第2話 リフェイトブレイバー2

 多目的棟。

 そこは様々なレクリエーションが開催され、またドリンクバーも完備している学生たちの憩いの場。

 そして……異世界滅亡任務に特化した、軍事基地である。


『何階ですか?』

「地下五階、特別任務室Bまで」


 閉じるボタンに手をかざす。バイトから上がったばかりだが、読み取られた静脈、虹彩は健康そのものだ。

 ゴウン。エレベーターが重い音を立てて、下へ、そして前へと進んでゆく。

 今のカルタは待ち時間も無駄にしないよう、目を閉じ、一定のリズムで深く息を吸い、そして吐いていた。


『ポーン。到着しました』


 チャイムと共に扉が開く。

 まず目に入ったのは、巨大なモニタ。前に立つ司令塔は、圏立ゲームメディア総合学園の学年主任だ。

 しかしカルタの参加は想定外だったようだ。威張った態度で嫌われている中年の男が、脂ぎった冷や汗を流している。


「ほ、本当に彼を五分で招集するとは」

「言ったでしょう。ボクのデータに狂いはないと」


 デスク代わりに等間隔で設けられている最高級モデルのゲーミングカプセルから、人を食ったような声が響く。

 銀縁のメガネに、切り揃えられた髪。如何にも賢いですと自慢しているかのような男が、招待客を出迎えてきた。


「ようこそ、カルタ・碇谷くん。歓迎するよ」

「誰?」


 空気の色が動揺へと変わる。既に召集された学生たちは、全員眼鏡の彼のことを知っているようだった。


「おま、シュウ・竜星リュウセイを知らないのか!?」

「即座・即日・即攻略がウリの超秀才だぞ、というか同じ二回生だろ!?」

「ごめん、本当に知らない」


 だがSNSの相互フレンドが殆どいないカルタが、制服に勲章まで付けた優等生のことなど知る由もなかった。

 どうやら今回の指揮権は、頼りない教師ではなく成績トップクラスの優等生に渡っているらしい。


「まあ仕方もないさ。君の海馬データベースの仕様を考えれば当然か」

「それで、リフェブレの新作って」

「順序がある、まず聞きたまえ」


 無礼者に頬をヒクつかせながら、シュウが告げる。


「今回の識別名は【サンサリア】だ」

「ッ!?」

「反応がいい。フルダイブ型RPG『リフェイトブレイバー』の舞台と同じ名前だからかな」 


「識別子は? 1とか2とか」

「無い。付けることができない案件だからな」

「馬鹿な。こんな事例、聞いたこともない」

「そう、異常事態だ。十八年前に発売されたっきり、続編も新作も作られなかったカルト人気のある異世界ゲームと同じ識別名だなんて」


 皮肉マシマシな物言いだが、無理もない。

 通常、過去の案件と関連性の強い異常性を有した異世界には識別子がつけられる。

 地形、歩んできた歴史、発展してきた文化は違うが、辿り着いた成れの果てが同じだからこそ、このような措置が取られる。

 しかし今回は違った。十八年の間も類似した案件が無かった異世界と、反応が完全一致していた。

 地形も、歩んできた歴史も、発展してきた文化も違うのに。現場に緊張が走るのは必然だった。


「だからリフェブレ廃人の君こそ、今回の任務に最適だと踏んだのだよ」


 合点がいったとばかりに、カルタはすぐさま、仕事モードへと気持ちをスイッチする。


転蘇てんそ案件?」

「ああ、九条に触れていた。滅ぼす以外ない」


 通称「転蘇条約」……正式名称「転生・蘇生界際条約」は、異世界を滅ぼす基準としてよく用いられる世界条約だ。

 その九条が、『自らの意志で、別の魂から肉体を奪ってはならない』というもの。

 サンサリアという世界のルールは、これに触れていたのだ。どうしようもないから、滅ぼすしかない。


「被害は?」

「すでに【サンサリア】はバランスが崩れ始めている。このままだと近くの異世界も危ないだろう」

「戦力は?」

「先ほど我々はリフェブレをクリアしてきたが、その三倍は強くて数もあるだろう」


 周囲の空気を読む。カプセル越しだから表情や動作こそ分からないが、ここにいる殆どがエンディングまで見たのだろう。

 そこにカルタが加われば、今回の異世界も滅ぼせる。そう踏んでいるようだ。


「既に滅亡クリアできたら、リフェイトブレイバー2の制作を取り付けてある。協力してくれるか?」

「ああ。この作戦、絶対に成功させなきゃいけない。だから」


 サンサリアを限りなく知り尽くしたゲーマーが、大真面目な面持ちで告げた。


「僕以外のプロゲーマーは、作戦から外れてほしい」


 一人ソロで世界を滅ぼしてみせる。

 そう極めて挑戦的な、宣言を。

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