現実世界への帰還、そしてリスキル寸前

 現実への帰還は、まるで夢から醒めるかのようだった。


「……あ、寝る前の棺桶」


 電源をオフにしたゲーミングカプセルは、真っ暗な密閉空間になっている。

 いちおう開閉ボタンは発光しているため、サキはすぐさま脱出しようとするが。


【出るな】

「ッ!?」


 暗闇に簡潔なメッセージ。送り主はカルタだ。


「どういうこと?」

【開閉ボタンの横に、外の様子を映し出すボタンがある。それだけを押して】

「暗くてよく分かんないんだけど……ッ!?」


 そうぼやきながらも、太陽のようなマークのボタンを押した瞬間。

 映し出されたのは、未来の弩のような武器を構えた少年少女と、物騒な形状をした機械群。

 サキとカルタのゲーミングカプセルは、それらに包囲されていた。


「なにこれ、え!?」

【銃武装した学生とドローンに包囲されている。銃とドローンが何か分からないかもだけど、まあヤバい武器とヤバいモンスターって思っておいて】

「そんなヤバい状況なの!?」

【サキは異世界からこちらに来ている。訳の分からない異端分子は滅ぼすのは当然だ】

「あー……」


 合点がいった。サキだって、サンサリアを滅ぼそうとしたカルタ達と敵対している。


【僕が話をつける。サキは待機していて】

「え、流石にコレまずいでしょ!?」


 反論する暇もなく、隣のカプセルが開いてゆく。

 ギャーギャーと声を上げるが、聞こえている様子はない。そこでようやく気付いた。


「……そういやどうやって言葉を送ってたの」


 ずっとカルタは、サキの意見を予測してメッセージを送っていたのだ。

 そんな彼が、彼女を守るように学生兵達に立ち塞がり。


「ここはプライベート多目的室。定員オーバーだよ」

「ならこちらの目的も通るはずだ。違法転生者を出せ」

「だからプライベートで定員オーバーだって」


 ヂュン。銃声がカルタの脇を通り抜け、純白の棺桶を焦がす。


「暴力はダメだろ、カプセルには効かないけどさぁ!?」

「黙れ。作戦を失敗した貴様に権利などない」

「参加してもない外野のクセによく言うよ!」


 眼を三角に吊り上げギャースカ騒ぎながら、現状を観察する。


(ヘルメットに魅了防止のスモーク。なるほどね、処分する用意は周到ってこと)


 間違いなく、彼らはサキが出てきた瞬間に射殺する。確かに、この世界を守るための正解だろう。


「準備させたのはエイルか? レネにそんな権限があるとは思えないけど」

「どっちもハズレですよぉ……」

「レネ、ってエイルも拘束されてる!?」


 新たにエレベーターから出てきたのは、銃口を突きつけられて両手を背後に拘束されたプランナー達。

 いつもやかましい彼らだが、今だけは顔を青くし黙り込んでいる。

 それは何故か。最奥に立つ飾緒付きの軍服を纏った婆に、圧倒されていたから。


「さ、さかき教官、何故こちらに」


 それはカルタも例外ではない。すぐさま萎縮し、敬礼する。

 ハナ・榊。御年百十五歳、鉄血の鬼教官として教鞭を執り続けて八十年。

 積み重ね続けている筋肉や死線を潜り抜けた表情、鍛え上げてきた揺るぎなき姿勢。色の落ちた髪や顔の皺……誰もが口を揃えて畏れる、貴女こそが『生ける伝説レジェンド』と。

 気がつくと、先に部屋を制圧していた兵たちも傍に退けていた。征く道が、まるでモーセの奇跡のように開いたのだ。


「紛れ込んだ異世界ネズミを出してもらおう」

「し、しかし」

「出せ」


 たった二言、それでカルタを陥落させるには十分だった。

 萎縮する少年を尻目に、榊は異世界人の隠れるゲーム機へ、コツ、コツと歩みを進めている。


「弁解の余地は与えてやる。それともこのまま焼き殺されたいか?」


 間違いない。この婆は有言実行する。

 サキにゲーミングデバイスから出る以外の選択肢は無かった。

 瞬間、落ちていた銃口が侵入者へと向けられる。総司令は「撃つな」と手を挙げているが、いつ暴発するかも分からない。


「貴様の名と出身を告げよ」

「……サキ・ヴァルプルギス。サンサリアのコクトー地方出身」

「特殊能力は」

魅了チャーム。対象の好意的な感情をもとに心を操って、思考を読んだり操ったりできる」

「して、何が望みだ」


 部屋の空気が更に緊張する。学生兵の中には、逃げ出そうと爪先をエレベーターにゆっくり向けようとしている者も居た。

 深い皺の刻まれた老練なる狩人は、ミリ単位の嘘も許さないだろう。そして、この世界へ不利益となる存在も。


(言うな。言ったら殺される!)


 カルタは祈ることしかできなかった。しかし偽っても確実な死を迎えることも明白。

 そして、サキの出した選択は。


故郷サンサリアを守ることです」


 偽りのない純心から来る、敵対宣言だった。

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