれてやる。


「……どうしてこんなことに」


 屋敷に着いた。壊れたはずなのに側だけは元通りだ。

 解放した奴隷を守るよう命令し、舟を降りる。庭は手入れされておらず、正門からまるで処刑場のような瘴気が漂っている。


 そして扉の先に、国を狂わせた元凶が立っていた。


「――ベルゥウウウウウウウウッッッッ!!」

「そんな大声出すなよ、はしたない」


 爆発した怒りと共にスタートを切る。

 勢いのまま拳を飛ばした……しかし。


「剣も鎧も売られているだろうに。カルタ・碇谷のように、素手で戦えるとでも思った?」


 サキの身体が消えた。と同時に、インテリアの甲冑へ閉じ込められてしまう。

 まるで空間を切り取って無理やりくっつけたかのように、接合部が肉へと食いついている。

 一方、ベルは平静を保っていた。もともと仮面で表情は分からないが、反逆者の少女から剥ぎ取った学生服を広げ、感嘆しているようだ。


「ひっ!?」

「よく織られている、それに布地も上質だ。君の鎧よりも耐久性、機能性があるんじゃないか?」

「返してよ変態!」

「是非ともサンサリアに取り入れたい。いや、この織り方をバビロニアのスタンダードにするのもアリだな……っと、ごめん。どうも時間をかけないと階層レイヤーの調整が上手くいかなくてね」

「……っ」


「こうして言葉を交わすのははじめてだね。知っているかもしれないけど、私はベル。サンサリアのコンサルタントをさせてもらっている」

「こん、さる?」

「まあ理解しなくてもいい。どうせ切り離す記憶だしね」

「……そうやってルドウィーンの皆をおかしくしたんだね」

「結果論だよ。自然の要塞のある海洋国となれば、海賊が国家産業になる可能性もあったってことだ」

「無茶苦茶でしょ!!」

「現にそうなってる」


 ベルが無機質に返す。


「元に戻してよ」

「無理。調整後は自主性に任せる契約でね、だからバックアップは取っていないんだ」

「ふざけないで!」

「至って真面目さ。現に私の手助け無しで、君はルドウィーンを支配できていたじゃないか」


「……ふざけないで」

「褒めているんだよ? 異世界の技術もなく、よくここまで発展させられたなって」

「ふざけないでよ……」

「ああ、こりゃダメだ。無限ループに入っちゃった」


 呆れたベルが、掌を前に出す。

 そして空を握るような仕草をすると同時だった。


「っ、ああぁあああ!?」

「大人しくしたほうがいいよ。そのほうが楽だから」

「やだ、やめてやめてやめて頭がぁああ!!」

「本当は構成要素データを編集するほうが楽なんだけど……またルドウィーンを再構築リビルドするのも道義に反するしね」


 公女の絶叫は秒毎に苦痛が増し、まるで獣のような断末魔へと変わってゆく。

 それと同時だった。ドォオン、と激しい地鳴りをルドウィーンを襲った。

 果たして主君に共鳴したのか。否。


「バスティノか。ウルル山脈と異世界の技術を錬金して、山脈を巨大な外殻に変えたんだとさ。君も異世界の技術をもって、よりサンサリアを発展させるといい」

「……や、だ……滅ぼしたく、ない……!」

「みんなやっていることだ。カルタ・碇谷もバスティノと戦闘中だ、つまり君を守る存在なんて居ない」


 一抹の希望も掻き消された。遅れて轟くウルル山脈の咆哮が、サキの眼を絶望で染め上げる。

 全て、ベルの掌の上。


 の筈だった。突然、屋敷が吹き飛ぶまでは。


「サキッッ!!」

「は?」


 空からカルタが降ってきた。サキは勿論、ベルも状況を理解できていない。

 そして、この隙を見逃すほど、プロゲーマーは甘くない。重力、推力を拳に乗せ、全身全霊で敵へと振り下ろす!!


「〈メガトン拳骨〉!!」

「ぐぅううっ!?」


 屋敷は全壊した。だが、とうとうベルにダメージが入った!

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