第12話 ヘソから飛び出る shift コマンド
九千六百七十七回目の蕪を植えながら、俺は初めて自分のコードを見てみた。
他人が書いたドラゴンや勇者のコードと違って、自分のコードはスッキリしていて気持ちがいい。当たり前だ。俺の思考パターンに沿ったコードなんだから。
ふと気が付くと、へそから何か出ている。
なんだろうと思ってじっと見てみると、呼び出し関数だった。
徹夜したときの記憶がおぼろげに戻ってくる。そうだ、俺は
その関数の中身はアセンブリ言語の shift コマンドだった。
shift コマンドは 0 と 1 の二進数の桁を移動させるコマンドだ。左に桁を一つ移動させると、二進数の値は二倍になる。そうして一桁移動させるごとに、四倍、八倍、十六倍……と増えていく。逆に右に移動させると二分の一、四分の一……と減っていく。
俺は、野菜を植える回数の変数に対してこのコマンドを使えるようにしておいた。つまり、今の時点で植えている野菜の最大数は一種類につき五個だが、一桁左シフトさせれば二倍の十個植えることになる。論理的には、六個目以降の野菜を植えている間はゲームの領域の外で植えることになる。この間に、ドラゴンの尻尾なり、勇者の盾なりが飛んできたとしてもぶつからずに済むのではないかと俺は考えたのだ。
実際にトルクになってみても恥ずかしい発想で、そのときの俺の病み具合がわかる。しかし、同時によくやった俺! とも思うのだ。さすがに一万回近く蕪を植えていると飽きてくる。このループからどうにか抜け出す方法を考えていたのだ。
俺はへそから出ている関数の中身をじっくり見た。
使える。確かに使える。が、行の最初に「;」が付いている。
うああっ、なんて真面目なんだ、俺!
「;」(セミコロン)はコメントを表す記号だ。
コメントは、プログラムを他の人が読んでも分かるように、「ここから先はXXのルーチンです」みたいにコードの説明をメモしておくためのものだ。行頭にセミコロンが入っていると、その行はコメントだとみなされて実行されない。
俺は、shift コマンドが本当に実行されてしまっては困るので、行頭にセミコロンを入れてコメント扱いにしたのだ。つまり shift を実行するにはどうにかしてこのセミコロンを削除しなくてはならない。
どうやったら削除できる?
気合か?
転生者はなんかチート使えるんだろ?
空に閃光が走った。
一秒、二秒……。
一か八か、俺は飛んでくる勇者の盾に向かって自分の腹を突き出した。
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