〈悪辣〉の公女

詰んでしまうとは情けない

 ルドウィーン公国。

 サンサリアの北東部に位置する小さな国で、左手は山脈、右手は大海という自然の要塞に恵まれている。

 そのうえ街には血管のように河川が巡っており、これを活かした産業で栄えた活気あふれる国だ。


「吐け、どうやってルドウィーンに密入国はいった!」

「いや、どういうことなのかさっぱり」

「ルドウィーンは山岳トンネルを渡し舟で入るか、港から商船で入るしかないんですよぉ!」


 さて、なぜ視点が消滅した辺境から東の小国に移ったかというと。


「そんな国、リフェブレには無かったのに」

「だからぁ!?」


 その街の噴水広場がカルタとレネの緊急転生先だったせいで、ルドウィーン兵に捕まっているからだ。


「本当に知らないんだ、この国のことも、なぜ僕たちがここに居るのかも」

「奇人はすぐ嘘を吐くものだ!!」

が正常なはずないだろう!!」

「それも知らないんだって!!」


 必死にカルタが誤魔化そうとする。いまカルタとレネは異世界の姿かりのすがたではなく、現世界の姿もとのすがたになっていたからだ。

 それはコクトーがシュウたちに行なっていたから分かる。しかし彼らの遺体は、圏立ゲームメディア総合学園の制服を纏っていた。

 にも関わらず、カルタたちは一糸纏わぬ生まれながらの姿になっていたのだ。


「どうします、もうアバター越しじゃないから情報分析が出来ませんよぉ!?」

「大丈夫。任せて」


 このような窮地、カルタは何度も経験してきた。

 異世界を滅ぼしてきた先輩として、兵の槍を押し除けながら立ち上がると。


「金を貸してくれ!」


 同時に、悲愴感フルマックスで土下座した。


「このままだと酒場のマスターにツケを払えないんだ、必ず二倍、いや三倍にして返すから!!」

「よりによってギャンカスの酒クズかよぉ!?」

「未成年飲酒は厳罰、身長の足りない貴様らなら尚更な!」

「誰がチビだ滅すぞ!!」

「うるせえ、処刑だ!!」


 どうやら説得に大失敗したようだ。そもそも全裸土下座はゲーム上の表現であって、実際の異世界サンサリア文化にはないことを知らなかった。

 ということで向けられた槍が飛び交ってしまう。ついに万策尽きたと目を伏せた。


「なに集まってるのー、今日お祭りだっけー?」


「ハ! サキちゃん将軍!!」

「は? サキちゃん将軍??」


 兵士の攻撃が止まる。目を薄らと開けると、アメジストの高貴な鎧を纏った少女へ敬礼しているようだった。

 衛兵を携えながら、無邪気に問いかける彼女の名は、サキ・ヴァルプルギス。

 背はカルタやレネよりも高く、スタイルも良く、ラベンダー色の髪は鍛え上げられた肉体美を更に引き立てるアクセントになっている。

 だが持って生まれた無垢な童顔と、夜蝶を模した髪飾りで纏めたポニーテールの髪型が、美しさよりも親しみやすさを強調していた。


(アイドルみたいな可愛さはデータ通りだけど……実際に目の前にすると、カリスマ性もハンパない)


 プランナー失格となったレネが息を呑む。

 それもそのはずだ。本来、彼女は人類の敵。魔女王コクトーの第一令嬢で、魔将軍を名乗りルドウィーンを実効支配しているはずなのだ。

 だが彼女を誰も恐れていない。むしろ愛娘や愛孫のように可愛がっているではないか。


彼女ヤツ技能スキル魅了チャーム。老若男女問わず、相手を意のままに操れる)


 つまりルドウィーンの民は洗脳されている。

 レネの警戒を他所に、サキが罪人たちを覗き込んだ。


「で、なにしてるのさ」

「この不届きものたちを処刑していたところです!」

「乱行、飲酒、賭博などを働いた悪辣青少年クソガキの哀れな魂を教育していたところです!!」

「やっぱり、すぐ物騒なことするのやめようって言ってるじゃん! 取調や裁判してから槍千本の刑、でしょ!」

「いや何本か刺さってる、ワタシたちじゃなきゃ死んでる」

「逆に何で生きてんだコイツら」


 虫を見る目の兵士を押し除け、為政者が槍を纏った裸族へと近寄る。

 そして金髪の少年の額を両手で包み、寄せ。


「……っ!」

(あ、しまった!)


 少し溜めた後、囁くように公女が告げた。


「ねえ。貴方はどこから来たの?」


 吐息は蜂蜜のように甘かった。先ほどまであどけない少女のようだったのに、一瞬で妖艶な傾国の魔女へと変貌したではないか。


(ダメですよ先輩、これでバカ正直にコクトーぶっ飛ばしてから逃げてきましたとか、ネオグンマから遥々この世界を滅ぼしにきましたとか言ったらマジで終わりですからね!)


 祈るように念を送る。

 だが、日頃の行ないが悪すぎた。


(先輩……まさか)


 カルタは感極まり、涙を流していた。


「……運命だ」


「コイッツ、もう魅了チャームされてやがる!」


 いま彼の脳を満たしているのは、純粋な『彼女へ尽くしたい』という想い。

 もはやレネは失望と絶望でグチャグチャになっていた。


「もういっかい聞くね。貴方はどこから来たの?」

「あぁっ」

「……ぼく、は、別の世界、から、来た」

「もう終わりだぁーー!!」


 たった唯一の戦力が、敵の手に落ちてしまった。

 つまり、『詰み』である。

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