異世界出身公女、VR世界に入ってみた

『何階ですか?』

「地下二階、プライベート多目的室Eまで」


 閉じるボタンに手をかざす。ゴウン、と重い音を立ててエレベーターが縦横無尽に動き出す。


「すっご……エレベーターって上下だけじゃないの?」

「廊下もないしね。部屋の前までひとっ飛び」


 ものの数秒で目的の部屋へと到着。


「魔力エネルギーどうなってんの!?」

「電力だね。雷が近いかな」

「へ、へへぇ……?」


 サンサリアは蒸気の活用法を知らない。そのため、ネオグンマのエネルギー源たる核融合など理解できるはずもなかった。

 当然、彼から手渡されたパウチゼリーのことも。


「え、なにこれ」

「ご飯。胃に何か詰めておかないと」

「もっとこう、食事って沢山ゆっくり楽しむものじゃないの?」

「十秒で腹一杯になれるし栄養価も高い」

「嘘でしょ……」


 そもそもの常識が根本から違う。サキは諦めて、現地人のマネをして腹を満たすことにした。


「さて。待ち時間もアレだし、ゲームして待っとけって言われたけど」

「ゲームって何?」

「そこからだよね」


 プライベート多目的室は共通して、ゲーミングデバイスにドリンクバー、ストレッチ器具が置かれている。

 この多目的室Eは、ちょうどデバイスが二台配置されているらしい。一対一の対戦や対話などが主目的なのだろう。

 さっそく紅茶を注文し、手渡す。


「ゲームっていうのは、わかりやすく言うとスポーツや遊びみたいなものかな」

「その棺桶みたいなので?」

「棺桶……まあ、うん」

「スポーツや遊びって言うけど動けないじゃん」

「確かに動けない。じゃないと夢遊病みたく暴れ回って怪我する恐れがあるから」


 カルタが入り方や操作方法を想起する。

 原理を説明するとキリがない。彼女にはこの伝達が使える。


「えっと、まずこの中で寝ます」

「うん」


「両耳とこめかみにスキャナ、をセットします」

「うん」


「起動ボタン、を押します」

「うん」


「それで目を閉じて『転生開始リンカーネイト』って言うと、夢の世界に入ったみたいになって。ゲームの世界に繋がる好きな扉に入って、プレイ開始だね」


「な、なるほど……?」

「物は試し、おさらいしながらやってみよう」


 デバイスを開く。

 中で仰向けになる。

 両耳のこめかみに小型端末を着けて、デバイスを閉じる。

 起動ボタンを押すと、バイタルチェックが始まる。

 オーケーだと表示される。さあ、ゲームの世界へ転生だ!


転生開始リンカーネイト!」


【目を閉じ、呼吸を整えてから起動コマンドをやり直してください】


「あれぇ!?」

「うん、よくやるよくやる」


「何でこんな面倒くさいの、ちょっとくらい良いじゃん!!」

「そしたら死亡事故とか訴訟問題とかあるかもだし、仕方ないよ」

「あーもう! もっかい!!」


 イライラと興奮を抱きながら、ゲームの世界へ入ろうとする。

 そんな無邪気な彼女が、まるでゲームを初めてやったときの幼い自分と重なり、なんだか微笑しさを覚えていた。


「すぅー……転生開始リンカーネイト!!」

「おっ、ロックが掛かった」


 六回目にしてようやく成功したようだ。

 その後のことを話すべく、すぐさまカルタもゲームの世界へと没入した。


〜〜〜〜〜〜


 空が泡のような色をしており、様々な形の扉が並んでいる。

 その真ん中で、学生服のサキは何をすれば良いか分からず、オロオロと戸惑っていた。


「入れたみたいだね」

「あっ、カルタ! 凄いよ、ちゃんと動ける!」


 まるで飼い主を見つけた迷子の犬みたいだ。


「で……どれが、サンサリアへの扉なの?」

「それなんだけどさ。まだリフェブレのデータは入れてないんだ」

「つまり、いまは行けないってこと?」

「……」

「黙ってても意味ないよ」


 そうだ、彼女は心を読めるのだ。

 左下にずらしていた視線を矯正し、重い口を開く。


「……サキが居たところと同じ世界を使って、作られたゲームだしさ。滅ぼした世界で人形遊びだなんて、これ以上不謹慎なこともないし」

「まあそうだろうね。でも、だからこそ見たい」

「……っ」


「あたしは、あたしの世界を守るために、滅ぼされた昔を刻み付けたい。元の世界サンサリアへ戻る方法も大体同じなんでしょ、ならその前に出来ることを全てやり切りたい」

「それ僕の前で言っていいの? 敵だよ?」

「カルタなら大丈夫だって分かるもん」


 その無邪気な笑顔はズルかった。彼女の本音を証明できないのに、彼女に本心は読まれている。

 分かっていても、少年は抗えない。男としての本能に、そして、親友にも明かしていない本心に。


「これが、リフェイトブレイバー」


 こうして取り出したのが十周年記念特装版パッケージである。当然プレ値付きだ。


「ざっくりあらすじを言うと、『魔神王サタナエルに敗れた古の英雄という前世を持つ「リイン」って少年が、仲間と共にサンサリアを救う冒険英雄譚』だね。その物語に入り込んで追体験できる、っていうゲーム……オモチャって言ったほうが分かりやすいかな」

「レベルの高い演劇ごっこ、みたいな?」

「で、下で剣を構えているのが、勇者リイン・カーナート。これからサキが入り込んで操る主人公だね。それで側にいるのが」


 仲間や敵の紹介で舌が回り始めたようだが、サキは一点のみを見つめており。



「えっ」


 魔神王を護るようにして立ち塞がりし、銀の長髪を有した魔剣士に釘付けとなっていた。

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