悪辣(歯磨き後にケーキを食べる程度の大罪)

「やれッ!!」


 近衛兵の号令が開戦の合図となった。

 侵略者を囲んでいた槍が一斉に放たれる。ソファが、そしてテーブルが宙を舞った。


「失礼!」

「にょわっ!?」


 対するカルタが後輩を抱えて跳ぶ。

 連中は仲間に当たらないよう、地面めがけて穿つしかない。だからバック転の要領で跳躍し、鉄兜を足蹴に翻弄する。


「ネズミを逃がすな!」

「いや、アレはサルでは!?」

「クソ、ちょこまかと……!」


 飛び交う短剣も槍も当たらず、精鋭部隊が苛立ちを覚える。

 そうしているうちに、招かれざる客は既に出口へと到着していた。

 しかも、出された金色の焼菓子に舌鼓を打ちながら。


「ご馳走様。とても美味しかったよ」

「え、毒とか大丈夫なんですか!?」

「サキはこの国ルドウィーンに誇りを持っている。名物に毒なんて入れないよ」


 出された食べ物は頂かないとね、とキャッチした焼菓子カスティラをレネの口にもぶち込む。


「……やっぱり一筋縄ではいかないんだ」

「抵抗もせずやられるほうが失礼でしょ」

「ほんっと、イラつくんだけど!? あたしの考え分かるんだったら、世界滅ぼすのやめて帰ってくれないかな!?」

「これは厄介だ。魅了だけじゃなくまでしてくるとは」

「ぅ〜〜〜〜っ!!」


 完全に翻弄している。レネは言葉を失っていた。

 精神を操る魔族の表情を悔しさでいっぱいにするほど、劣勢を数手で優勢へと変えてみせ……見事に、兵士が大挙する客室から逃げ出し廊下を駆け出していた。


「あと、このまま闇雲に走っても出れないね。構造が無茶苦茶なダンジョン化している」

「じゃあ何で、アイツぶっ飛ばせばいいじゃないですか!」


 だからこそ解せない。なぜ、そんな力があるのにサキを倒さないのかと。

 幾多の罠を躱し、使い魔を跳ね除け、なおも無駄な足掻きを何故続けているのかと。


「今回の作戦の目的は?」

「バビロニア皇帝と魔女王の抹殺です」

「そうだね。なら、最低限それだけでいい」


 甲冑のモンスターによる剣戟を避けつつ、続ける。


「もちろん、努力目標だ。既に自害レベリングで一〇九もの命を奪っている。他の世界でも、モンスターの命を奪わなければいけないときだってある。けど」


 無限に続く階段と廊下を走り回ったのち、とある小部屋の前で立ち止まり。


「大いなる力には、大いなる責任が伴うものだ。僕たちは異世界の破壊者であって、殺戮者ではない」


 扉を蹴破る。

 その先は、最初に居た応接の間だ。


「そういうわけだから、僕に敵意は無いよ」

「こっちにはあるんだけどね」


 大挙したサキの兵が一斉に槍を向ける。

 一連のやり取りで無謀だと分かっているはずだが、誰ひとりとして逃げ出さず、責務を全うしようとしていた。


「君は八罪魔将。魔女王コクトー直属の部下で、サンサリア各地を支配する八名の大魔族」

「そう。『悪辣』の名を頂きし、コクトー・ヴァルプルギスが長女、だからこそ」

「……いちおう聞いとくけど、そんな『悪辣』な魔族がどうしてこんな善政してるのさ」

「はぁ!? 悪辣だもん、寝る前の歯磨きしたあとケーキ食べちゃってるし!!」

「なるほど、汚名を返上したほうがいいくらい殊勝な心がけだ」


 カルタは苦笑する。やはりサキを倒す意味がない。

 八罪魔将を倒せば、魔力の経路が破壊された魔女王は弱体化する。

 魔女王は眷属に能力も貸している。撃破すればするほどコクトーの力は弱まり、サンサリア攻略が容易くなるだろう。

 しかし、ここに居るのは、村人Aのアバターで陰の支配者を圧倒したプロゲーマーだ。


「コクトーは雑魚。だから君たちを倒す意味がない」

「でもロトマンで死んでんじゃん!!」

「っ、先輩。これって」

「かもね。サキ、僕の心が読めるならさっさと読んで。言葉よりも手っ取り早い」


 きっと彼女は、母の影に潜む仮面の男の存在すら知らないのだろう。

 カルタはロトマンでの出来事を想起する。サキが「質問に対して頭に浮かんだことを読んで」情報を得ていたのなら、これで真実を伝えられるはずだから。


「なに、これ……素手で、え、それに誰これ」

「理解が早くて助かるよ」


 公女の呼吸が乱れるまで時間はかからなかった。

 全力を出せない状態で、魔族やモンスターを統べし女王を完封するカルタ。

 そんな彼をも圧倒する、仮面を被った謎の男。

 情報のインフレ率が高すぎて頭痛すら覚えていた。


「知っての通り、僕たちの目的はバビロニア国王と魔女王の抹殺だ。その二人はどうだっていい、作戦なしでも倒せる」

「おかーさんをついで扱いされるのムカつくんですけど!?」

「ごめん。でも事実だ。サキも僕も知らない世界から来た謎の存在、これに対処しなければ……僕たち関係なしにしても、サンサリアに未来はない」

「っ!」

「カルタ先輩……」


 深刻な面持ちで、破壊者の少年が告げた。

 後輩も同じく真剣な顔になる。だが真意は別のところにあったようで。


「いや交渉できるなら最初からやってくれませんかねぇ?」

「物事には順序があるでしょ」

「それならアンタが最初からプランナーやってくださいよぉ!?」

「うるさいよ後輩のくせに」


 一方、サキは言葉が出なくなっていた。そりゃそうだ、平穏な日常に前置きなく現れた異世界からの侵略者、それも二パターン。平静で居られるのは壊滅的なサイコパスくらいだろう。


「……もし貴方に協力して、そのヘンテコ仮面を倒したらどうなるの」

「僕たちがサンサリアを滅ぼす」


「なら貴方たちを倒したら」

「ヘンテコ仮面がサンサリアを支配するだろう」


 正直に答える。サキに隠し事は通用しない。

 だからこそ、彼女に迷いが生じる。信念を持った正直者を無碍にしていいのか?


(カルタ達に潔く滅ぼされる? ぜっったい無理、やだ!! でも、カルタとおかーさんをムチャクチャにできるヘンテコ仮面に飼い殺しにされるのも……!)


 究極の二択を選べず、得物を握る手と足が震え、呼吸が荒くなり。


「……わから、ない……」


 悪辣の少女は、捨てられたぬいぐるみのように力無くへたり込んでしまった。

 対する侵略者は踵を返す。まずはルドウィーンを出て、為すべきことを為さねばならない。


「……僕たちは異世界の敵なんだ、だから」

「こんな極悪に耳を貸す必要はありませんわ」


 振り向いた先に、それらは居た。


「……あり得ないよね……人間の言うこと聞くなんて悪辣だよね……」


 ひとつは、居るだけでカビの巣窟が出来そうなほどネチネチとした長髪の青肌。


「だからオマエは序列最下位なのです、愚姉」


 もうひとつは、金銀財宝を全身に纏ったギラギラとした派手派手な長身女だ。

 八罪魔将の存在を知らない者はこの場に居ない。サキと、その兵たちから動揺の声が上がった。


「……魔将達コイツらはノックの作法も知らないの?」


 ただ、カルタとレネはウザったそうにしていたが。

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