第31話 出会い
そこには、少年が地べたに座りこんでいた。
その少年が抱えていたのはおそらく誰かの死体だった。
おそらくというのは、その死体が大量の血にまみれていてなおかつ、痛々しく痛めつけられているからだ。
親だろうか、兄弟だろうか、それとも友人? もしくは先生だろうか。
その少年の座っている奥には
山のように積み上げられた何かがたくさんあった。
ごみだろうか、しかしゴミ処理場であれば、こんなに豪華そうで、清潔ではないだろう。
そして、ここに来た時からにおっていた。
尋常ではないくらいの血のにおい。
いや、異常すぎて、本当に血のにおいなのかもすら、
疑わしくなるようなきつさのにおいだった。
山のように積み上げられた何かをもう一度よく見る。
よく見るとそれは人の臓器や皮膚だった。
「‥‥。」
心の中で「うがががががが」という声が響く。
他にも、周りを見渡してみるも、ここがどこかの国のお偉いさんが住んでいるようなそんな竜の少女とは無縁のえらいところに来てしまったということ以外はほとんど分からなかった。
不法侵入者ということで、捕まえられないか心配になるが、これ以上ここで何もしないでいるわけにもいかず、少年に声をかけようと少年の肩に手を伸ばす。
少年は、竜の少女が少年の肩に触れる前に振り返った。その少年は少し長い前髪のせいで、顔がよく見えなかったが、顔がびっしょり濡れていた。
現在進行形でざあざあ降っている雨のせいかもしれない。
頬につーとつたった水滴が地面にできた大きな水たまりに落ち、そこに小さな波紋が広がる。
まるで、この世のようだった。
そんなことを考えながら、まだ幼い人間で言うと6歳くらいに見えるもともと小さいはずの体がさらに小さく見えた少年に竜の少女は近づく。
感情が一切感じられない空っぽな無機質な瞳で少年は近づいてくる竜の少女をぼーっと見つめる。まるで、人間のサイズの人間の形をした人形のようだった。
そして、竜の少女は少年に向かって飛びつく。少年は竜の少女に飛びつかれ、少しよろける。しかし、そのよろけはすぐに止まることになる。
ぎゅっ。
竜の少女が少年を抱きしめたのだ。少年は人形のような感情の一切感じられなかった瞳を大きく見開く。その瞳には、さっきとはまったく異なる戸惑いの感情が映っていた。
竜の少女は声を掛けなかった。
いや正確に言うとかけられなかった。竜の少女は人の気持ちは結構わかる方だと思っていた。しかし、この目の前の少年には私の言葉はどこにでもある紙きれ同然だろう。そして、なにより自分にはわからない気持ちをもつ少年の心を自分の何気のない言葉が切り裂いて踏みにじってしまうようで怖かった。
何か言葉をかけたくてもかけられなかった。口はパクパク動くだけで言葉にならなかった。仕方ないから、他の人にここがどこかを聞こうと少年から背を向けようとした。
でも、できなかった。自分の考えとは正反対に少年の元へ進む足を止められなかった。頭の中では、自分のことばかり考えていたのに、心の中では少年に何かしたいと思っていたのかもしれない。
偽善だ。そんなことを思いながらも、身体ばかりが動いて頭は全然働いていなかった。そして、少年の前に来た。頭の中は空っぽだ。
竜の少女は空っぽの頭に真っ青になりなりながらも、身体の動くままに従った。すると、竜の少女は少年を抱きしめていた。その手があったか、と竜の少女は思う。竜の少女は抱きしめていて見えない少年の顔を想像する。さっきのような人形のような顔をしていなければいいなと。
竜の少女はしばらく、ずっとそのままでいた。
もう雨が上がっていて、くっきりとした虹が現われていた。
竜の少女の腕の中で声がした。
「あははは。これではまるで前の自分と同じようだな。」
それは、少年の声だった。その声は大きくはなかったが、良くとおる声だった。
竜の少女は腕の中を見る。その腕の中には誰もいなかった。
少年は、竜の少女の腕の中から、ぱっと消え、竜の少女の目の前に立っていた。
「見苦しい姿を見せて申し訳なかったね。
君の名前は?」
「名前?
私の名前は…ない…です。」
竜の少女は、一瞬思案して答える。
それに少年はただ一言「そうか。」とだけ言った。
そして、少年は一瞬だけ思案する素振りを見せた。
「では、これから君の名前はアザフェルだ。
そして、今日から君は…そうだな、僕の使用人だ。」
「…へっ?」
竜の少女は思わず、顎が外れるほど口を開け、ポカンとする。
「…えっ」
今度は少年が不思議そうにする。
「いや、その…あの…どういうことですか?」
しばらくの間、2人の沈黙が時間が流れ、先にその沈黙を破ったのは竜の少女だった。
「…えっと、これからは、アザフェルと名乗るといいと思う。
そして、…」
そこで、竜の少女のストップが入った。
「はい、ちょっと待ってくださいね。
さっきのが聞こえなかったのではなく、聞こえていた上で、分からないというか、なんというか…。
…えっと、なぜあなたが私の名前を付けて、なぜ突然、私があなたの使用人なることになっているの…ですか?」
「ああ、なんだそういうことか。」
竜の少女は心の中で「良かった。最初は話が全く通じない人なのかと思ったけれど、意外といけそうだ」と思った。竜の少女は続く言葉を予想する。
「ああ、すまない。僕は今、頭がこんがらがっているようだ。君はここに迷い込んだのかな。よかったら、家まで送ってあげようか。…」とかそういう感じかな。
それとも、「ああ、すまない。僕は今、混乱しているようだ。しかし、君はどこから来たんだ? ここがどこか分かるか。分からないなら、教えるから、自分で帰れるか。…」とかかな?
そんなことを考えながら、少年の言葉を待つ。
「もちろん、君の身の安全は保障するし、使用人としての教育もきちんと僕が責任をもってするが、すぐには働けるようにはならないだろう。だが、その間も最低限の衣食住は用意するし、使用人として働けるようになったら、それ相応のお給料も出す。
これでどうだろうか。」
竜の少女はまったくもって、予想外過ぎる、予想には一ミクロもかすっていない少年の言葉に気を失いそうになる。竜の少女はまたもポカンと呆けるだけだった。そして、理解はしかねるが、意味は分かったところでやっと物を言えるようになった口を動かす。
「うがががががが」
少年は珍しそうなおもちゃを見た時のような顔で言う。
「どうしたんだ? これでも、待遇したほうだったが、もっと待遇しろということか?」
竜の少女は絶句する。「話が全く通じない人なのかと思ったけれど、意外といけそうだ」なんて考えていた自分を憎らしく感じた竜の少女だった。そんな中、竜の少女が抱く思いはただ一つだった。そして、動かない口を心の中で動かし、叫ぶ。
「誰かこの人の頭の中を翻訳してくださーい!」と、
もちろんそんな思いが少年にも他の誰にも伝わるわけがなく、竜の少女はこの後苦労することになるのだった。
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