不明なプレイヤーが接続されました

 ヨヅル。

 確かに、サキはそう呟いた。

 リフェイトブレイバーという異世界のゲームを知らないはずなのに。滅ぼされたサンサリアのことなど知らないはずなのに。


「なんで分かったの、アレがヨヅルだって」

「へ?」

「もしかして、いま自分が何を言ったのか」


 少し戸惑ったのち、頭を巡らせるように呟き始める。


「確かに姓は同じか。ヨヅル・ヴァルプルギスとサキ・ヴァルプルギス。なにか関連性が」

「いや、何となくそうじゃないかなって……もしかして運命の人とか!?」

「確かに女性人気あるわ、見た目いいし」


 一瞬だけ嫌な顔を浮かべたが、すぐにいつもの表情へと切り替えた。

 推しの好き嫌いは戦争の火種になる。


「で、どういう人なの?」

「魔神皇サタナエルの第一皇子にして、『四暗皇スーアンコウ』最強の魔剣士」

「わっ、あたしと境遇似てる! 八罪魔将みたいなものでしょ、そのスーアンコウって!」

「……で、何度もリインの前に立ち塞がる強敵」

「それだけ失敗してるってこと? よく処刑されないね」

「は、はは」


 ゲームにマジレスする彼女に引き笑いを浮かべながら、リフェイトブレイバーのデータをセットして扉を出現させる。

 扉というよりは石造の門だが、ルドウィーンやバビロニアの様式と類似していることから、これがサンサリアへ続くゲートだとサキはすぐに理解した。


「まあいいや、この扉に入ればいいんだよね?」

「それでゲームスタートだね」

「……なるほどね」


 心ここに在らず、といった様子だ。


「ともかく、入ってみる!」


 だが真意を察されたくないのか、すぐ無邪気な様子へと戻して扉の奥へと飛び込んだ。

 泡色の視界が段々と暗く、そして浮遊感が落下へと変わってゆく。


(カルタ曰く、ゲームを始めるか聞いてくるから「はい」と答えればいいみたいだけど)

【ゲームを始めますか?】

「はい!」


 元気よく答えた。この後の手筈だと、ニューゲームを選ぶと、オープニングが始まる。

 主人公のリインは夢で女神から啓示をいただく。幼馴染の少女に起こされたあと、二人で薬草採りに出かける。

 それまでは流れに従えばいい。そう聞いていたのだが。


【特別なプレイヤーを検知しました。設定を変更します】


「何か出たんだけど?」


 予期せぬ事態が発生し、困惑のまま意識は別世界へと落ちてゆき。


〜〜〜〜〜〜


「……イン、まだ寝てるんで」


「何か出たんだけど!?」


 なんの説明も回想も無いまま、民家のベッドで飛び起きた。


「誰!?」

「わーっ!?」


 混乱するサキの目に映っていたのは、茶髪を後ろで纏めた少女。

 綺麗なデコと勝ち気そうなツリ目がチャームポイントだと聞いている、主人公の幼馴染だ。


「よく分かんないけど、気付いたらここに居たのね。ってかリインのヤツ、いつの間に余所者の女を連れ込んだんだか」


 話してみると意外と聞き分けは良かった。友人に対する意見は辛辣だが。


「てか何処から来たのアンタ。その服、もしかして王国の貴族とか?」

「知りません。ほんま知りません。リインって男の事も全く知らんとです」

「それに変な口調。こんな辺鄙な村に浮浪者かしら」

「誰のせいだと思ってはります?」


「まあいいわ。アタシはアイギス。アイギス・ハートランド。魔術の勉強を趣味でやってるの」

「あたしはサキ……それ以外は、なにも思い出せなくて」


 ヴァルプルギスの姓を名乗ると混沌を極めるため、なんとか誤魔化す。


「ふぅん、よろしく。てかリインのバカはどこ行ってんのよ、この時間は寝坊助してるはずでしょ」

「え、もしかして毎日起こしに行ってるとか?」

「はぁ!?」


 アイギスの声が裏返った。顔も赤くなっている。


「余所者のアンタに何がわかるって言うのよ、毎度起こしに行ってるアタシの苦労も知らないで! だいたい今日は村長に薬草採りを頼まれているのにどっか行って、代わりに女を身代わりにするとなもうわけわかんないのよ!!」

「なるほど、これは重症ですなぁ」

「何そのニヤニヤ! ほんと意味わかんない!」


 哀れ、サキに隠し事は通じない。

 恋する乙女の純情に、ニヤケが止まらなかった。


「それで薬草採りだっけ。あたしで良ければ手伝うよ」

「いや、何処の馬の骨とも分からないヤツに恩を売るわけには」

「あたしも今の状況よくわかってないしさ。身体を動かしながら把握させてほしいんだよね」

「そう言われても……うーん」


 アイギスはアゴに手を当てながら思案を始めた。

 そのままウロチョロと歩き回った後。


「……分かった。代わり、モンスターが出たら自衛してね。アタシは簡単な魔術しか使えないし」

「腕には自信あるから安心して。たぶんね」


 渋々承諾し、準備のために部屋から出て行った。

 このままプレイヤーも家から出れば良いのだが、その前に気になる点がひとつ。


「でも、リインって物語の主人公だったよね。いったいどこに」


『おそらくサキと入れ替わったんじゃないかな』

「うわぁビックリした!?」


 サキが飛び退く。同時に声の主が宙返りをし、体操の要領で華麗な着地を決める。

 ソレは金色のラットだった。話す人語から、サキはすぐに誰かを理解した。


「って、カルタじゃん。なんでまたラットの姿に?」

『リフェブレは一人用だからね。だからお助けモンスターとして、雑魚獣ラットのアバターを使わせてもらってるんだ』

「生態系最下層……ドラゴンとか選べばいいじゃん」

『いいだろ、何処にでも居るから違和感持たれないし、基本弱いからサキのプレイを邪魔しなくて済むからな』

「助ける気は無いので?」

『無い。自力でクリアしてこそでしょ』


 あくまでも、カルタが立つのはプランナーのようなサポートポジションだ。

 すぐにサキが不貞腐れる。


『それより、なにか変な設定した?』

「いや何もー。ゲームを始めたら、特別なプレイヤーがどうたらって言われただけでーす」

『……聞いたことないな。リフェブレは未解明のギミックやイースターエッグが多々残っているけど、その一環か?』

「知りませーん」

『……滅びたサンサリアのこと知りたいんでしょ。ほらゲーム進めて』


 ネズミは御機嫌斜めとなった公女をどうにか宥め、最初のクエスト……薬草取りへと向かわせた。

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