旧き人形劇の再演(1)

 連れ去られかけた子供も無事に戻り、村には平和が戻ってきた。


「もう復興はじめるの? 休んだほうがよくない?」

「ここはサイショ村だよ!」

「いや、サイショ村だよじゃなくて」

「ここはサイショ村だよ!」


 晴れて村の英雄となったサキだが、村人は定型文しか話さず会話にならない。


「アイギス〜、みんなどうしちゃ」

『その前にちょっといいかな』

「うわ急に割り込まないでよ!?」

『どうしても聞いておきたいことがあって』


 ニュッと肩からコンニチハしてきたカルタ。

 彼の仏頂面は、いつもより真剣なように見える。


『サキから見て、このサンサリアをどう思った?』

「この世界のこと?」


『僕たちの世界は、十八年前にサンサリアを滅ぼしている。いくら他の異世界のためとはいえ、その罪が消えることはないし、忘れないように『仮想世界』という形で保全している』

「こうして追体験させるのは悪趣味極まりないと思うけど」

『そうじゃなきゃ誰からも忘れ去られるし、博物館とかで埃被るのも酷い話じゃん』


 数多の命、文化、歴史を奪っている以上、相応の責任を持たなければいけないのだ。


『だから聞かせてほしいんだ。今のサンサリアから見た感想を』

「……正直、昔の世界なんて知らないけど」


 太陽の光を右手で遮り、森の涼風を感じながら。


「ここは間違いなくサンサリアだよ。魔術や技術の基盤もそうだし、生態系だって同じ。だけど、少しだけ違う……

『っ、やっぱり』

「だからこそ、これだけは言える」


 ゆっくりと、肩のラットを両手で包む。

 そして顔の前へと持ってくると。


「きっと欠けているのは心だ。だから、こんな死者への冒涜は認めない」

『……』

「筋書き通りに動く自動人形にするなんて、絶対に認めない。サンサリアは、二度と滅ぼさせない」


 恨みと決意を込めた瞳で、侵略者へと釘を刺した。


『……そうか』


 カルタは俯いていた。思案を巡らせているのか、はたまた落ち込んでいるのか。


「さっきから一人で何はなしてるの?」

「どぅわ!?」


 そこに割り込んできたのはアイギスだ。いつも意地っ張りな彼女だが、いまは嘘みたいに萎れている。


「い、いやぁ何でもないよ?」

「もしかして、サキにだけ見える妖精さん?」

「悪魔さんじゃないかなー、あはは」

「……ほんと、悪魔と契約したみたいに強いね。サキは」

『人を何だと思ってるの?』


 サキはジトっと睨む悪魔を無視する。


「アタシ、怖かった。しっかりしなきゃって思っても、動けなかった」

「仕方ないよ。一つひとつ、だよ」

「一つひとつ……なら、お願いがあるの」

「お願い?」


「アタシ、レオフォード王国に行きたい。そこでサンサリアで一番の魔術を学びたい」


「レオフォード?」

「この世界で一番おおきな国。その……初めては友達と行きたいから」


 そのモジモジとした紅い瞳の奥には、自分の弱さを克服したいという強い信念がこもっていた。


(あたしの世界トコのバビロニアみたいな国なのかな。それなら)


 目的地としては十分だろう。


「ならさ、一緒に行く?」

「え、いいの?」

「もちろん! はじめての友達、だしね」

「っ、なら」


 アイギスが優しい嘘を信じた、そのとき。


 昼と夜が、太陽と月が反転した。


「なに、これ……ってアレ!」

『そう』


 死の星が降る。

 ゴブリン襲撃の比では無い。たった一撃で、家屋が、人が、すべて吹き飛んだ。

 立っているのは、サキとアイギス。そしてこの惨状を起こした、銀の長髪を有した魔剣士だけ。


「ヨヅル……!」

『アイギスと話すと乱入してくるんだ。勇者の噂を聞きつけた、ヤツが!』


 ヨヅルは伏していた瞼を開け、冷酷な眼でサキを睨む。

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