第41話 実践(2)

 竜の少女はひたすら無言で休む間もなく、練習した。もちろん、途中で作業に夢中になっている師匠に声を掛けられることもなく、本人も真剣にやっていた。



 竜の少女がイメージしやすかったのは切るイメージだ。森の中で生活していた時も木や倒した獲物の牙や骨を尖らした刃物のような物を使って狩りをしていたからだ。そこで、竜の少女が魔法として生み出そうとしたのが、対生物用の攻撃だった。まだ、ペンダントを持つ前に練る段階でのイメージだったからか、ここでも竜の少女の優しさが良くも悪くも大いに発揮されることになった。


 竜の少女は相手を苦しませずになおかつ、外傷を少なく、相手を無効化または、殺したいと思っていたため、分類するなら即死系の魔法になるだろう魔法を開発していた。即死系はコスパが悪いため、あまり知られていないが、竜の少女はどうしてもあきらめることができず、改善改良を重ね、より効率的に魔法を完成させようという結論になった。

 昔読んだ本に書いてあった生物にとって重要な存在である心臓や核といった部分を機能不全にすると即死に近い状態にもっていけるのではないかと思った竜の少女は、次にその心臓や核といった部分を機能不全にするためにピンポイントで切りつけられるできるだけ小さい刃物を魔法をその生物の体内で作り、仕留めるよう何十回も想像した。すると、やっと実現できそうなくらいにはイメージを練られた。


 今度はペンダントを握り、もう1つの人格形成にもいそしみながら、実際に魔法を発動させようとする。



もっと正確に、外見上から見て体内の構造をはっきりと掴む。


師匠の体を見て、その中にある心臓を立体的にその体に合うようにイメージする。


もっと、小さく、鋭利に、するどく、できるだけ薄く。


魔力をぎっしりと凝縮させ、薄くも壊れにくいように頑丈にしていく。


もっとひっそりと、気づかれないように、そっと、静かに、そして優しく包み込むように。


内側から攻撃する相手への不意打ちを狙うような特性を生かすため、できるだけ師匠に悟らせないように素早く魔法の刃を生成する。




 そうして、時計の針は刻んでいった。


 

「…できた。」


竜の少女の今にも倒れそうな顔に明るみが戻り、ほころばせた。それは、まさに太陽のような眩しさだった。


魔法を現実で使えたのだ。


竜の少女は師匠に報告するために師匠の肩に手をかけようとするが手が、からぶった。


さっきまで、竜の少女は少年のベッドに座っている姿があったはずの場所に目を向けるが、そこには誰もいなかった。


「…師匠?」 そう言おうとしたのだろうが、その言葉は発せられなかった。


 口を塞がれていた。

そして、その犯人を見ようと顔を動かそうとする。

しかし、がっちり固定されているため、それはかなわなかった。

目だけを動かすと、手は大きかった。…とは言え、それはこの身体と比べたらの話で、今は身体がもととは違うし、感覚があまり掴めていないこともあって、その大小感覚はあまりあてになるはずもなかった。


 一瞬、脳裏に襲撃かとよぎったが、師匠が襲撃者を見逃すはずがなく、こんな時間にわざわざ来るような襲撃者もいないだろう。それに、師匠が襲撃者を泳がしていたと仮定しても、本人によると今は忙しいらしいので、そんなことはしないだろうと踏み、すぐにその考えを打ち消した。


 視界が暗くなった。

やがて、師匠の部屋に執事服を着た青年が来た。その青年はカーテンを開け、ベッドで寝ている(おそらくふりをしているだけだろう)少年を起こす。師匠の机の棚にオブジェクトとして置かれていた竜の少女はその青年の姿を見ていた。「オブジェクトって。」とツッコみたくなる衝動を必死に抑えながら、じっと待とうとするが、横に置かれていたので、寝ていいということだろうかと勝手に拡大解釈をして眠気に誘われるがまま瞼を閉じた。






 それから、またしばらく経つと今度は竜の少女を師匠が起こした。今度は普通だった。しかし、油断はしないように、と師匠に教えてもらったばかりなので、一応、周りに注意しながら、竜の少女はあちこちに視線を向け、今の状況を確認する。どうやら、着替えたり、ご飯を食べたりしていたようだ。師匠の服が変わり、作業用の机とは別の小さなテーブルが置かれていて、それはもうすでに綺麗に拭かれていた。


 竜の少女はあちこちに視線を向け、今の状況を確認し、そして最後に再び師匠の方を見る。



 しかし、見えたのは師匠ではなく、影だった。


「うわっ!」


言うやいなや避けようとするが、避けられなかった。


「…いだっ。」


 前に飛んできた扇子も速かったが、今回のは段違いの速さだった。さっきの影は縦に長かったため、おそらくだが、師匠が直々に扇子を手に持って突いてきたのだろう。だが、師匠と竜の少女との間には階段に例えるなら、段違いどころか、階が違うまさに格が違うため、一応手加減してくれているのだろう。まあ、痛いことに間違いはないのだけれど…。





そして、予想通りのお咎めが降ってきた。


「自分では油断していないつもりだったのかもしれないが、まだまだ甘すぎる。何回も相手が同じ手を繰り返すわけがない。常に、油断せずに注意を払いながら、思考を回し続けるんだ。相手の数手先を常に読むようにするんだ。」


 しかし、竜の少女は師匠に早く労ってほしいのか、師匠の言葉をちゃっかり、話を聞きながらも、すばやく自分の魔法の成果へと話題を切り替える。師匠はまだ説教をしたりなさそうだったが、最低限のことは言ったので、それに素直にのる。





「師匠、私、魔法を現実で実現させられましたよ。

あのですね…」


竜の少女がもう1回再現しようとするが、師匠はそれを止めた。


「いや、1回で十分だ。」


竜の少女は自分の作業をやりながらもこちらの進捗をきちんと把握している師匠に驚きを通り越して半ば呆れながらも師匠の判定を待つ。





…ごくり。





しかし、竜の少女のキラキラした目を褒めてほしそうに向けるが、師匠から告げられたのはたんたんとした冷たい声に釣り合った点数だった。


「20点だ。」

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