第12話 オーバ・チュア

オーバ・チュアの73年間には、実にいろいろなことがあった。


オーバ・チュアは帝国のそこそこ発展している村の村長の長男として生まれた。


ものごころがついたころから、何不自由ない生活を送っていた。


緩やかな日々



オーバ・チュアは確信していた。


17歳になり、恋人もでき、これから私たちは結婚して親父たちの後を継ぎ、


引き続きこの村の中で、一生、生きていくのだと。


このまま、同じような平和な日々が続いて行くのだと。


そう思い込んでいた。


そう信じて疑わなかった。


疑うことさえもしなかった。






そして、その平和な日々は終焉を迎えた。


自分たちは何も知ることなく…。



自分が何かおかしいと気づいたときには


もうすでになにもかも手遅れだった。





今でも頭の中をグルグルと駆け巡る。




目の前に広がる火の海が


耳に突き刺さる数々の悲鳴が


鼻の奥にへばりついてくる鉄のにおいが


どくどくと流れる両親の血が


助けてと叫ぶ弟たちの声が








自分が一番愛していた人が


笑っている姿が


伸ばす手のほんの少し先で、聞こえる


その人のありがとうという言葉が





そして、その人よりも印象に残っている「奴」によって脳が埋め尽くされる。


金髪で、


色白な肌にまるで血で染まったかのような朱殷の大きな瞳をもつ顔に


すらっとした長い手足。


それに、人間を地を這うアリのように見下しながら、


なによりも衝撃的な、「奴」のニコッと笑う悪魔、


いや、化け物のような表情をしながら、


発する凍てつくような声。






そんな中、救い出してくれたのはまだ若い一人の男だった。


その男はその化け物まではたどり着けなかったものの、


そのまま、その化け物の配下に食われるはずだったオーバ・チュアを


一人で配下から必死に守ってくれた。




オーバ・チュアはそのまっすぐで心強いその男の刀に憧れた。






その日から、オーバ・チュアは変わった。


オーバ・チュアは戦いに生きていく。


毎日毎日、戦いに身を投じ、いつもいつも戦いを考える。


ふと、オーバ・チュアはつぶやく。


「これはもはや、一種の呪いだな。」





もう、オーバ・チュアを動かすのはその呪い、ただ一つだった。


そこにあるのは、必死に自分を守ってくれた男の刀なのか、


はたまた、自分から全てを奪い、自分に1つを授けた化け物か。









必死に自分を守ってくれ、


自分を何から何まで手伝ってくれた男には感謝しても、しきれない。


そして、仮に自分がその男の立場であれば、オーバ・チュアを許せないだろう。



しかし。


それでも


いや、今だからこそ


今だけは自分の中のただ一つ以外の全てを封印しなければならない。







オーバ・チュアはその自分の中のただ一つ以外の全てを封印した。


白髪の男がそれらの封印を解くのいつになるのだろうか。




白髪の男はもう振り返ることはしない。


ただ進むだけだ。

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