サンサリア植民地化作戦
最短最速の絶滅認定
ここは、ホップ地方。
サンサリアの平原地帯で、様々な動物、様々な遊牧民、そしてそれらを支配する魔将軍ガオーガが棲んでいる。
「グルルルゥ」
万獣の王が腹を空かせているようだ。
さて、今回貪食の名を冠する獣が頂くのは、新たなる異世界にある、活きている肉。
溢れる涎を嗅ぎつけ、配下の四ツ脚が、怪鳥が、恐竜が集まり出す。
さあ、冒険の始まりだ。未知なる味覚を食らうべく駆け出した、次の瞬間。
「〈メガトン拳骨〉!!」
「コッ!?」
「魂は無事、腕も鈍っていないようだ」
『いえ火力は落ちてます、ちょっとだけ経験値が削られたみたいですぅ!!』
「……どうか、失われた魂に安らぎを。決して犠牲を無駄にはしない」
祈りを捧げ、再び獣の王へと向き直る。
「ひとまず異世界への侵攻は止めた。次は部位ごとの肉質、また属性ごとの抵抗力の調査」
『あー、残念ながら一撃で御臨終みたいです』
「え、脆っ」
これではゲームキャラとして使い物にならない。いま分かっているのは「頭部が弱点の見掛け倒しな雑魚」という残念なデータだけ、なのだが。
『いえ、魂ごと砕かなきゃダメですよぉ……これじゃ転生されちゃいます』
「……落下エネルギーに比例したダメージを与えるスキルだから大丈夫だと思ったけど」
『足りませんでしたねぇ』
「……以前転生した身体をそのままに空中へ転移。そのままドンしたら」
『足りませんでしたねぇ』
「……あー、うん」
もう動かない肉塊。生態系の頂点を素手で倒す化け物に、配下の猛獣たちは生存本能が極限まで働き。
「通してもらうよ」
カルタが一歩踏み出すと同時、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
道が開けた。すぐにウサギアバターのレネ越しに、司令へ状況を報告する。
「こちらカルタ。貪食のガオーガを撃破」
『確認した。肉質等のデータは未達、そのうえ敵の再転生を許すとは。力学教典の写経が必要のようだな』
「ゔっ……え、えと、サキ・ヴァルプルギスの転移地点は」
『プリターニャ山脈に転移を確認、座標データも宇佐美に転送済み。だが』
「なにか問題が?」
『今回の方式は、転生ではなく転移。魂から転移元の肉体を再構築することに慣れていなかったようだ』
榊教官から映像が転送される。
再生した瞬間、サキの甲高い『
「……」
『安司がパラシュート代わりになっている。碇谷は気にせず第二ポイントへと急行しろ』
「承知しました。カルタ・碇谷、任務を続行します」
『エイル先輩のアバター、六枚の羽の天使なんですね。関節技を決めてるみたいになってますぅ』
『写経をしたいようだな』
『すみません真面目にやりますぅ!!』
元気に漫才をしているサポート組はさておき、カルタは一刻も早くホップ地方を離れなければならなかった。
(僕が生きていることは、もうコクトーとベルにはバレているはず。だけど)
ベルの能力も万能ではない。
エイルの見立てでは、瞬間移動は発動まで時間を要するうえ、細かな座標指定までは出来ないとのことだ。
(僕を襲撃したときもそうだ。村ごと焼き払う必要はなかったはずなのに、焼き払った。それにシュウの記録でも、奴は下水道とは関係のない場所に出てから、自ら足を運んでいた)
戦犯によってプロゲーマー達の魂の形が割り出されてからシュウを襲撃するまで、一時間以上。
万能の能力であれば、即効で全滅させられたはずなのだ。それにカルタの自害も許してはいないだろう。
「〈妖精の涼風〉」
追い風で更に加速する。すでに時速百キロは超えていたが、肉体のケアをしつつ、百十、二十、三十キロと自然界の最高速を毎秒ごとに更新してゆく。
行先の方向に聳え立つのは、赤茶色に輝くウルル山脈。確か滅びたロトマンも、この中腹あたりだったか。
踏破する? 確かに越えてゆけば、その果てにルドウィーン公国があるだろう。
サキと合流するなら、そこへ向かうのが得策だ。
「そう、思わせられればいいけど」
麓に到着してすぐ、カルタは九十度右に曲がって駆け出した。
この辺りは鬱蒼とした樹海だ。陽の光も、深緑の葉たちが独占して下には殆ど届かない。
一歩蹴るたびに腐葉土が跳ねる。転ばないようにするのが精一杯だ。
だが、理不尽には無茶で対抗するべきだろう。
休憩も取らず、さらに加速することおよそ十分。
ついに森の果てへと到着し、直後、ウサギアバターが元気に跳ねて舞を踊り出す。
『報告ですぅ、ベルの転移を確認!! 場所はウルル山脈断崖地帯!!』
「よし!」
『奴は最短ルートを想定したようだが、そちらは囮のドローンだ』
「撹乱成功。本来の目的地は、ツンデラ地方の氷河地帯!」
『しかもドローンの位置から転移位置はかなりのラグがあります。直進したドローンからも離れていて、ガバガバですぅ!!』
『見晴らしの良い丘に出たようだ。しかしそこに碇谷は居ない』
これで判明した。ベルの転移能力は時間がかかる。
そして特定のポイントにしか移動できない。まるでRPGの街やダンジョンの前にワープするかのように。
『碇谷、目標地点まで百キロメートル。五分で向かえ、ベルの接敵までに間に合う』
「無茶を言ってきますね……氷雪地帯用の魔術が無かったら無理でしたよ」
既に足は魔術でコーティング済みだ。雪原へ入ると同時、空が星々とオーロラの輝く極夜へと染まっていた。
『我々は狂人である。無理も通せ』
それに総司令の命令も氷のように冷たい。
「……承知しました。それまで偵察用ナノドローンで監視をお願いします」
『問題ない、依然として対象『
『部下に異世界侵攻を任せて、自分は一人安全地帯で様子見。空のオーロラから戦利品はボトボトって……滅ぼすしかありませんねぇ』
『氷河も相当な分厚さだ。素手では無理だろう』
城塞のような氷のショーケース、その中央で座禅を組む毛深き雪男、それが魔将ルフェだ。
当然、数十キロも離れた敵対存在など気にも止めていない。なれば今が好機だろう。
「榊司令。提案してもよろしいでしょうか」
『言ってみろ』
段々とブレーキをかけて停止し、氷の大地を両脚で踏み締め。
「武器の転装を要請します」
『却下』
「時間がありません」
『リスクを考えろ。撤退は許されなくなるうえ、ベルや皇帝の手に渡ったら我々の世界も危うくなる』
「……時間がありません」
それでもカルタの意思は揺らがない。
バイタル確認。焦りの兆候あり。
『なに言ってるんですかぁ、武器は基本現地調達でしょう!?』
「サキの様子は」
『他の女のこと考えてる場合とちゃいますよねぇ!?』
とうとう完全にイカれたかとレネが絶叫する。その表情には悦楽が少々混ざっていた。
対する歴戦の総司令は、冷徹な姿勢を崩さない。しかし、放たれた命令は。
『一撃で穿て』
「今度は魂も砕きます」
『へぇ!?』
それは、サンサリアの滅亡か植民地化まで逃げられないことを意味していた。
すぐにレネの魂が居る空間に、電子化した武器が転送される。
『うわ、何ですかこれ……え、【ユニークスキル解放、対象:カルタ・碇谷】って』
『宇佐美、ステータスばかり見るな! はやく送れ!!』
『はひぃ!!』
そう。今までの魔術もスキルも、サンサリアの理の範疇で収まっていた。
カルタの圧倒的なリフェイトブレイバーの経験値から成り立っていたものだ。
【
しかし、それも終わりだ。
フゥゥゥと息を深く吐き終わると同時――カルタは氷の大地を踏み割り、輪郭のみを残す。
「接敵まで三秒、二、一」
情報が実体化し、ソレが顕になる。
触れた空気が弾け、啜り泣くように振動する。
そして。剣、斧、槌、棍……今は槍のように構えた黄金の『
【
光速に乗せ。
「
閃光と成り。
「――〈
解き放つ。
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