拭えぬルージュ

羽間慧

拭えぬルージュ

 ハイブランドの服は持てなくても、使う小物には気を遣っていた。通勤鞄やベルトは合皮ではなく本革のものを。メタルブレスレットの腕時計は定期的に汚れを落とし、ほこりが入り込まないように注意していた。


 だから家の鍵を取り出すためにミニポーチを手にしたとき、赤い斑点が浮かんでいたことに動揺を隠せなかった。


 一体いつから?

 どこでついた?


 水で落とそうとしても消えない斑点が、不思議でならなかった。


 翌日の帰宅時に、斑点はもう一つついていた。昨日見たものより少しだけ大きい。

 次の日も、その次の日も、次の次の次の日も、赤い斑点はミニポーチの裏面まで広がっていった。規則性なくつけられていく斑点は、真っ赤に色づいた下唇を押し当てたかのような形にも見える。


 真っ赤な口紅は、化粧ポーチにはない。鍵を入れたとき以外は、ミニポーチはずっと鞄の中だ。


 鞄に手を入れたとき、べたべたとしたものが指に触れた。恐る恐る引っ張り出してみると、指に絡まるほどに溶け出した赤い塊があった。


 本革でできたネームホルダーのふちが、首の汗で劣化したらしい。新しいネームホルダーは、二度とべたつかないリボンにした。

 後に残ったのは、斑点が残ったままのミニポーチと通勤用シャツ数着である。

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拭えぬルージュ 羽間慧 @hazamakei

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