中編
『えーっ、待って待って!?なにそれ!?』
電話から甲高い声が響き、夏鈴はすぐにスマホを耳から離した。
その日の夜。帰ってきてからなんだかそわそわして、親に「どうしたの?」と言われる始末だった。1人で抱え込むのはとうとう我慢できなくなって、寝る前に大親友であり、小学校と中学校が一緒だった
「だからさ、私も戸惑ってさ…」
『そりゃそうだわ!うちも羽水くんにそんなイメージなかったんだけど!?アッハッハ』
「笑い事じゃないんだけど!?」
『まあまあ、そんな慌てなさんな。あー、夏鈴も初めての春かぁ』
「ちっ…、ちっがーう!!」
『アハハハハハ』
明らかに面白がる楓花に、夏鈴はむくれた。
「ねえ、明日どうすればいいの!?」
『え?どういうこと?』
「あの、その…なんか気まずいなぁって」
『え?なんで夏鈴が気まずくなるの?別に異性の友だちと行くだけでしょ。まさか今さら、羽水くんを意識し始めたのか?』
「だーっ!!だから違うってば!」
夏鈴はベッドの上で、足をジタバタさせた。
『アハハハハ!冗談だって!いつも通りしとけばいいじゃん?』
「いつも通りぃ…?」
『うん。あ!浴衣着ていけば?ちょっとは羽水くんもキュンってなるんじゃない?』
「だーかーら…」
声のトーンを下げると、楓花が慌てだした。
『羽水くんのことは置いといて、浴衣は真面目な話だって!うちら一生に一度の17歳だよ!?浴衣着て夏祭りって、めっちゃ青春じゃない!?』
夏鈴は布団を握る手を緩める。
──あ。
私がイメージしていた青春…?って、こういうことなのかな?SNSで見るような、私とは別次元の女子高生が過ごしてる夏。キラキラして、周りからも憧れられて。こんなの、私にはできないって思ってたけど。
───青春、私にもできる!?
夏鈴は普段『~したい』と言わない方だと自覚している。洋服ですら、家計のために安い店で安いものを選ぶし、おこづかいも無駄なものには使わない。そんな私だけど、高校生っぽいことをやってみたい。
『夏鈴?聞こえる?』
「あ、うん!ありがとうふうちゃん!なんか私も、やりたいことやっていいんだなって思って!一度きりの女子高生、楽しまなきゃね!」
『え、いきなりなんのハナシ??』
「私明日、楽しんでくるね!」
『?なんか話がずれてる気がするけど…』
楓花は思った。この子、真面目すぎて途中からついていけなくなるとこがあるんだよね…と。ま、そこが面白くて大好きだから、あたしは夏鈴とずっと友だちなんだけど。
『まあ夏鈴が楽しければあたしもうれしいわ』
「うん!めっちゃ感謝!」
『よかった!じゃ、進展期待してるから絶対電話しなよー!?』
「だからそんなんじゃないから!!」
朝。いつもより早く目が覚めた。
リビングに出ると、母がご飯を食べていた。
「あ、おはよう夏鈴。お母さん今日急遽仕事入ったから、昼はなんか勝手に食べといて?」
「あ、分かった。あの、…お母さん、今日夏祭り行くんだけど…」
「あ、そう。じゃ夜ご飯いらない感じ?」
「うん。えっと…」
「どしたの?」
母が訝しげに夏鈴を見つめる。ぎゅっとパジャマを握りしめた。
普段は言わないけど、今日だけはちょっとだけ本音を言ってみる…!
「あの、浴衣、着ていきたいんだ」
「ええ?」
不思議がる母の声。夏鈴はうつむいた。やっぱり、浴衣なんて無理だよね…。ごめんなさい、こんなこと言って…。
「なんだ、早く言えばいいのに?」
「…っ」
顔を上げると、にっこり笑った母がこちらを見つめていた。
「浴衣なら、あたしの古いやつあるよ。着る?」
「え…!」
夏鈴は予想外の返事に驚いた。
「あたしも夏鈴くらいのとき、ばあちゃんに浴衣着たいってねだったことあったわ。ちょうど夏祭りでね」
「本当?」
母が食器を片付けながら言う。
「そ。あんたは真面目だから、そんなこと言わないのかなって思ってたけど。でもよかった、なんか安心した。夏鈴ももう、17歳だもんね」
聞いているうちに、目の奥が熱くなってくる。
「ごめんなさい、わがまま言って…」
「え?なに言ってんの!あんたね、父さんの真面目なとこばっか受け継いでんじゃないよ!たまには夏鈴のしたいこと、しなさい」
「ありがとう…」
思わず涙がこぼれそうになった。手先が温かくなってくる。
「さぁ、あんたも起きたなら朝ご飯早く食べちゃって!母さん探してくるから、浴衣」
「うん!」
リビングに差し込む光が、とても柔らかかった。
「わぁ…!」
母が出してきた浴衣に、夏鈴はため息をこらえきれなかった。
「んー、ちょっとほこりっぽいな」
「でも、すっごくきれいにしまわれてあるね!」
「そりゃ、あたしの大切なやつだもん」
「そうなんだぁ」
「あんたが着るって言い出すのを待ってたのよ」
「えー…!」
白がベースで、水色の線で川を表している。ところどころに金魚が描かれており、帯も鮮やかな赤色だ。
「すごい…!」
「で、残念だけど、あたしは仕事に行くので、今から一緒に着ましょう」
「は、はい!」
人形のように着付けられること20分。
「できたぁ、仕事間に合うかなぁ」
ものすごい速さで着せてくれた母が、疲れた手をぷらぷら振った。
「おぉ…!」
一方、自分自身を鏡で見た夏鈴は、驚いて固まってしまう。
「なんだか、自分じゃないみたい…!」
「アッハッハ、なーに言ってんだ」
「ありがとう!お母さん!」
「楽しんできな!それと、あたしもう出るから掃除と洗濯、よろしくっ」
「はいっ!………え?この格好で…?」
浴衣姿で掃除や洗濯をこなし、黙々と課題を進めていたマジメの権化的な夏鈴は、午後4時を指す時計を見て、慌ててスマホを手に持った。
『4:30にひまわり畑前のコンビニに集合でいいかな』
昨日送られてきたメッセージをもう一度確認する。やばい、もうすぐ集合だ!
バッグにスマホやら財布やらを詰め込む。
「行ってきますっ!」
「はぁ、はぁ…」
運動習慣のないこの重い体にむち打って走り、なんとか集合5分前に着いた。
「どこだろ…?」
たらたらと流れる汗を拭いながら、辺りを見回す。
「あ、境さん」
「あ、」
コンビニのドアが開いて、廉弥が出てきた。
「お、おはよう!あ、おはようじゃなくて、こんばんは…?」
何を話していいか分からず、しどろもどろになって挨拶したら、廉弥がほほえんだ。
「こんばんは」
「…っ」
白いTシャツの上に淡いブルーのシャツを羽織り、すらりとした黒いズボンを履いた彼は、いつもと全然違った。普通の格好なのに、どこかの俳優さんみたい。
そんな廉弥を見ていたら、張り切って着せてもらった浴衣姿の自分が急に恥ずかしくなってきた。
「なんか、羽水くんはラフな格好なのに、私だけ浴衣なんてちょっと重いよね…」
「…?そう?とっても似合ってるけど」
「え…!?あ、ありがとう…」
無表情でさらっと言う廉弥。やっぱりいつもの彼だけど、そんなことを言われたら少しドキッとしてしまう。
「行こう」
「あ、うん!」
だんだんと落ちる太陽が、2人の影を伸ばす。道行く人々も、心沸き立つ様子で夏祭りへと向かっている。2人は並んで歩いていたが、だんだんと夏鈴が遅れながら廉弥に着いていく構図になってしまった。
それに気づいた廉弥が夏鈴を見た。
「大丈夫?」
「え?」
「疲れちゃった?」
「疲れてないよ!大丈夫」
───大丈夫では、ない。靴擦れしてるんだ。
久しぶりに履いた、ちょっとおめかしするとき用の靴。ほんとは靴擦れするから、あんまり履きたくないのだ。だから、いつもより歩くペースが無意識に遅くなってしまう。
「ちょっと来て」
「…?」
廉弥に、道端の小さな公園に連れて来られる。そして夏鈴に近づいてしゃがんだ。夏鈴の足をまじまじと見つめる。夏鈴の鼓動が速くなる。な、なに?
「やっぱり、靴擦れしてるんじゃない?」
「…っ」
見抜かれていた。なんにも分かってないように見えるけど、こういうことにはすぐ気づくんだよね…。
「や、大したことないよ」
「だめだよ。ここに座って」
真剣な彼の眼差しに折れて、ベンチに座る。
廉弥がポケットを探って、絆創膏を取り出した。
「これ」
「あ、ありがとう…」
絆創膏を受け取る。廉弥に見守られながら、貼ろうとしたが、不器用な夏鈴はうまく足首に貼れない。靴擦れしたところに絆創膏を貼るとき、いつもあぐらかいてやってるからだ…と、夏鈴はいつものズボラな自分を殴りたくなった。
「僕、やろうか…?」
遠慮がちに廉弥が聞く。
「え!?いいよいいよ!」
「そう…?」
「大丈夫だよ!!」
ブンブンと首を振り、焦った夏鈴が手を離した瞬間、絆創膏が地面に落ちた。
「「ああ…!」」
2人の声が重なる。砂まみれの絆創膏と、固まった2人の頭上を、カラスがあざ笑うように飛んでいった。
「ご、ご、ごめんなさい…!」
しどろもどろになる夏鈴に、廉弥は決意を固めた面持ちで言い放つ。
「僕がやります」
「は、はい…」
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