第38話 授業(3)

バタン。

…という音ならぬ、ぽとっという音が聞こえる。


竜の少女は目に映る1つのライトと一面の白い壁を見つめる。


「あの…。師匠、その意味わかってますか!!」


竜の少女はすぐに意識を取り戻し、今度は飛びかからん勢いで、師匠の肩をつかみ、前後に大きく揺さぶる。身体は小さくなってしまったこともあり、手が短く、師匠との顔が少し近い気もするが、そんなことが気になるはずもないくらい焦っていた。


ゆさゆさする師匠に汗が流れる。


 さすがに師匠も、それがその世界を大きく変えてしまうことに気づき、焦ったのではと思う竜の少女だった。こんなに、この人に一般常識を身につけてもらうのが大変だったのかと思うと涙が出てきそうになるが、心から良かったと安心する心を引き締めて、今にも出てきそうになる涙をぐっと堪える。


「…うっ。すまない。」


少年の体がぐらッと揺れる。


 竜の少女は、「やっぱ普通そういう反応になりますよね。」と心の中で共感し、自分と同じ気持ちになってもらえたことと、同じ感覚を共有できるようになったことをひそかに喜ぶ。


「師匠、大丈夫ですか。気持ちは分かります。その重大さをお分かりいただけたのなら、よかったです。…立てますか?」


竜の少女は師匠を支えるために手を差し出す。


「ああ、ありがとう。」





そして、重なる。



「授業の続きをしようか。」

「いったん、休みましょうか。」


2つの相反する言葉が。



それからさらに、重なる。


「えっ」

「えっ」


今度は同じ言葉が。


 


 食い違う2人の考えを両者は察したのか、静かな雰囲気が降りる。

先に反応したのは、師匠の方だった。


「もともと、僕は本来、生まれつき体が病弱でね。

めまいなんて結構頻繁だったんだ。完治したのかと思っていたけれど、まだ少し残っていたみたいだ。」


「…そうですか。」


竜の少女はものすごく残念そうに言う。


師匠は首を傾げるが、竜の少女はスルーして、授業を進めるように促す。


「魔力の性質変化については実践の訓練の時にみっちり仕込むから、楽しみにしておくといい。」


すると、竜の少女は少しだけうきうきした感じで返す。


「そうですね。楽しみにしており…

…へっ? …私は何を言ってるんでしょう!?」


師匠はそんな竜の少女の反応を見て面白そうに目を細める。


「いいことじゃないか。

好奇心は自分を成長させるのに、大いに役に立つ。」




師匠はそう言うとまた次の授業に移ろうとする。


「じゃあ、次に魔方陣についてだが…。」


「いや、まだ解決していないんですが…。」


そう言って微妙な顔をする竜の少女を授業に巻き込む。


 師匠はきれいに片付けられた机に近づき、机の引き出しからミニ黒板のような物を取り出す。


「魔方陣は定番としてはこんな感じだ。」


そして、そのミニ黒板に素早く書く。

 

 それは、とても綺麗なバランスで正確で整っていた。竜の少女はいかにも師匠らしいなと思った。それは、中央に五芒星が、その周りに内側からだんだんと大きくなる3個の円が書かれていた。


師匠はそれぞれの個所を指しながら説明していく。


「まず、この五芒星の中には発動させる魔法の属性とその魔法自体のイメージを詳しく書いていく。次に、円で作られた枠には発動させる魔法の発動条件を一番内側から、魔法の継続時間を、それから魔法を発動させる位置を、最後に魔法に必要な魔力量と、もし魔法を変化させるのであればそれと一緒にその魔力量の分配を書きこむ。」


「魔方陣に書く文字は現代に使う普通の文字とは違う魔文字が使われるが、大体の法則は同じだから、本来であればすぐに覚えられるだろう。しかし、今回は時間がない。だから、よく使われる魔文字だけ覚えてもらう。」


そして、師匠は再び、机の引き出しを開け、竜の少女に紙の束を渡す。

それは、すべて重ねて本にすると、ちょうど竜の少女が昔、読んでいた分厚い本1冊分になるくらいだった。


「えっ」


「…多くないですか。読んで理解するだけならまだしも全部記憶するなんて…。

私はこれでも、結構そういうのは得意なつもりだったのですが、これを読んで全部記憶するとなると、これだけで30分はかかりますよ。」


「それは遅すぎる。それだけであれば、最低でも10分は切ってほしいんだが…。分かった15分までに覚えるように。」


「……分かりました。」


 


 竜の少女はそろそろ眠くなってきた頭を必死に働かして1分1秒惜しむ勢いで読んだ。なんとか、ギリギリ15分をクリアしたが、案の情と言うべきか、休ませてはもらえず、次の授業が始まった。




「次の4つ目のテーマは交渉術だ。ただでさえ、経験が足りていないのだから、最低限、戦いの中で少しくらいは頭が回るようにしておいた方がいい。」


次は机の本棚の前に移動し、本を取り出す。

 この本棚も綺麗に整頓されているが、本はよく読むのだろう。頻繁に本の入れ替えをしているようで、本棚の棚の部分の隅が少しだけすり減っていた。


ドサッ。


目の前に積み重なる数々の本。


 また、大量の文字だ。しかも、さっきは1冊くらいだったが、今回は、はっきりと数えるのは時間が惜しいくらい渡された。ざっと目分量で30冊くらいあるだろうか。今度は記憶する必要はなく、理解するだけでいいとは言え、これは結構厳しい。


「師匠、さすがにこの量は…。めちゃくちゃ頑張って1冊5分で読んだとしても2時間半もかかってしまいます。」


「仕方ない。

できるだけ、早く読んでほしいが、それくらいなら待とう。」


師匠はそう言って、ベッドに座って作業を続ける。


おそらく、この机に座って読めということなのだろう。




 竜の少女は初めて知るたくさんのことに好奇心を刺激され、楽しい時間を過ごしながらも、早く寝たいという一心で、ひたすら読んだ。その甲斐あってか、2時間ほどで読めたこともあり、寝落ちしてしまった。

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