第35話 固定概念

 竜の少女は目をこするも、変わらない風景に「うがががががが」となる。


そして、竜の少女は信じられないといった表情で師匠に矢継ぎ早に言葉を浴びせる。


「あの、師匠、今の鐘の音聞きましたよね。時計が見えないんですか。

もう24時ですよ。今から授業とか正気ですか。いや、冗談ですよね。

いや、もうこんなの冗談以外のなにものでもないですよ。」


師匠はというと相変わらず、何か作業をしっぱなしで、竜の少女の大量の言葉という矢を軽くいなす。


「僕はね、冗談はあんまり好きじゃないんだよ。早く寝たいんだったら、余計に早く始めた方がいいよ。」


しかし、今度ばかりは竜の少女も負けずまいと反論しまくる。


「師匠、その顔はお疲れですね。師匠、私が寝ていた間も寝てないですね。それに、ごはんも食べてないですよね。健康によろしくないですよ。あと、今から、授業を始めて、私の練習までもしていると最悪、寝るのが次の鐘の音の3時くらいになってしまいますよ。師匠も疲れてると思いますので、今晩くらいはゆっくり寝ましょう。」


 竜の少女は満足そうな顔をしていた。

竜の少女は自分が即席で考えた自信作の説得文句を言い切って、師匠と自分の健康のために師匠を説得できたと、してやったりと思っていた。しかし、同時に油断は禁物だとさっきの言葉を思い出し、すぐさま形だけの警戒をするが、どうしてもここまで言ったのだから大丈夫だろうとどこかというか、ほとんどそう思っていた。


「大丈夫だ。君が僕の見立てどおりか、それよりも優れていたら、確実に今日中にはできる。明日まではかからないだろう。

…というか、明日までかかるのは困る。だから、多少力づくでも、君には最低でも日付が変わるまでにはある程度できるようにしよう。」


竜の少女は予想外すぎる返答に口が自動的にポカーン状態になりそうになるが、それを無理やり中断して、ツッコむ。それができただけでも、竜の少女は自分を褒めたくなる。


「…ちょっと待ってください、師匠。私が言っている3時は今日のですし、今までの私の話、聞いてましたか? 体、壊しますよと言ってるんですよ。しかも、多少の力づくって、絶対多少どころじゃないですよね。」


「ああ、とりあえず、もうやるよ。あまり時間がないんだ。

 明日、遅くても明後日にはここを出る。」


少年はさすがにその会話にはもう退屈したのか、半ば無理やり、話を引き上げた。





 それから、私の3つ目の試練が幕を開けたのだ。

授業という名の半強制的な脳活性化トレーニングが。



ぷスプスプス…。




 この音は何かが抜ける音だ。この音は何が抜ける音なのか…

ハサミで表面をうっすらと切ってだんだんとしぼんでいく風船のような音だ。よく、エルフの子に教えてもらった村の遊びの一つだったような気がする…

ああ、太陽があったかい。とてもなごやかでいい日だな。




ぺしっ。

扇子の親骨が竜の少女の頭を軽く小突く。


「おい、大丈夫か。まだ、全然始まったばっかりだ。ちゃんと脳に叩き込む!」


はっ。

竜の少女は慌てて自分を現実に戻そうとする。


しかし、その間にも師匠の始まったばかりの高速座学はどんどん進んでいく。


「…とまあ、大雑把だが、今説明した通り、今は魔法よりも、近接戦闘の方が主流だ。そして、僕の魔法は少々特殊らしい。だから、もし万が一、魔法が怪しまれるようなことがあった場合はなるべく黙っておくように。それから、今説明した現代の魔法や近接戦闘の常識はまた別の機会で詳しく話す。

 そのため、今日は最低限、戦いで通用する状態にするための座学だから、しっかり記憶しておいた方がいい。」


 前置きは速すぎて全然聞き取れなかったが、相変わらず、速すぎるわりにはだんだんと聞き取れるようになってきたと竜の少女は感じた。


「今回教えるのは5つだ。1つ目は、魔力についてだ。

君は魔力についてどれほど、知っている?」


「魔法を使うために必要なエネルギーです。」


「そうだ。そして、魔力は増やすことができるか?」


「理論上は増やすことができますが、現実ではその効果的な方法はまだ発見されておらず、ギリギリまで魔力を使い切って、魔力の回復速度向上を促し、魔力の回復速度を速めるという方法が有名です。しかし、これはあくまで魔力の回復速度向上を促し、魔力の回復速度を速めるため、体内に貯められる魔力量は増えません。」


師匠は大きくうなづく。


「うん。十分、現代の知識はあるみたいだね。

でも、僕の魔法論理は今話してもらった現代知識とはまったく違う。

確かに、周りと上手くいくためには、その現代知識は必要だが、今は必要ない。

むしろ、自分の固定観念がこの授業を妨げる一番の難所だ。

今までの固定観念はとりあえず、全部疑うといい。」



「さあ、君の固定観念をバキバキに砕こうじゃないか。」



「これは、固定観念と一緒に私や師匠の健康までもバキバキになること間違いなしだね。」というのが、ニコッと笑う師匠の顔を見て竜の少女が真っ先に思い浮かんだ感想だったのだった。

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