悪役公女式魅了尋問術

 カルタの目からは滝のような涙が流れ出ている。

 一方、相方のレネは滝のような汗をドバドバ出していた。


「貴方の名前は?」

「かる、た、いかりや」

「そっちの子は?」

「れね、うさ、み」


 彼はサキの傀儡になっていた。

 その口調からは人としての知性が感じられず、ゾンビの呻き声にすら聞こえてくる。


(終わった……このまま「サンサリアを滅ぼしに来ました!」って言ったら死刑確定……!)


 いまルドウィーンの民衆は、サキと二人の露出狂に注目している。

 広場に銅像すら立つほど人気のある公女が、不審者の真意を暴き、裁く。


「貴方たちの目的は?」

(ほらきたぁ!!)


 民草の望む、ライブ感マックスの勧善懲悪リアリティショーの始まりは、前置き無しの直球な確認だった。

 焦るレネがカルタの方へ目をやる。彼は抵抗こそしようと瞼と唇をパクパク動かして震えていた。

 だが、喉から溢れる言葉を止められないようで。


「コクトー、を、ころすこと」


「なっ、なんだと!?」

「無茶苦茶にも程がある!!」

「サキちゃん女公の魅了チャームは絶対、つまりコイツは頭がイってやがる!!」


 拙い自白に民衆からどよめきが走る。

 当然だ。眼前の敵に向かって「親を殺します」だなんて、生まれつきの狂人でなければ発想すらできないし、言えないだろう。


「ルドウィーンの人じゃないよね。どこから来たの?」

「ろと、まん」


 少しサキがムッとしたようだが、尋問は続く。


「仲間は?」

「れね、だけ」


 しかし、次第にその仲間は気づいた。


「二人でどうやって来たの?」

「そら、とんで、きた」


 そして、それは確信へと変わる。


(やっぱそうだ。カルタ先輩、して結構テキトーこいてやがる!!)


 当然、ここまで空を飛んでもいない。

 仮面の男に殺される前に自害し、転生したのだ。

 仲間の魂を見捨てる形になった。しかしプランナーもプロゲーマーも、異世界の破壊が最優先事項。


 世界は、強大な存在が、柱のように支えて成り立っている。それさえ壊せば、世界は簡単に崩れ去るのだ。

 サンサリアを支えているのは、魔女王コクトーと、

 つまり、破壊対象についてカルタは嘘をついていた。


 また作戦開始前、カルタは後輩にこう指示を出していた。


『一、転生先を把握したら、他プランナーとの通信は遮断すること。どうせ協力は望めないし、プロゲーマーかプランナーがひとりでも捕まったら、そこから全員の位置を割り出されて全滅する可能性がある』


 実際に、レネは仲間の転生先を確認してすぐ連携を切った。コクトーに見つかってしまったが。


『二、何があっても、アバターを僕の身体から離さないこと。また緊急回避するときは、僕の行動を真似すること』


 だが何故かアバターは消滅し、2人して裸にひん剥かれてしまっていた。

 そして何より、最後の指示。


『三、シュウ・竜星たちが戦力にならない以上、レネにも戦ってもらわなきゃいけない。レベリングの方法は教えるから、それをなぞること』


 レネだって先輩のように自害レベリングしてきたのだ。

 いざとなったら、サキを倒さねばならない。そう小動物のように震えながら、肉食獣のような気配を殺していた。


「最後に、いま貴方が一番したいことは?」


 来た、最後の質問だ。

 これの答えと相手の出方によっては、この小国を滅ぼさねばならない。


 そして、虚ろな目をしたカルタの回答は。


「ふく、が、ほしい」

「急にマトモな回答になったね!?」

「あ、ワタシもお願いします」

「そうだね、はだか寒いもんね!?」


 ルドウィーンの春風を素肌で受けると風邪をひく。

 すぐさま支配者が配下に合図をし、簡素な長袖を二着投げつけた。


「如何いたしましょう、この変態ども」

「やはり死罪、死罪以外あり得ません!」

「そうだ、そうだ!!」


 近衛兵と民衆が、殺せ殺せと騒ぎ立てる。

 だが公女は冷静だった。


「それなんだけどさ。ちょっとウチの屋敷で預ろうかなって」

「はぁ!?」

「サキちゃん将軍、それは危険すぎます!」

「このままスカンピンで野垂れ死にっていうのも可哀想じゃん。だから温かい紅茶と菓子で、心をほぐしてみようと思います!」

(正気か、コイツ?)


 レネが少女を疑う。プランナーとして当然だ。


「ああ、なんとお優しい……!」

「流石は我らのサキちゃん将軍だ……!」

(正気じゃなかったわ、国民全員)

「女神だ……女神が、現世に降臨なされた……!」

(あとテメー実は正気だろ)


 ルドウィーンの民衆と共に感涙する先輩に引きながら好感を抱いている間に、魔族の少女が手を引いてくる。


「ほらっ、お茶会にしましょっ」


 そのまま波を割るように民衆を除け、小躍りしながら駆け出した。

 透き通る柔肌。長い指。舞う髪が放つ比喩なき極上の香。

 同性のレネでも性的興奮を覚えるような、魅力に満ちた魔女アイドル、それがサキだ。


「客人をもてなす準備を」

「かしこまりました」


 気付けば既にロビーを通り、絢爛なカーペットの敷かれた廊下を渡り、金縁の窓に絵画が目を引く客室へと通された。


(うわっ、すっごい豪邸。貿易や工業で儲かってるってのは本当だったんだなぁ)


 魔族の征服している地で、インフラも市場も整備されており、それが貴族にも平民にも還元されている。

 そんな高水準の文明を目にすると、無数の異世界を見てきた者たちは驚きを隠せなくなるのだ。


(てかカルタ先輩は)

「ァ〜〜」

(ダメみたいですねぇ)


 最も、あらゆるモノに魅了されたカルタは、人としての知性すらも奪われているようだが。


「お待たせいたしました。ウルル山脈原産のハーブティーと、ルドウィーン伝統の焼菓子カスティラでございます」


「ウルル山脈……たしか、窓から拝めるブリターニャ山脈を二つ越えた先にある」

「よく知ってるね。ここの紅茶はスッキリとした甘味と苦味が特徴で、焼菓子カスティラとの相性がバッチリなんだ」

「ティーセットも特級品だ。悪辣の魔将軍とは聞いていたけど、これ人間が勝てる要素」


「魔将軍? 誰がそんなこと言ったの?」


「しまっ」

「征ブリターニャ大大大大魔将軍兼魔女王親衛隊最高総書記司令だよ?」

「小学生の考えた役職!!」

「まあそれはさておき」


 ボロを出したかと焦ったが、さておかれて安心する。

 そんな魔将軍は、窓の外のほうを向いている。視線の先にあるのは、活気あふれる国民たちの姿だ。


「あたしさ、ルドウィーンのみんなが大好きなんだ。あたしを愛してくれるから、言葉なんてなくても通じ合える」

「え……本当に支配ではなく、統治を?」


 レネが彼女の本心を垣間見て、警戒心を解いて、茶を飲もうとした。


 その瞬間、カルタが後輩のカップを抑え。


「〈浄化の聖水〉」

「お、おお?!」


 ティーカップに透き通る雫が落ち、紅茶から瘴気が立ち込めた。

 その量、色、肌を焼く感触から、相当な猛毒だったことが伺える。


「やっぱ分かっちゃうよね」

「僕もサキのこと好きだからね。けどせめて毒味役を用意すべきだったんじゃない?」


 プロゲーマーが皮肉で返す。だが公女は毅然とした振る舞いを崩さない。


「まあでもいいや。あたしの城に閉じ込められたから」

「民間人は傷つけたくない。そうでしょ?」


 一瞬で武装したサキが合図する。近衛兵とメイドが武器を構える。

 囲まれた。名を冠する魔将軍に、精鋭部隊数十人。


「カルタ・イカリヤならびにレネ・ウサミ。世界サンサリアの敵、その魂を頂戴する」

「やってみなよ。どうせ無駄だから」


 明確な殺意を向ける彼女らに対し、カルタは遊戯を楽しむように笑っていた。

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