再建された海運の国
カルタが北方を滅ぼしている一方で、サキはブリターニャ山脈の麓に不時着していた。
いま、彼女は汗水流して険しい山を登っているところだ。そして足取りも老婆のように重い。
「何で、こんなに、動けないの」
『おやおや魔将さん、慣れない身体は辛いですわね?』
側で煽るように浮かんでいるのはエイルのアバターだ。
六枚の翼が生えた芋虫のような形をしており、まるでプロトタイプの大天使といった風貌をしている。言動は悪魔に近いが。
「るさいよ、死ぬ経験なんて、したことないし……!」
『普通は忘れるもんな、普通は。でもお前さんは普通じゃないんだから頑張れ、頑張れ』
羽を応援団みたいに振りながらエールを送る。が、すぐサキは頑張れなくなってしまったようで、ゴロンと山道に寝転がり。
「っ無理ぃぃ〜。お腹すいたぁぁ〜〜!」
『ワガママ言うなよ、お嬢様。早く逃げないと怖い仮面の鬼に捕まっちまうぜ?』
「そうは言ったってさ! からだ新しく作り直してお腹すいて動けないんだもん!!」
『そりゃ胃も空っぽになるしな……まあ飢餓訓練を受けてないなら当然か』
羽を顎に当てながら『雑魚め』と続けようとしたが、魔将の目の前に飛んできたのがいけなかった。
「にわとりぃぃ〜〜〜〜っ!!」
『おいやぁめろ、俺食っても不味いぞ!?』
「とりにく〜〜〜〜!!」
『だぁぁ! 榊総司令、
『却下』
『してたら俺のアバター食っちまいますよコイツ!!』
『
『乾パンと水割りブドウ酢、あとパンに合うチーズ!!』
『許可する。また無益な私語は慎むように』
瞬間、傍の草むらにドスンと宝箱が現れた。
中を開けると、なんとオーダー通りの出来立て料理が入っているではないか。
『ほらお嬢様〜〜、ご飯の時間で』
「……ます」
『は?』
急に立ち上がったかと思うと。
「ここに
『んな時間ねえっつっんだろうが!!』
結局、魂の入っていない仮の肉体では飢えた獣を止められなかった。
少女はすっかり寛ぎモードに入ってしまい、顔を輝かせ、また脚をパタパタさせながら食事を楽しんでいる。
「ん、このチーズ美味しい! それにブドウ酢も良い酸っぱさだし、口が乾かなくて済むのも最高!」
『はは、ワインのほうがよかったろうにな』
「なに言ってるの、あたしまだ十七で未成年だよ?」
『えっ、それで八罪魔将の長姉?』
「それでって酷くない……ううん、確かに実力は一番下かも」
『ラムイとガブリール、だっけ。ソイツらにも舐められてたな』
「ここ、モンスターあまり居ないでしょ」
『言われてみればそうだな』
「けっこう平和なんだよね。村も結構あって交易で栄えてるし。まあ一番大きなルドウィーンは海運が主産業だから、そこは落とさなきゃだったけど」
『平和が好きなのか?』
「好きだよ。大人の頑張ってる声や、子供の遊んでる声を聞くと、こっちもやるぞー、って張り切れるし」
『……そうかよ』
「だからこの世界も、リフェイトブレイバーみたいな作り物になってほしくない。ここで育ってきたから、ここが好きだから、どんな理由があっても滅んでほしくない」
口を拭い、奮起するよう立ち上がる。
先程とは打って変わって、瞳には決意と精気が宿っていた。
「ネオグンマは、本当にサンサリアを守ってくれるんだよね」
『どうだか。体制が変わるかもしれないんでね』
「もし敵になるんだったら、あたしは全力で反抗する。皇帝やおかーさんが居なくなったとしても、あたしがこの世界を支えてみせる」
『まあ信仰は自由だがよ。目的、忘れちゃいないだろうな』
「もちろん。まずは他の八罪魔将の撃破だよね」
ターゲットは、既に撃破したラムイとガブリール、そして一時撃破したガオーガ。
南方の砂漠を支配する、
ウルル山脈の最奥の遺跡に潜む、
誰も詳細を知らない、
そして最北端に座する銀狼皮の雪男、
『どっかの誰かが早々に食事休憩してたから、もうルフェはカルタが倒しちゃったみたいだがな』
「え嘘ぉ!? ご飯どうしてんのさ!?」
『魔法薬割り薬草スムージー』
「十秒メシはよくないよ!!」
いちおう栄養素はあり、サンサリアでは修行中の聖職者や過労気味な宮廷魔術師には愛されているためセーフらしい。
ただ食事という娯楽を犠牲にしているため、毎年精神疾患者をポコジャカ生み出しているが。
『で、そんなお前さんは一番近いバスティノを倒すんだよな?』
「……うん」
『でもそっちは反対方向だぜ』
そうプランナーが忠告するも、サキはそのまま脚を運ぼうとする。
『おいおい、相方に全て任せて祖国に帰ろうって?』
「ごめん。どうしてもルドウィーンがどうなったか確認しておきたいんだ」
『だろうな、だから言わせてもらう。今すぐ任務に戻れ』
「でも!」
『テメェが一番悲しむだけだぞ』
「……ちょっと見るだけ。そしたらすぐウルルへ向かうから」
再び歩き始めてしまった。振り返る気配もない。
『あーあ、もう知らね』
『知らないなど認められない。状況はナノドローンで監視している、それを伝えろ』
『百聞は一見にしかず、ですよ。ベルがどれだけ悪辣なことをしたのか理解させないと……この作戦は失敗すると思います』
『……仕方がない。だから武器の使用を許可したのもある』
『え、マジです?』
『碇谷、休憩は終わりだ。次のポイントはウルル山脈、バスティノ討伐後にルドウィーンでサキと合流しろ』
向こう側から「了解」との声が響いた。
しかしヴァジュラヴァーナを呼び出してしまったか。
『っておい!?』
そうポカンとして目を離した隙に、公女様は故郷に直行する渡し船へ乗り込んでいた。
山道からルドウィーンに入国するための水路で、村々との交易のため広く頑丈な作りになっている。
『急に元気になりやがって』
「一刻も無駄にできないんでしょ。この船頭さんは、ルドウィーンで一番速く荷運びができるんだから」
『それならせめてバスティノ倒してからにしろよ、カルタを南方に向かわせるプランが台無しだ』
小声でそう呟いていたが、洞窟へ入ってしまったためエイルは黙らざるを得なくなった。
そのまま船頭が入り組んだ水路を、熟練の手捌きで右へ、左へと進んでゆく。
少しでも間違えれば一生出れないだろう。天使のアバターは身を潜ませつつも感嘆していた。
「ちょっと待って」
しかしとある分岐を左に曲がったところで、サキの目が鋭くなる。
「どうしやした?」
「道を間違えてない? さっきの分岐を右に曲がらなきゃ、ルドウィーンには出ないはずでしょ」
「いいや……何も間違っちゃいませんよ、嬢ちゃん」
「ッ、ルドウィーンにあたしを知らない人はいない。あなた何者なの!?」
問いただした瞬間、船乗りの謙虚な姿勢が一変した。
「気付くのが遅かったな、嬢ちゃん?」
「ここは……奴隷を閉じ込めているの!?」
船が止まる。そこには鉄格子、そして年若い女が五名。皆飢えており、髪や肌の手入れもされていない。
「奴隷売買は認めていないはず。なるほど、水路を知り尽くしていれば兵の目も誤魔化せるってこと」
「へへっ、久々の上物だ。こりゃ高く値が」
紫宝石のようなサキの瞳に見惚れた瞬間、賊の口が止まる。
「……女の子を解放して」
「へい」
鉄格子の鍵が開く。
「ルドウィーンまで直行して」
「へい」
女性たちを乗せ、船着場から出港する。
行き先はもちろん交易の国。
「そんなわけない、だって、だって」
『ひとつ、興味深い話を聞かせてやる』
「うるさい!」
『……ある古くなった船を再建しようとしたとき、古いパーツを全て新しいパーツに取り替えたという。もはや新しい別の船じゃないかと思うが、ある者は同一の船であると言った』
しかし水路を抜けた光の先。
「……ぁあ、ぁあぁ」
『果たして国民の記憶を取り替えられたルドウィーンは、お前の愛したルドウィーンと一緒なのか?』
そこに広がっていたのは、交易が盛んな美しい国ではなく、掠奪が盛んな海賊の国だった。
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