プロローグ 喚ばれ、そして、滅ぼす
プロローグ 異世界の『敵』
黒き太陽が月を喰らい、暦も侵してから三七六年が経った頃のこと。
ムーンドラとは異なる世界より導かれし四人の英雄。
彼らがついに偽神を討ち、月が、夜が、世界に舞い戻った。
はずだった。
「大聖堂が、街が!!」
「神よ、何故、何故こんなぁ!!」
逃げ惑う人々が叫ぶ。狂乱するのも無理はなかった。
いま世界を脅かそうとしているのは、世界を救った勇者パーティに属していた、斧使いの戦士だったから。
「カルタ……なんで……」
勇者は王より勅を受けていた。世界の名を冠する大国の皆々が歓喜をあげる凱旋パレードの最中のことだ。
各地の、主神たる月女神を祀る大聖堂が、何者かによって破壊されている。
残っている首都の大聖堂を何としてでも守り、犯人を捕らえよ、と。
「ぁ、っ、ぁ」
「どうしよう……どうしよう……!」
しかし最後の大聖堂は破壊され、世界を救ったパーティも、裏切り者に傷ひとつ付けられず全滅した。
千年に一人の逸材と呼ばれた魔導士の少女は、玉虫色の宝杖ごと喉を潰され。
死者さえも蘇らせる信心深き賢女は、根源たる月女神を殺されたうえに奇跡の手を穿たれ。
そして、伝説の聖剣で数多の困難、仇敵を討ち祓い世界を救ってみせた勇者は、剣を砕かれたうえ、全身の腱を斬られて立ち上がれなくなっていた。
「勇者イチロー、魔導士キョーコ、賢者ナグサ。君たちも、勝手に喚ばれた被害者だというのに」
もっとも戦士カルタは、かつての仲間を普段よりも無に寄った表情で哀れんでいる。
金色のミドルカットに中性的な顔立ち、そしてそこそこ筋肉のついた身体。
勇者たちも一年ほどの旅でよく知っていた。無駄口を好まない性格も分かっていたはずだが。
「本当に……おまえ、カルタか?」
「斧しか使えなかったはず、なんで」
彼が担いでいたのは、神聖さの欠片もない機械的なハルバード。
斧だけではない、剣、槍、槌、棍が一体となった、大人ふたり分の長さをした、いったい何処で手に入れたかも、何の用途で作られたかも分からない兵器。
そんな悍ましきもので、かつての仲間を、そして大聖堂を破壊したのだ。
「何でこんなことをしたか、だっけ」
困惑、怨恨、そして微かに残った情を感じ取ったカルタが促す。
「空を見てみなよ」
視線を向けた先に広がっていた光景は、二つの世界を生きた勇者たちの理解を超えたものだった。
「……嘘だろ、オイ」
「っ、っ」
「空が、壊れて……いや、崩れてる?」
濃紺の星空が、そして踏み締めた祖国の大地が、ステンドグラスを砕いたかのようにバラバラと崩壊していた。
そして、奥にある虚無色の空間に、家屋だった瓦礫が、そして人々が吸い込まれてゆく。
「世界を滅ぼすんだ。バレないように行動するのは当然だろ」
「っ、なら、どうして……」
「私たちを、殺さないんですか……!」
慟哭を受けても、カルタは無表情を崩さない。
「この
終末の日が当たり前かのように、淡々と言葉を並べている。
「ここは、異世界転生や転移を現象ではなく、技術体系として確立してしまった。そして平和が戻ったあとに国王が企てていたのは、異世界人を使った新秩序の確立……つまりは、世界征服」
「……っ」
「イチロー、君は知っていたはずだ。それも僕がこの大聖堂を破壊する前に」
勇者は黙り込んでしまった。彼はただ、ようやく手に入れた自分の居場所を守りたかっただけなのだ。
しかし、それは侵略者にとって関係のない話である。
「僕は
「ゲーム、ですって?」
「……俺たちは、どうなるんだ」
「聞かないほうがいいよ」
「それくらいの義務は、あるだろ」
「……」
勇者達が守り救った世界の崩壊が迫っている。
ならば手向として答えてもいいか。渋々、カルタは重い口を開けた。
「……識別名【ムーンドラ】は、
「――」
イチローは言葉を失った。そのまま、世界の裏側へと落ちてゆく。
同じ異世界人でも、たったいちど世界を救った程度の存在とは次元が違いすぎた。
奴は、困難を極めた救世の旅路を、遊戯としか思っていない。
「……この、クソ畜生が」
ようやく理解した勇者は、宇宙が完全に崩れ去る寸前まで、ただただ怨恨だけを繰り返していた。
「……僕もそう思うよ」
彼らは、異世界の『敵』である。
手前の都合で、理を外れた異世界を剪定する神擬きである。
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