第39話 授業(4)
竜の少女は寝落ちした後、少ししてから起こされた。
すると、数時間前と同じように、誰かの声の後、目の前には扇子が落ちて来ていていた。いや、速さ的には飛んできただが。しかし、数時間前とは変わったことが少しだけあった。それはどうやら自分が少し斜め上を見るような首が痛そうな態勢で寝ていたせいか、はたまた、もとからそうするつもりだったのかは分からない。だが、とにかく、竜の少女の頭のちょうど真上付近から落ちて来たことと、扇子が少し掠めたものの、すぐに回避行動に移れたことの2つが変わっていた。
竜の少女はスローモーションに見える扇子を見る。
次に、今度こそは避けるため、すぐに机を両手で押す。
そして、椅子を全力で後ろに引いた。
目の前を扇子が少しだけ、かする。
その摩擦に体の皮膚にあたる部分が少し痛んでしまった。
その瞬間、少しだけ痛覚らしきものを感じたため、身体が違うから痛覚の感じ方が違うというだけで、基本的に感覚はあるのだろう。
しかし、竜の少女は数時間前の自分と少しは変われた喜びに浸っているようだった。いつもよりも頬が緩んでいて、目も少々うるんでいた。
そんな、素敵な雰囲気くらいは流石に感じ取ったのか、それともただ作業に熱中していただけなのかまでは分からないが、おそらく後者だろうと感じながらも落ち着いた竜の少女は部屋にかかった時計を見る。
もう、日の出が出る1時間前くらいまで、時間が経過していた。
師匠は竜の少女に授業のラストを告げる。
「最後のテーマは戦闘において必要なことだ。」
竜の少女は師匠にバレないようにと思いながらも、気づかれるのを承知で観察する。おそらく、起きていたのだろう。やはり、顔には相変わらず、ちょっとだけだが、疲れが見える。師匠はあまり顔に出さないタイプだから、今見えている疲れよりもよっぽど疲れているのではないかと想像すると心配になると同時に申し訳ないなと心を痛める。しかし、おいていかれては堪らないと竜の少女はすぐに授業に戻るのだった。
「初心者の戦闘において1番重要なことは何だと思う?」
「うーん。単純な力…とかでしょうか。」
「まあ、確かにそれも必要ではあるが、1番ではない。」
「僕の正解は、どれだけ自分の枷を捨てる覚悟があるか、だ。
例えば、戦争で自分のためなら、容赦なく子供も大人もどんどん殺せる人と優しすぎて殴ることはできても殺すことはできない人がいるとする。この2人が同じ実力で、同じ武器を持っていたとすると、果たして勝つのはどちらだと思う?
聞くまでもないよね。順当にいけば、もちろん、選択肢が豊富な前者が勝つに決まっている。」
「つまりね。枷というものは非常に重要な存在で、重要な存在だからこそ、枷は1つ減っただけだとしてもすごく効果が出やすい。その分、その1つを減らすだけでも、結構苦労することになるかもしれないが…。」
「そして、その枷として最も核心にあるのは何だと思う?」
「…性格ですか?」
「そうだ。人は、その人の性格や信念などによって人は縛られている。」
「君の場合はその優しさだな。」
竜の少女は周りを見渡す。自分以外に誰かいるのかと思ったのだろう。
少年は自覚なしな竜の少女を少しばかり意外に思いながらも、竜の少女をまっすぐ見る。
「この部屋には君と僕しかいない。ああ、もちろん君とはアザフェルの事だよ。」
そこまで言ってやっと気づいたのか、竜の少女は自分を指さす。
「私ですか?」
「ああ、そうだよ。アザフェル、君のことだ。
自覚がなかったようだね。」
「えーと、私は最高でも普通で、最悪、最低な人間だと思っていたのですが…。
まあ、師匠よりは確かに優しさというものはあると思いますが…。」
「そうか?まあ、そういうものだよ。」
師匠は竜の少女の厳しい評価をどこ吹く風という様子でさらっと流す。
竜の少女は内心、師匠の
「その人の性格はその人を創るもので、偽り続けるのは危険だ。しかし、その性格を相手に晒すと相手は必ずその弱点をとことん狙って来るだろう。同じ実力の者同士が戦えば、最後に決着の決め手になるのはその自分というものを創っている枷や弱点の少なさとそれを相手に悟らせないようにする技術だ。そして、その逆もまたしかりで相手の枷や弱点を探り、そこを徹底的に潰していく。」
竜の少女は自然と顔が引きつる。
もちろん、師匠の容赦のなさに。
「初め、これだけ僕が忠告しても、自分の中で心に刻み込んだだけでは土壇場になると自分の本質はどうしてもにじみ出てしまうものだ。そこで、君は戦闘時に使えるもう1つの人格を創っておくといい。戦闘では本当に君か分からないくらい冷たく、枷が少なすぎる人格になれるように。トリガーはこのペンダントだ。後で使い方は説明する。
君の優しさは君を創る一部でそれは君にとって必要不可欠だ。今まで、何度も君の役にも立ってきたのかもしれない。
しかし、戦闘においては無用の長物どころか、ただの邪魔なゴミだ。」
竜の少女は、はっきりとした容赦のかけらもない断定に、なんて奴なんだと思ってしまう。
「戦闘において必要なのは7個しかない。」
「7個しかって、そこは7個もと言うべきだと思いますよ。」
思わず心の声がダダ洩れになってしまっている竜の少女が言った。
「必要なのは冷静な思考、柔軟性、強固な精神、鋭い洞察力、躊躇いのなさ、油断しないこと、正確な感それだけだ。」
「ここまで、質問はあるか?」
今まで師匠は1回もこちらにそんなことを言っていなかったため、竜の少女は少なからず、衝撃を受けてしまっていた。
「いえ、ありません。」
しかし、そんなことをいちいち言っていたら、授業が進まないため、そのまま普通を装って返答する。
「では、とりあえず座学は終了だ。」
「次はいよいよひたすら練習する実践編だ。」
休憩なしなのはもう予想がついていた竜の少女だったが、どうにも頭が回らなかった。そこで、眠そうな目をゴシゴシとこすり、部屋の時計を見る。
もう、時計の針は5の数字の近くまで移動していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます