第16話 激突(3)

そう、竜の少女はこの世の限界を知らぬ間に師匠と決めつけて、


全て考えてしまっていたのだ。


‥‥しかし、無理もないことだ。


確かに、スルトは周りと比べて、圧倒的な強さを誇る。


そして、実際にスルトはこの世でも数本の指に入る実力者だろう。


しかも、自分との圧倒的開きの差を見せつけられ、その傍にいるのだ。


こんなことは、誰が責められるだろうか。




自分の足が揺れる。


それが、合図だった。


今とは比べものにならないほどの絶対的な絶望が訪れる。


不思議に思って、自分の足を見ると震えていた。


竜の少女の前に堂々と座るローブを被った化け物はこちらを振り返る。


それは、不思議なことに、その光景の10m付近に近づくまで察知できなかった。



そして、その化け物を中心として、


左右に部下とおぼしきものたちがずらりと並んでいた。


そして、ローブを被った化け物はローブに隠れてあまりよく見えないが、


こちらを見てニコッと笑った、その口元だけははっきりと見えた。


「やあ、こんにちは。


 ここまで着くには、もうちょっとかかると思っていたけれど、


 思ったより早く着いたんだね。」


その声は、20代から30代くらいの若い男のものだと推測できた。


そして、その男から感じられるオーラはとんでもない。


いつものように、「うがががががが」という声が出ないくらいに。


それがどのくらいヤバいかというと、


竜の少女が逆立ちをしても何をしても絶対に勝てないだろう師匠よりも


さらに数段上をいくというところだろう。


師匠でももって10分と言ったところだろうか。



早く逃げろ!


早く!殺される!!


…逃げてどうする?


…逃げきれないだろう。


…私はここで死ぬの?


…師匠から与えられた任務は?


…せっかく、あんなところから抜け出せたのに?






「うるさいうるさいうるさい!」


竜の少女の脳裏に浮かぶのは、後ろに背負っているエルフの子だった。


その子の姿と記憶の中のエルフの子の姿とが重なる。


そして、竜の少女は小さなこぶしをぎゅっと握りしめる。



「もう逃げない!」



「ほう?」



「殺してやる!」


「お前だけは許さない!!」



竜の少女は生まれて初めて「殺す」と言う言葉を使った。



彼女はとても優しかった。


他人ばかり気遣って、自分のことは後回し、


大のつくおひとよし、


できるだけ、殺すということはしたくないため、それ以外の方法を必死にさがす。


それでも殺すしかない場合は苦しまないように一息に殺す。


明らかに善人だった。



そんな者が、初めて殺すことをはっきりと自分の意志で決めた。


そして、その言葉には竜の少女の間違いなく、全身全霊の力が込められていた。





「お前は、この山の全員、そしてこの周辺にいる奴らとは全然違った。


 俺にお前の全てを見せてみろ!」



そして、竜の少女はペンダントに自分のありったけの魔力をつぎ込む。




慈悲の死メルシーインダクション




ペンダントが七色に光る。


その光は、一瞬にしてその辺り一体をその光で包む。


そして、光は収まっていく。



竜の少女は現実を受け止めるため、覚悟を決め、感覚を研ぎ澄ます。




しかし、やはり、現実は残酷にも無情に終わりを告げる。


もともと、聡い竜の少女は結末を知っていた。


そして、竜の少女は背負っていたエルフの子を降ろし、ぎゅっと抱きしめ、


ただその時を待つ。










そして、血吹雪が舞った。

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