負けイベントは突然に(1)

 数体の骸が転がる。彼らは全員、異世界を滅ぼすプロフェッショナルだ。

 しかし、現世界では作戦開始から一分も経っていないのに、カルタとレネ以外の全員が殺された。


「うぬらで最後ぞ。サンサリアに群がる異界の蟲め」


 それをやってのけた魔女王コクトーが、侮蔑混じりに、そして明確な殺意をもって嘲ってくる。


「……お前、知っているな?」

「はて?」

「とぼけるなよ。この世界サンサリアで死んでも、魂を別の身体に入れて復活できる。だけどシュウ・竜星たちはどうだ、元の姿で殺されているじゃないか」


「やはりうぬらの真の器か。ベラベラと語るとは、愚かよの」

「すでに分かっているだろ。じゃなきゃ、こんな真似はできない」

「はっ、つまらぬ。今際の際の戯れに付き合うてやろうという気心を無碍にしおって」


 腕から指にかけて荊が伸びる。目にするだけで心を抉るほどの黒、それがムカデのように犇めいている。


「〈虚無の楔〉」


 そして簡易的な詠唱と共に、コクトーの五指から放たれた。

 当然、カルタ達の想定内。


『事例B確認!』

「了解。〈聖なる城壁コンスタンティ〉」


 それはリフェイトブレイバー最強の防御術。あらゆる闇属性攻撃と攻撃魔術を、光輝の十字結界で無力化する。


「侵略者は常にそうする」


 しかし、魔女王の余裕は崩れない。


「っ!」

『そんな……腕に、荊が……!』

「かの第二皇子も同じ真似をしておったの。やはり同族でおったか」


 コクトーの術に城壁など無力。

 咄嗟にかわして急所を逃れたものの、カルタは左腕を貫かれ、拘束されてしまった。


「しかし悪運の良いことよ。臓腑を貫かれていれば、まだマシな死に方ができたろうて」

「それが嫌だからこうして受けたんでしょうが」

『アレわざと受けたんですか!?』

「はっ、急所を逸らしたとてどうする。我が〈虚無の楔〉が捕らえし獲物は、決して逃れることなどできぬ。必中の追撃に苦しみ、生命力を吸い尽くされ、干からびて、死ぬ。最後は露わとなった魂を貫けば、もう蘇ることもできぬ」

『そんな……!』


 レネが焦ってステータスを見る。

 確かに、体力、魔力ともにグングンと減っていた。対する魔女王は完全に無傷。

 持って、サンサリアの時間で三分。死のカウントダウンは既に始まっている。


(プランナーの先輩方も殺されてるんだ、ワタシも例外じゃない。どうする、こんなクソ負け確イベで死ぬのイヤすぎんだけど!?)


 撤退リタイアは不可能。脱出ログアウトも不可能。

 明らかに学生が相手していい相手ではない。

 レネは全神経を生存本能に振り切り、状況を打破する一手を模索しようとしていた。


「……なるほど、そうだよなぁ〜」

「ん?」

『へ?』


 しかし、カルタの反応は違った。

 魔女王も、レネも、想定すらしていない、悦の感情。

 狂ったか? 否。


「やっぱ研究メタられてるよな。じゃあ同じブッ壊れの〈クロックアップ〉も対策エラッタされてるのかな? やば、どうしよ試したいんだけど」

『急に喋るじゃんこの人!?』


 彼は心から愛した世界にトリップし、声を昂らせ。

 決して見せないようなまで浮かべていた。


「ほざけ。〈虚無の楔〉!」

「〈マジックパリィ〉」

『うぉお、吹っ飛ばしたぁ!』


 残った拳を裏に振り、黒き荊を吹き飛ばす。

 それに反応して左腕から生命力が吸われるが、ステータスとは逆にカルタはイキイキとし出していた。


「おお、カス技が初めて人類の役に立った! 城壁コンスタの下位互換で何のために生きてるかわからなかったのに、よかったなぁ!!」

『いや言い方、てか口調キャラどうしました!?』

「小癪な!!」


 屍肉の鴉、奈落への落とし穴、死毒の嵐。


「〈マジックパリィ〉、〈マジックパリィ〉……おっ?」


 全てギリギリで反射し、跳び、受け流す。

 駆け抜け、距離を詰めている最中だが少年に電流が走る。


「いいこと思いついた」

『足止めないでください、走って!』

「足掻くか。して、素手で何が出来る」

「何かするために自害レベリングしてきたんだ、よっ!」


 溜めた足が爆発する。

 その速度は、暴力で世を支配せし魔女王の、動体視力を凌駕し。


「ッ!?」

「〈ホームランストライク〉」


 そのまま流れるように放たれた、フルスイングパンチ。


「ぐぅうッ!?」

『えぇええ!? ダメージ、確認です!?』


 さっきまで辺境の村人Aだった男の一撃は、魔女の鼻を確かに歪ませ、大きく仰け反らせる。

 それだけでは終わらない。すぐに左腕の荊に力を入れ。


「〈ヨーヨー&シューター〉」

「ぬぉお!?」

『ぶっ飛んだコクトーを、引き戻して……!』

「〈ジャストカウンター〉!!」

「ぬぅうッ!!」


『これもダメージ……凄い、相手の策略を逆手に取ってます!!』


 感嘆するレネとは裏腹に、転生して得たスキルでコンボを繋げてゆく。

 吹っ飛ばしては、引き戻す。

 吹っ飛ばされたら、勢いを使う。

 それは流派を極めた武闘家にも、戦場を渡り行く戦士にも辿り着けない、生を周回プレイして積み重ねた先の到達点。


(そうか、拳。己の身体を武器とし、妾を討つ算段か……否、それだけではない。〈ヨーヨー&シューター〉は元々、斧と短剣の合体技。此奴)


「……ぁあ、やっぱ色々と試せる。〈ソードダーツ〉!!」

『急に自分を投げないでくださいよぉ!?』

「……〈魔界の障壁コキュートス〉!」

「ここだ!」


 空を夜闇が覆った隙を見て、大地が割れんばかりに足を踏み締める。

 そして放たれしは、〈マジックパリィ〉の応用技。

 拳に対魔の力を乗せ、眼前の魔女王を貫き崩す!!


「ぶち抜く! 〈螺旋正拳突き〉!!」

「ッ、障壁が」

『壊れたああっ!?』


 その一撃は、空を割った。

 バリバリと砕けた光を背に、コクトーは遥か遠く離れた岩山へと吹き飛ばされていった。


「っはぁあ〜〜」


 同時にカルタも荊を断つ。

 無様にも全身が岩に埋もれ、高貴な召物も髪も砂埃だらけになったラスボスへ、ゆっくり、ゆっくりと、近寄ってゆく。

 その表情は、光悦。つい先ほどまで全滅の危機に瀕していた者とは、そして世界を滅ぼす重責を担っているとは思えない、アドレナリンのプールに全裸でダイブするが如きエクスタシーモード。


「自由で奇想天外、思いついたこと何でも試せる」

(こんな無茶苦茶な技の連鎖、あり得ぬ……!)


 とある著名なゲームプランナーは言った。

 プロゲーマーの強さは、頭のイカれ度合いに比例する。


「やっぱ最高だわ。リフェブレは!!」

『笑顔キショいですね! 嫌いじゃないです!』


 カルタ・碇谷もその例に漏れず、イカれていた。

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