第2話:今日の善き日に

 今から1000年以上前のこと。


 ひとりの王の下、統一した国家が作られた。

 その国は元はただの小さな島国だったが、大陸からの移住者が“最後の楽園”だと大勢を成して島に集まり、元々島に住んでいた人々の領地を侵しつつあった。


 ある者は移住者を侵略者として排除しようと戦い、

 ある者は移住者との同盟を望み手を取り合った。


 どちらも自分たちの領土を守るためだったが、同じ島の人間同士に大きな亀裂をもたらした。最後の楽園と呼ばれるほど平和だったはずの島は争いが絶えなくなった。


 そんな混沌とした島に突如と現れたのは一匹の魔獣。

 

 移住者も先住民も問わず襲い掛かり、島中を蹂躙した。

 

 しかし、魔獣はひとりの男によって倒された。

 

 男は英雄として称えられ、島で最初の王となった。王はこれ以上争いが起こらないようにと国家を作り、領土を分け、法律を作った。


 もう二度と人間同士で争うことはなくなった。

 

 こうして、小さな島国は立派な統治国家となり、平和が訪れた。

 

 

 倒された魔獣がその後どうなったのか誰も知らない。


 ただひとり、魔獣を倒し王となった男を除いては。

 

 



 それから1000年とさらに一週間後のお話――





 城下町の喧騒が森の奥まで聞こえてくる。

 打ち上がる花火の音、音楽隊が奏でる楽し気なメロディ。大通りの路面店にはきっと今日の善き日を祝おうと集まった人々で賑わっていに違いない。


 この国がお祝いムードになるなんていつぶりだろう。それこそヤツが生まれた日以来じゃないか。それならなおのことお祭り騒ぎとなるのも当然だ。何せ今日はその皇太子、つまりは次期国王の結婚式なのだから。

 

「あんたは結婚式には行くのかい?」

「あいにく招待されてないんでね」


 馴染み客であるミヤの質問に背を向けたまま答える。今大事なところなんだ。目の前の仕事に集中したい。


「セルディック王子の教育係のアンタが呼ばれてないだって?」


 ミヤはあからさまに驚いた声をあげた。背中越しでも分かる。不機嫌に顔をしかめている。

 

「それはもうずいぶん昔の話だ。王子が小さい時に世話しただけで今は王室とは何の関係ないよ……っと」


 寸でのところで注いでいたビーカーを軽く上げる。反対の手には細い試験管を持ち、移し終わった中身を今度は鍋の中へと投入する。慎重に少しずつ注ぐとぷくぷくと小さな気泡を立てていた真っ黒な液体に青いマーブルが一瞬広がり、くるくると円を描いて溶けていく。

 

「だからってアンタを結婚式に呼ばないなんて信じられない! 国王は義理も人情も見失っちまったのかね!」

「王子には他に何人も教育係はいたし、わざわざ王室専属でもない魔法使いまで招待してたら城中の椅子を集めても足らないさ」


 思いつく限りの言葉を返してみたがミヤが納得させられるには程遠いようだった。

 

「何人もいたって最後まで面倒みたのはクレアただ一人じゃないか。他はみんな根を上げて逃げてった。あのボンクラ王子が立派に成長したのはアンタのお蔭だろうに。わかった、不義理の原因はどうせあの継母のせいさね。だからアタシは嫌だったんだよ国王の再婚なんて……」

「ほ、ほらほら、お待たせ。いつもの薬が出来たよ!」


 鍋の中身をお玉ですくい、空の小瓶に移す。すくった瞬間は真っ黒だった液体が小瓶に入れた途端、鮮やかな紫色に変わった。良かった。今日も成功。何十年続けている作業でもやっぱりこの瞬間は緊張する。


 小瓶の蓋をしっかりと閉め、紙袋にいれてミヤに差し出す。


「今日のは少し調合を変えてあるよ。旦那の足のむくみに効くはずだ。膝の痛みが酷くなってるのは血流の流れも影響してるのかもしれない」

「ああ、ありがとう。助かるよ! 医者は鎮痛剤しか出しやしないから困ってたんだ。ほら、もううちの人は歩けないだろ? だからアタシが代わりにって来てんのに医者は禄にこっちの話も聞かないんだよ」

「限られた診察時間じゃなかなかね。こっちはあんた達とは長い付き合いだから。もう70年ぐらいか?」

「私の母の代を入れたらもっとだよ。私が生まれる前からこの街にいただろ?」

「ああ、そうか」

「アンタは変わんないねぇ。子どもの時に会ったまんま……うらやましい限りだ」 

  

 いつもの別れ際のお決まりの言葉と同時にドアを叩く音がした。

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