第42話 指導(ぬいぐるみ)
「…えっ。」
竜の少女はその厳しすぎる師匠の採点によろける。
そして、すがるように言う。
「あの、それって30点とか50点満点ですよね。やっぱそうですよね。すみません。100点満点だと勘違いしてしまいました。私、うっかりさんですね。」
しかし、師匠は間髪入れずにそれを否定する。
「いや、勘違いではない。100点満点だ。」
竜の少女はこんなひどすぎる評価なんて全然考えておらず、自信満々で報告をしただけにこの評価はこたえたのだろう。思わぬ仕打ちを受けて「うがががががが」が心の中で叫ばれる前にショックで頭が完全に止まっていた。
「そうだな。
20点の原因は3つある。」
竜の少女は始まる指導に「うがががががが」と思考の回路を同時に回す。
「3つですか。多いような…でも、100点満点なら少ないような…。」
竜の少女は首を捻る。
「1つ目は、洞察力と考察力の不足だ。的確な心臓の位置が把握できていなかった。さっきのは少し手前すぎた。それでは半分くらいしか刃が通らず、うまくいかない。これはこの魔法において肝心な部分だ。少しの誤差でも大きな軋轢を生みかねない。まあ、知識の不足という要因を差し引いて、マイナス15点だ。」
「2つ目は、常識にとらわれた故の思い込みだ。魔力の消費量を少なくし、魔法の効率化を図るため、刃を小さく、薄くして急所のみを狙ったのは良かった。これはプラス20点だ。しかし、そこまでいったのに、根本的な魔力の運用については工夫をしていなかった。魔法とは魔力を1から具現化するだけではなく、魔力でもともとあったものを加工することでもできる。」
「…確かに。」
「今回では生物のすべての体内にある血液を魔力を使って凝縮し、刃を作ることで、さらに魔力を削減できる…ということですね。」
「そうだ。それが、マイナス20点だ。」
「そんな…。2つ目だけだとプラスマイナスゼロですが、実質、1つ目があるので、全然プラスマイナスゼロじゃないですし。まだ、3つ目があるんですよね。私、もうメンタルズタボロですよ。」
竜の少女は降参の意を示すが、師匠の竜の少女を抉る指導は止めるどころか、さらに加速していった。
「それはいいことじゃないか。
君は知ってるか。なぜ筋トレをすることが筋力を上げることになるのか。」
竜の少女は意味が分からないと言った様子で、それでも質問に答えを探る。
「…それは筋肉が適度な運動によって、外から摂取した栄養によってもともとの筋肉に付け足されているからとかですか?」
「いや、違う。」
師匠はきっぱりと否定する。
「粘土とかでも、そうだろう。後から付け足すとなると、やはりその部分はもろくなる。だから、一度、筋トレという作業でもとの部分を破壊し、再生するんだ。その破壊と再生を繰り返すことでその部分はより強くなる。」
「生物にはそうした性質が適用されることがかなり多いんだ。」
竜の少女は青ざめる。
「…まさか。師匠、それを精神面でもやると…。
ちょっと、師匠、肉体面と精神面ではダメージの受け方が全然違います。それに、うっかりとか言って、うっかりどころじゃなさすぎる事態になったらどうするんですか。」
「まあ、少なくとも君はこういうのに対しては頑丈だし、まだ甘すぎるくらいだから、大丈夫だろう。」
「……。」
竜の少女は耐えられず、どうかもう先に進んでくださいと願うのだった。
「3つ目は、想像力のなさとゴリ押しだな。ペンダントの中に魔力を多めに入れてあるのをいいことに全く足りていないイメージを無駄な多くの魔力によって補っている。」
「おかげで、1回の魔法の行使をしただけで、このざまだ。」
師匠は竜の少女が首から下げているペンダントに触れ、空に近い状態になっているペンダントに魔力を補充する。
「もはや、補っているとは言えないほどのイメージの足りなさにこれは流石の僕でも想像以下すぎてどう予定を変更しようか迷ってるんだ。」
竜の少女は稲妻を見たかのように、身体を震わす。
「師匠が迷う?
…そんなに私のイメージはしょぼすぎたんですか。」
「うん。でも、僕だってたまのたまには迷うことくらいあるよ。」
竜の少女はこのセリフが完全に致命傷になったようで、天を仰いだ。
師匠はベッドの中から、人形やら、ぬいぐるみやらを取り出してくる。それから、竜の少女の前に置く。
そして、放心状態の竜の少女の後ろに師匠は座った。今度はイメージ2人で共有し、より詳しく2人で練る必要があったため、ぎゅっと手をつなぐ。
放心状態から回復しつつある竜の少女はその人形やらぬいぐるみやらを取り出してきた師匠を見て、遅れて目を丸くする。気づいた時には、思わず笑ってしまっていた。
「…ふふふ。」
「どうしたんだ?楽しい夢でも見ているのか。」
「いえ、何も。ただ、平和な夢ですね。」
「そうだな。」
「師匠、ところで質問があるんですが…。
師匠って、人形やぬいぐるみがお好きなんですか?」
師匠の目が少し、見開かれる。
竜の少女は次の言葉を楽しみに待つ。
意外と師匠も年相応のかわいらしさがあるのかもしれないと思いながら。
「…いや、別にそういうわけじゃない。ただ、魔法の実験にちょうどいいし、これを部屋に置いていたら、少しは年相応に見えるかなと思ったんだけれど…。」
案の定、少しもかわいらしさがない返答だった。もう、そんなことを考えている時点で年相応ではないし、と何となく複雑な思いを竜の少女はいだいた。
竜の少女は後ろを振り返って、師匠の顔を見る。
「しかし、師匠も自分が年相応ではないことくらいは自覚していたんですね。」
「失礼だな。僕も年相応の少年であろうとくらいするよ。」
だが、その後に続く言葉がそれをぶち壊す。
「周りから怪しまれないということは結構、重要だ。立ち回りには十分な配慮が必要だ。」
それを聞いた竜の少女は苦笑いするしかなかった。
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