第29話 バカ弟子

食料庫を燃やした後、瓦礫に座る竜の少女を虹の瞳イビルアイで見る。


走り続け、やっと追いつきそうになった途端、


竜の少女は後ろに倒れた。


「…うん?」


少年は思わず、声をあげる。


周囲を警戒しながら、竜の少女をよく見ると、眠っているようだった。


「さっき、襲われた記憶がないのか?


 そんな悠長に眠っていると言うことは…。」


「しかし、襲われた記憶があったとしてもあのバカ弟子ならやりかねない。」


「…さらにすべき説教がどんどん増えていくな。」


少年は思わずつきそうになる溜息を押しとどめ、


竜の少女に駆け寄る。




しかし、本当に後ろに倒れてから、一瞬で寝てしまったようだ。


少年は自分の小さい体で、竜の少女を抱きしめる。


もう、雨は止んでいた。


竜の少女はつぶやく。


「…あったかい。」


少年は目を見開く。


少し、強く抱きしめすぎたのか、竜の少女の重そうな瞼がうっすらと開く。


「…師匠?」


「ああ、そうだ。」


「バカ弟子のフォローをしに来たが、必要なかったな。


 帰ったら、僕直々の特別説教フルコースだ。」


「ふふふ。心配して来てくださって嬉しいです。


 師匠もお疲れでしょうに。」


竜の少女は師匠の目の下のクマにそっと触れながら、すかさずお礼を言う。


しかし、少年はそれをすぐに否定する。


「いや、君を心配していたからではなく、


 僕はこの村の大惨事を引き起こした犯人を突き止めるために来たんだ。」


それでも竜の少女は言葉を続ける。


「では、なぜ、雨はもうすでに上がっているのに、


 そんなにお顔が濡れていらっしゃるのですか。


 確かに、体全体がびしょびしょに濡れていらっしゃいますが、


 顔だけはそれと比べものにならないくらい濡れていらっしゃいますよ。」


少年は不思議そうな表情をする。


「…そうなのか。」


「そうですよ。」


竜の少女は安堵しきったのか、急に倍増して襲ってきた眠気に瞼をピクピクさせる。


「もう眠れ。」


少年に抱きしめられている竜の少女は


少年の顔をもう見上げられるような気力も残っていなかったため、


少年の表情までは分からなかったものの、


そう言う少年の声は竜の少女にとっては


普段よりもずっと優しく聞こえた。



しかし、竜の少女はつぶやくような口調でしゃべる。


「この状況、なんか見覚えがあり過ぎますね。


 前とは立ち位置がまったく逆ですが。」


「そうだな。」


2人はそんなに時間がたっていないはずの過去とも言い難い記憶を


遠くから見るように思い出す。


そして、思い出しながら、竜の少女は眠った。


それはとても、幸せそうな顔だった。


上ってくる太陽に明るく照らされていた。


少年はそんな幸せそうな顔をめずらしく、ぼーっと見つめていた。



2人の間を風が吹き抜けていく。


前髪がなびくが少年は上ってきた太陽に背を向けているため、


顔は影に隠れて見えなかった。







このまま、ここにいては今回の事件の犯人にされてしまったりと、


面倒なこと間違いなしなので、


いつまでも、そこでいるわけにもいかず、


少年は立ち上がり、おもむろに空を見上げる。


そこには、上ってくる朝日のすぐ隣に息を吞むような美しさの虹がかかっていた。


その虹は雨が上がってからだいぶ時間がたっていたので、


今すぐにも消えそうな薄さだった。




少年はいつもどおり、ローブの中に竜の少女を隠し、この村から去った。





それから、早朝とは言え、そこそこ人目があることもあり、


行きとは違い、体が不用意に揺れないようにしながら歩きで帰った。



そして、空が少しずつ赤く染まるころになり、


その日は昨日とは違うが、帝都内の同じような宿に泊まった。


部屋の扉を開けると、昨日とは比にならないほどの疲労がのしかかってきた。


意識までは遠のかなかったものの、片膝をつき、疲労困憊だった。


ベッドまではきちんとありつけたが、その日は食事もとらず、


己の身に任せて朝まで泥のように眠った。





翌日、少年はいつもどおり体内時計によって起こされて、


宿の食堂で朝食をとり、外に出て少し暗めの路地裏に入った。



もうすでに迎えが来ていた。


ローブ姿のシルエットからして男と思われるものはローブのフードを脱いだ。


ローブのフードの下にあったのは整った綺麗な顔立ちに黒髪の青年だった。


あらかじめ、青年には


この宿の近くにあるこの路地裏に


この日の8時に来るように言っておいた。


少年は作戦がもう少しかかることを想定して、馬は用意してもらっていなかった。


しかし、帝都にある食料庫がある村での事件により、


もうすでに帝国には結構なダメージが入っていたため、作戦の変更で


軍の武器倉庫への襲撃を取りやめたため、


想定していたよりも早く帰れることになったからだ。



少年は青年に馬の用意をするように指示する。


指示されなかったという少年の意図も読み解きながらも、


いろいろなケースを意識していたこの青年の優秀さによって、


馬はすぐに用意され、2人【+1匹(?)】は颯爽とラグナ王国へと帰っていった。

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