第34話 学習の始まり

師匠は少しだけ考える素振りを見せ、ちらっと竜の少女を見た。


「そうだな。」


「今、君に教えてもいいけれど、それじゃあ面白みに欠ける。

だから、僕が君に直接的にその答えを教えることはない。君は僕が間接的に与える

知識のピースでこの答えにたどり着くんだ。」


「えー。」


竜の少女は、師匠の説明ならぬ、説明を聞いて不満そうに口を尖らす。


「そんな、自分の身体の事くらい教えていただいてもいいんじゃないですか。」


「だいたい、そんなものに面白みなんて求めるのは師匠くらいですよ。」


竜の少女はそう言って、なんとか師匠の説得を試みる。


しかし、師匠が竜の少女の説得に応じるわけもない。


「まあ、面白みは少なくても、確実に君の力はこれでさらに伸びるだろうし、君の力を測るにも好都合だからな。

 アザフェル、覚えておきなさい。楽をして得たものはすぐにダメになる。楽をして生きたいという思いは誰しも持っているものだろう。そして、もし君がその生き方を望むのであれば、僕は忠告はするが、止めはしない。

 しかし、それは甘い毒だ。薬と同じだ。それは習慣になるとあっという間に抜け出せなくなる。まあ、どちらかというと楽をすること自体に問題があるというよりかは習慣化する、つまり慣れてしまうことに問題があるんだ。

 慣れてしまうと感覚が鈍る。それは、油断につながり、やがて命につながる。いつも、常に感覚を研ぎ澄ますようにする。これが、とても重要なんだ。」


少年が竜の少女の師匠になって、これが最初の教えだった。


そして、一区切りしゃべり終えた少年はボソッと吐き捨てた。


「…何も感じないのは生きていないのと同じなんだよ。」


幸か不幸か紙一重で竜の少女はその言葉を聞き取れずに師匠に言葉を返す。


「うん? すみません。なんて言ったのかよくわからなかったのですが…。」


師匠はいつもの顔で言う。


「いいや、何でもないよ。」


「そうですか。」


竜の少女は不思議な顔をするも、黙って師匠の次の言葉を待つ。


それから、少年はこうも続けた。


「感覚を研ぎ澄ますためにも、面白みは必要だ。面白みを求めるということをいろいろなことを体験することと定義するならばの話だが。そしてなにより、面白みは時に自分の感覚を狂わせるが、使い方さえ正しくすれば、それは何よりもよりどころに、そして希望になる。」


竜の少女は師匠をジッと見つめる。


そんな竜の少女を見て、少年は珍しく…と言っても、会ってからそんなに経ってないため、詳しくは分からないが、曖昧な笑みで笑う。


「…そうだね。そのうち、もしかしたら分かるときが来るかもしれないし、もしかしたら来ないかもしれないね。」


 少年は思う。

面白みの希望が分かるというのは面白み希望が残らない、そんな状況に近い経験をするということだ。自分には関係のないかもしれないことでも、そんなときが来なければいいのになと。






 少年は刹那の時間、そんなことを考えていた。

しかし、少年にはしなければいけないことがあるのだ。


 少年は告げる。王城に響く鐘の音の中…

その時計は12の数字を指していた。


「では、今から君には簡単に僕の授業を受けて、その後にはひたすら練習をしてもらう。」


「さあ、これから楽しい楽しい学習の始まりだ。」


そう言って、ニコッと笑う師匠の顔が目に映る。


 そんな師匠の目には、目に映った師匠の顔を見て、幻覚を見てしまったと慌てて目をこする弟子の顔が映っていた。

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