自害レベリング
目を覚ますと、そこは埃の被ったボロ屋だった。
辺りを見渡す。毛皮と骨の飾られた内装に、シンボルのように飾られた壊れかけの石斧。
狩人かと思った。だが十五人ほどの世帯、野生に通ずる序列、そして頭領の困窮と苛立ちから見るに山賊だろう。
(その中でも最底辺、ってことね)
カルタの転生先は、シワだらけで骨も肉も細い下っ端だ。髪も髭もボサボサで、ノミの棲家になっている。
居間に居場所がなく、ゴキブリやネズミの侵入口となる角の陰に蹲るしかない、かといって成長性も見込めない中年。
『ちょーーっと、待ってくださいよぉ!?』
の纏うウジの湧いたペラペラの服から、手のひらに収まるくらいのマスコットみたいなウサギが飛び出してきた。
『何いきなり死んでんですか、あんだけ大口叩いといて任務開始直後にやることが自害!?』
「なにか問題?」
『問題しか無えでしょうがぁ!!』
「てかうるさいよ、周りの空気読めないの?」
眉根を顰めたカルタが後輩を嗜める。周りのガラの悪そうな男たちが、ギラリと殺意を込めて睨みつけていたからだ。
プランナーは小型のアバターを介してプロゲーマーに協力する。その姿かたちは、基本的に本人の意思を反映したものになるのだが。
「レネがウサギのアバターなのは分かった。けど周りを見てみろ、どう見てもファンシーとかメルヘンって雰囲気じゃないでしょ」
『賊的なアトラクション感はありますけどね?』
「そうじゃない……って」
緊張感のない後輩とは裏腹に、山賊たちは立場を弁えない底辺に教育しようと近寄ってくる。
「こうしちゃいられない!」
『え、まさか!?』
「そのまさかだよ、僕の魂に引っ付いてて!」
すぐさまカルタも錆の残る短剣を構え。
そして、自身の頸動脈を掻き切った。
〜〜〜〜〜〜
次の転生先は、日の当たらない倉庫だった。
どうやら壊れかけの自動人形に転生したらしい。
『なんで死ぬんですか、これ二回目ですよ!?』
「なにって、これがリフェブレの最適解だし」
『そんな自然界であり得ないようなバグ技をアッサリ言われても困るんですけど!?』
喚き散らす後輩。はやく死なせてくれとカルタがため息をつく。
だが効率を考えるなら今のうちに説明しておくべきだろう。
「レネ、リフェブレはチュートリアルで詰んだって言ってたよね」
『はいそうですけど』
「確かにリフェブレのモンスターは最初から初見殺し仕様だ。しかも厄介なことに、殺されたらそのモンスターに経験値が入ってしまう。ニューゲームしても、そのままだ」
『え……あ、たしかに強くなってたかも!』
「独特で複雑な戦闘システムを理解し始めた頃には、モンスターもレベリングが済んでいる。気付いたら始まりの村のモンスターたちが
『いやそれ、どうやってクリアすればいいんですか。死にゲーで詰みゲーって、それクソゲーじゃないですか!?』
「まあそうなるよね」
誰もが通り、そしてワゴンセールへと続いたのであろう道を想い。
「だからこうするんだよ」
『え、ちょおま』
仕込み刃を頭に、そして操り糸に向けて走らせた。
〜〜〜〜〜〜
「ナゲテ族、やっぱりこの世界にも居たんだ」
『説明中に死なんでくれませんかねぇ!?』
「この部族は危険すぎる、だから殺される前に死なないと!」
『ちょっとぉ!?』
手の大きな部族は、落ちていた投げ矢を反射させて自害した。
〜〜〜〜〜〜
「大地主の子供……でもハズレだ、伸び代がなさすぎる」
『……思ったんですけどぉ』
「言ってみ」
『これ、自分で自分を殺して経験値にしてません?』
「そういうこと」
『だから殺される前に死ぬ必要があった、と……イカれてますねぇ』
「この世界の異常性を応用させてもらったんだ。リフェブレでは、死んでも主人公『リイン』の村に飛ばされて最初からになるだけだから、倍々ゲームでレベルアップもできた。けどここは違う」
『死んだら他の身体に入る、ですもんね。元の身体にあった魂を追い出したり、融合したりして』
「この元の身体に居た人も、可哀想だと思うし同情はする。だからさっさと死ななきゃいけないんだ」
そのままふくよかな身体の子供は、自ら腹を掻っ捌いて自決した。
〜〜〜〜〜〜
「危篤のスケルトン。ってなんだよそれ」
『いやぁ、マジでイカれてますねぇ先輩!』
「今回だけだから我慢してね」
『なに言ってんですかぁ。ワタシ、こういう異常者を見たくてプランナー科に入ったんですからぁ』
崩れかけの骨は、自らの拳で命を終わらせた。
〜〜〜〜〜〜
『
「
『
剣の形をした小魚は、自らの身体を岩に叩きつけて絶命した。
〜〜〜〜〜〜
転生先は丸太小屋だった。
テーブルもある。椅子は四つ。すぐ外からは牛の鳴き声も聞こえる。
「っ、はぁ、はぁ。よし」
転生回数、一〇八回。
ようやくカルタは、満足のいく身体を手に入れた。
レネによると、ここは一番栄えている国から遠く離れた村らしい。
「辺境の村、ウシのいる家庭。それに筋肉、魔力、知識。すべてのバランスが良い」
『途中で貴族だの武闘家だの引いてたじゃないですかぁ。なんでわざわざ村人Aを選んだんです?』
「第一に、なるべく目立たないため。シュウ・竜星たちは何に転生していた?」
『えっと、シュウ先輩はバビロニア皇国の第二皇子みたいですね』
改めて、ウサギマスコットが作戦チームの現状を確認する。
今回参加しているのは五組だが、注目株は以下の二組だろう。
シュウ・竜星、サンサリア随一の大国の為政者に転生。プランナーはデータサイエンスの麒麟児、チナツ・
間違いなく本作戦のトップエースだろう。ザ・理系のコンビは実績も相性もバッチリだ。
フトシ・
三回生の幼馴染コンビで、力の尾出と技の猫又は、数多の異世界をゲームに変えてきた。
『で、他の先輩がたも永遠の墓守だったり、聖騎士団みたいな組織の一員だったり……カルタ先輩とは違って転生ガチャSSRばっかです』
「だからこそ目立ちやすくなって、細かな問題をクリアできなくなる。敵軍に僕たちの存在がバレやすくなったり、権力者を嫌う派閥に取り入れなくなったりね」
そう言いながら、カバンにパンとチーズを詰め込んでゆく。
水を清めるための石も忘れない。
「準備は整ったし、シュウ・竜星を助けにいく」
『え、マジですか? カルタ先輩よりファンタジー世界を滅ぼすのが上手い人を!?』
「一〇八回も
料理用の果物ナイフ。心許ないが初期装備としては及第点。
『いやぁ、でも心配する必要あります? カルタ先輩、負けるのが怖くて勝負から逃げてたじゃないですかぁ』
「……レネ、ひとつ訂正しておく」
いつも無表情な少年の瞳にギラついたものが走る。
「別に勝負は嫌いじゃない。必ず勝つのが嫌いなだけだ」
『言うじゃないですかぁ、それでこそワタシの先輩です!』
「レネの物じゃないんだけど」
『なら勝負します? 勝ったらワタシの物ってことで!!』
「勝負の内容は?」
『再会した時のシュウ先輩の状態。ワタシは身包み剥がされて追放で!』
「いいねそれ。僕は、期待を裏切れないから強がってはいるが最後は泣きついてくる展開で。勝ったらンまい棒のコンポタね」
本人の居ない中で勝手に最悪の賭けを始めながら、二人が小屋の扉を開け。
「ッ」
外を目にした瞬間、言葉を失った。
なぜなら、たった今、始まりの村が地獄へと変えられていたのだから。
「なにがあった、偵察は!?」
『ダメです、周辺のナノドローン反応は全てロスト!!』
周りは火の海。食糧も家畜も略奪され、蹂躙による絶叫が業火に混じる。
モンスターだ。人間の恐怖心を駆り立てる造形で、本能のままに狩りを行なう、そんな群れが辺境まで襲撃してきたのだ。
それだけではない。サンサリアに仕込んでいた偵察用デバイスも破壊されていた。小虫よりも小さい無数の端末を、意図的に。
「そんな、じゃあ敵は僕たちを」
「世界の敵だと知っている、かの?」
「っ!?」
カルタは悟った。奴がモンスターの親玉だと。
闇色の髪、堕天使のようなドレス、死化粧のような肌。
一眼見ただけで心が凍るほどに美しい魔女の、たった一言で、周囲のモンスターが平伏した。
サンサリアの頂点に君臨するほどの力を持っているのは間違いない。
そして何より……いま、奴が荊のような腕で投げ捨てたものは。
「シュウ・竜星……!?」
『っ……生体反応がありません。総数八名……ほかプロゲーマー、プランナー共に、全滅、です……!』
「すぐ対象を調べて!」
『調べるまでもありません!』
カルタとレネ以外が骸と化した。
『今回の
「最序盤でラスボスの登場だって……?」
死にゲー、詰みゲーと呼ばれし異世界の魔女王による奇襲。
万事休す。しかし逃げることなど、許されない。
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