第24話 勧誘

その男は極度の方向音痴だった。


そのため、都市部の真ん中にある宿に泊まるはずだったのに、


こんな都市部とスラム街の境まで来てしまったようだ。


俺はその男をその宿まで連れて行った。


これでもう用はないと思って帰ろうとした俺を男は引き留めた。


食事を一緒にどうか、と。


俺は思わず、面を食らったが、おなかも減っていたし、


なにより、この男からはおばあちゃんと同じような感じがするから、


ありがたくいたただいた。


その料理はとてもおいしかった。


俺は男のことを気にしながらもあっという間に平らげてしまった。


その調理は俺の大好きなおばあちゃんの味がした。


視界が歪んできて見えづらいが、下を向くとテーブルクロスに水滴が垂れてきた。


豪華なテーブルクロスを汚してしまったと慌てる俺を見て、


目の前の男は笑った。


おばあちゃんに、笑ってもらえているような気がして嬉しかった。




俺の食事が落ち着くと男は俺を勧誘してきた。


「私は帝国の軍人だ。ここには、仕事で来ている。」


「私は回りくどい言い方は好きではない。


 単刀直入に言おう。帝国軍の兵士にならないか。」


俺は驚きのあまりウインナーを落とす。


「どうして、他国のしかもスラム街の戸籍もない俺…いや僕を勧誘するんですか。」


そして、少し警戒を強めた顔で尋ねる。


すると、男は丁寧に教えてくれた。


「俺で構わない。


 訝しむのも、まあ納得できる。


 君を選んだ理由は主に3つだ。


 1つ目は、君には兵士としての資質があるからだ。


 少なくとも、私の直感はそう言っている。


 私にはまだ、部下が少ないため、育てれば、結構な戦力となると思った。」


「まあ、1つ目はわかりませんが、理解はしました。」


「2つ目は、君に戸籍がないからだ。


 君はさっき、自分の他国のスラム街出身で戸籍もないということを


 問題だと言っていたが、私としては好都合だ。」


「どうしてですか。」


「帝国は実力主義だが、


 さすがに他国の戸籍を持つ民となると、いろいろと面倒になることも少なくない。


 そのため、戸籍を持たないなら、自分としても都合がいい。」


「なるほど。分かりました。」


「3つ目は、個人的な理由になってしまうが、私が君を助けたかったからだ。


 普段から、他国の兵士を殺す訓練をしておきながら、


 何をいまさらという風に思われるかもしれない。


 偽善者だと思われても仕方がないとも思う。


 しかし、それでも、救いたいと思ったのだ。私はわがままなのだよ。」


男はそう言って、笑っていた。



その他にも、男は俺に帝国の兵士になるメリットをデメリットも混ぜながら、


説明してくれた。


10年間は帝国の兵士として、厳しい訓練にも耐えなければならないこと。


しかし、10年帝国の兵士として頑張れば、


帝国の兵士をやめてこの王国に戻ってもいいこと。


また、帝国は真の実力主義であるから、実力の分だけ、いい生活でき、


自分でできることも増えること。


そして、それは王国に戻ってからも役に立つだろうこと。


それから、もしかしたら王国と戦争になるかもしれないことを。





男は、俺のおばあちゃんにそっくりだった。


でも、1つだけ違うところがあった。


それは、おばあちゃんよりも、抵抗手段を持っていて、


なにより自分がわがままであることを知って、


他者を時には切り捨てる覚悟も持ったうえで生きていた。


俺は、おばあちゃんの人生は間違っていたとは思えない。


けれど、おばあちゃんは優しすぎた、切り捨てることはできなかった。


この目の前の男は、わがままな優しさと切り捨てる覚悟を持っていた。


ただそれだけのことだ。



それでも、俺はこの男を尊敬している。


この男についていけば、


いつかは


おばあちゃんの理想を実現できるような力が手に入るかもしれないと思った。



なにより、この男はこんな俺にも目を向けてくれた。


俺にチャンスを与えてくれた。


なら、俺はそのチャンスをものにして、おばあちゃんの理想を実現してやる。




そんな俺を見て男は言った。


「今の君の顔は、とてもいいよ。


 目標を持ってしっかり生きようとしている人の目だ。」


男は遠い風景を見るかのように俺を見て、微笑んだ。


「では、返答は如何に?」


「もちろん、これからお願いします。」


「ああ、そういえば、名前を聞いていなかった。


 名前は何という?」


「…俺は、いや、私はフリートだ。」


おばあちゃんがくれたせイという名は心にしまっておこう。


おばあちゃんに元気に会えるその時まで。





それから、俺は必死に男の元で教育を受け、ひたすら訓練にいそしんだ。


帝国はすごくよかった。


さすがに、スラム街がゼロとまではいかなかったが、


俺がいたスラム街よりはよっぽどましで、あっても少なかった。


そして、軍ではみんなが互いに日々、一生懸命練習していて、


最初はビクビクしていた俺にも優しく、そして時には厳しく接してくれた。


帝国は噂どおりの実力主義で俺はどんどん強くなれた。








…もういいかもしれない。


俺はよく頑張ったよね。

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