神様、追放

 結界の内側にいたレネとサキが、暴圧で飛ばされそうになる。

 外側のオーディエンス達も、耳を塞いで蹲っていた。


「……えっ、ちょ……へぇ!?」


 公女は言葉を失っていた。これが、異世界を破壊する者たちの実力。言葉で表現できるようなものではない。


「八罪魔将を、たった、一撃で……」

「しかも二人まとめてだろ……?」


 群衆も状況の反芻はんすうしかできなくなっている。


「これが背負いし罪……いや、咎だ。手前の都合で異世界を滅ぼす侵略者、それが僕らだ」


 そう冷淡に、突き放すような口調で告げる。

 彼らは異世界の『敵』である。サンサリアを滅ぼそうとする、今すぐ切り捨てねばならない存在である。

 はずなのだが。


「か、カルタ様ぁああっ!!」

「なにとぞ、なにとぞルドウィーンを!!」

「ほら、アンタも正座して頭下げな!!」

「え……えっと」


 生物の範疇に収まらない存在を、人は怪物と呼ぶだろう。

 しかし、怪物の範疇にも収まらない存在はどうだろうか。

 恐れは畏れに代わり、怒らせぬよう、首を垂れて敬うようになる。

 そして理外中の理外を、神と称えるのだ。


「あの、僕はそういうのじゃないって。君たちを滅ぼそうと」

「なにを仰いますか! 貴方こそ我らを救いし英雄!」

「そんな現人神が滅ぼすなど、あろうはずがございません!!」

「聞いてない……レネ助けて」

「神様仏様カルタ様ぁ〜、ですってぇ」

「話を聞いてください……」


 顔色を悪くする先輩の姿を、プランナーは滑稽だと笑っている。


「あたしは認めない」


「サキちゃん将軍?」

「た、助かった」

「やっぱあいつ崇めといて」

「合点承知!」

「ひぃ!?」


 再び神格が祀られはじめたところで、サキが続ける。


「さっきからわけわかんないんだけど」

「それはこっちの台詞だよ……」

「今だってそうじゃん、やろうと思えばみんな吹き飛ばせる。あたしも殺せる。なのにしない」


 その声は微かに震えている。

 恐怖を噛み殺して勇気へ変える彼女に、カルタも敬意を払いなおす。


「サキはどうしてほしいの?」

「ルドウィーンに手を出さないでほしい。あたしは、この国と人を守りたい」

「その守るべきものを差し出すような口振りだったけど?」

「……癪だけど、カルタが手さないことわかってたし」


 どうやら本心を読んだらしい。

 サキが険しい面持ちで続ける。


「ラムイとガブリールを倒してくれたのはありがと。屋敷は作り直せばいいけど、人の命は直せないし」

「……」

「だから不法入国のことは見逃してあげる。けど今すぐルドウィーンから出てって」


 そして、このカードを切ってきた。神格の追放に誰も異を唱えていない。

 国民の総意をハッキリと代弁する支配者が居る。この地は永年安泰だろう。


「何様のつもりかなぁ、助けてもらって」

「レネ、いい。僕たちも責務を全うしなければいけない。すぐ出発するよ」

「カルタ先輩!」

「わかってる。けど今は互いに不可侵のほうがいいだろう」


 魔将たちが異世界へ行けた方法を調べなければならない。仮面の男の謎も残っている。

 これ以上の被害が出る前に、一刻も早くサンサリアを滅ぼす必要があるのだ。

 ならば味方になる可能性がゼロな以上、敵になる可能性も極力抑えたほうがよい。


「たしか出国も舟だったよね」


 そう、停留所に向かおうと踵を返した瞬間。


 突如として、


「えっ?」


 目の前は構える山河ではなく、無の色のからが広がっている。

 踏みしめていた石の道路は消え、何もない空間へと落ちてゆく。

 サキ達は当然のこと、カルタとレネも目を丸くして青ざめていた。

 いま落ちようとしている、視界一面に広がる空間には見覚えがありすぎたから。


虚無の境界ヌル・ポイント……!」

「なにそれ!?」

「簡潔に言えば落ちたら終わる!」

「カルタでも!?」


 正確には、落ちると身体も魂も0と1のデータに分解される。

 それを回収かつ再構築することで、滅ぼした世界をゲームにしているのだ。


(世界同士の狭間であり、土台。これを把握しているのは、僕らの世界と……)


 可能性を追うように上へ顔を向ける。

 そこに居たのは、やはり仮面の男だった。


「お前か……!」


「悪いが不意を突かせてもらった。ラムイ達が世話になったからな」


 宙を浮くソレが無感情に言い放つ。


「術も発動できない、この一瞬で封印しやがった!」

「安心するといい、サキ・ヴァルプルギス。だが君の世界も、目が覚めたら平穏に戻る」

「ヘンテコ仮面……いや、『ベル』!」

「それがアイツの名前!?」

「精神干渉で私を知ったか。しかし無駄な悪足掻きだ」

「無駄じゃない!」


 カルタが叫ぶ。消滅間際でも笑みが刻まれている。

 そこには理不尽への憤怒と、強敵を倒すときの興奮が混ざっていた。


「お前は卑劣な手でしか僕らを倒せない、しかも名を晒すほど隙がある。つまり余裕で倒せるってことだ」


「その状態で?」

「今世は無理でも、再転生コンティニューしてブッ倒す。ゲーマーってのは、負けっぱなしが死ぬより嫌なもんでね」

「意見が合うじゃん。ルドウィーンを玩具みたいにしたアイツは、このあたしが処罰する」


 強敵への闘争心。破壊者への復讐心。

 それぞれの想いを抱えた異常者たちは。


『チーン』


 甲高い金属音と共に、虚無の海へと消えていった。

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